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三千世界への旅 ネアンデルタール 2 ネアンデルタール人の不思議

ネアンデルタール人の脳はホモ・サピエンスより大きかった


ネアンデルタール人の意外な点のひとつは、ホモ・サピエンスより脳が大きかったということです。

ホモ・サピエンスのように抽象概念を言語化して共有しながら、後に文化・宗教などと呼ばれるようになる仮想化領域を拡大することが高度な脳の働きだとしたら、ネアンデルタール人はなぜ大きな脳を持っていたのに、抽象概念・仮想化領域を拡大発展させなかったのか?

そもそも、ホモ・サピエンスのように頭を使わないのに、なぜホモ・サピエンスより大きな脳を獲得したのか? なぜそんなに大きなが必要だったのか?

考えてみると不思議です。

『サピエンス』には「ホモ・サピエンスの脳容量を1200-1400㎤、ネアンデルタール人はそれより大きかった」と書かれていますが、ネアンデルタール人の脳容量の数値は示されていません。

サイクスの『ネアンデルタール』を昨日ざっとめくって脳容量について書かれていないか探してみましたが、見つかりませんでした。

ネアンデルタール人の知能を推測する重要な指標だと思うので、書かれているはずだと思うんですが、そういえばこの本を読んだ記憶(今のところ日本語訳で1回、英語版で3分の2くらいまで読んでいます)をたどってみても、ネアンデルタール人の脳容量について読んだ記憶がないので、もしかしたら書かれていないのかもしれません。今後、記述を見つけたら、あらためて報告します。


脳の形態の違いが適応力の差?


気になるので、ネットでちょっと検索してみたら、新潟市医師会のホームページに「ネアンデルタール人の脳容量が1,550mlであったのに対し、ホモ・サピエンスは1,450mlであった」という記事がありました。医師会の会報のあとがきとのことで、作者は(浅井 忍 記)とあります。論文ではないので出典は記されていませんが、たぶんそれなりの根拠がある数字なんでしょう。

もうひとつ、慶應義塾大学と名古屋大学の「脳の形態復元により、ネアンデルタール人のほうがホモ・サピエンスより小脳が小さいことを発見 ——絶滅の背景に脳の機能差が関係か?——」というプレスリリース(2018年5月2日)を見つけました。これによると、小脳は「基本的には、運動機能に関する部位と考えられて」いるが、「小脳の相対容量が、言語生成や理解、ワーキングメモリ、認知的柔軟性などの高度な認知能力・社会能力とも関係する」ことがわかったとのこと。

つまり、脳容量全体が大きくても、小脳の割合が小さいと高度な認知能力・社会能力が低くなるということのようです。ということは、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスより脳全体の容量は大きくても、小脳が占める割合が小さかったので、環境に適応する能力も劣っていたということになります。

なるほど。


4回の氷河期を生き延びたネアンデルタール人


しかし、これでも疑問は残ります。
環境に適応する能力とは何か? という疑問です。

一般的には、地球が寒冷化し、氷河期に入って食料の確保が難しくなるといった変化への適応力をイメージしますが、『ネアンデルタール』によると、最近の研究では、ネアンデルタール人が西部ユーラシア大陸で暮らした30数万年の間に、3万年から6万年くらいの氷河期が4回あったことがわかっているとのこと。

氷河期の間には6〜7万年くらいの長く温暖な時代が3回あり、彼らがヨーロッパに広がる前にも温暖な時代がありました。その温暖な間氷期の中でも気候の変動、気温の上下が繰り返されたといいます。

ネアンデルタール人はこうした環境の変化に適応して30万年以上生きたわけです。それに対してホモ・サピエンスが経験したのは、ネアンデルタール人が経験したより短い2回の氷河期だけです。

つまり、気候変動への適応力・対応力でネアンデルタール人に対するホモ・サピエンスの優位性を語ることはできないということになります。


意外に良好だったネアンデルタール人の栄養事情


マッチョだったネアンデルタール人はホモ・サピエンスより筋肉量が多かったので、より多くのタンパク質を必要としました。『ネアンデルタール』でサイクスは彼らが必要な動物性タンパク質を摂取していたと語っています。

洞窟などで発掘された彼らの生活の痕跡からは、仕留めた動物から毛皮など肉以外の部分を取って、肉を放置したまま立ち去っているケースが少なからずあったことがわかるといいます。寒さを凌ぐために多くの毛皮が必要だったからでしょうが、生きるためにタンパク質も必要でしょうから、それが不足していたら肉も食べたはずです。肉を残して立ち去っているということは、つまり肉に不自由していなかったわけです。

また、ネアンデルタール人は動物の部位の中でも赤身の肉よりも脂身や脳を好んで食べたといいます。脳には脂肪がたくさん含まれています。彼らは大きな筋肉と脳を持っていて、生きるために多くのカロリーを消費したでしょうから、高カロリーの脂肪をたくさん必要としたということなんでしょう。

それに対して、タンパク質はマッチョな彼らの体を維持するのに十分な量を摂取できていたということです。彼らが動物性タンパク質に不自由していなかったということは、動物を狩るために必要な道具や手法を洗練させていたことを物語っているとも言えるでしょう。

ホモ・サピエンスつまり我々現生人類の祖先は氷河期に適応し、世界中に広がったという意見をあちこちで聞きます。それが我々の適応力の高さを物語っていると考える人たちもいます。ネアンデルタール人は適応力がなかったので滅亡したのだと、そういう人たちは考えるかもしれません。

しかし、ホモ・サピエンスより長い氷河期を何度も生き延びたネアンデルタール人の栄養事情を見ると、その考え方は必ずしも正しくないようです。


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