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エンゼルフィッシュ 中年の恋の化石②





私に釣りの才能が無さそうな事は承知していたがこれ程とは思わなかった。もっと誰か適正に指導してくれたり例を見せてくれる人がいたなら近道は出来たかも知れない。



池に泳いでいるのは主立って鯉だ。様々な種類のそれがいる。錦鯉、緋鯉、犬の様な顔をしたもの、大きいの小さいの、元気のあるもの、無いもの、内輪揉めをするもの、縄張り争いをするもの、微動だにしないもの、一つとして同じ鯉はいない。数回だけ鯉では無い別の魚も見たことがある。ナマズ、ブラックバス、何故か河豚と蛸と海栗とイルカも一回づつ。


顧客と魚の間で繰り広げられるやり取りや人間模様を見るのは好きだった。顧客は誰かしら連れだって来ている者も多い。息子や娘、甥や姪、兄弟や姉妹またはその子供達。何故か親はいない。顧客の一人が鯉を釣り上げると大きな歓声が上がってその場が明るくなるのが分かる。そしてその後は再び収獲の無い時間を彷徨って持て余す様に魚と顧客の我慢大会が始まる。



私の使用した道具など竹竿に紐が付いた程度の簡単なものだ。そこに色々と宣伝文句を歌ったあれこれを装着してお金をかける人もいる。私はそういったものよりも一番高いが期間の割引率が高い釣堀の回数券に費やす方を選んだ。



魚との対話は全然上手く行かない。そもそも人間が魚とどうやって意思の疎通を測るのか?私が選択した方法は自分が垂らした餌の真下で動きを止めたりその周囲を泳ぎ続けている魚達に念を送る事だ。そこでは自分の言語はそれ程重要ではなく今日あったことなどの一部始終を思い描いて彼らに投げ掛ければ良い。するとわずかに反応を見せたり何か言いたそうにしている魚も中にはいる。大勢で群れた魚や特定の顧客とのやり取りのみで盛り上がっているグループにそれをした所で体力の無駄遣いに終わる。



たまに反応のあった魚が姿を消す事がある。しかしそれ以前に何かしらこのやり方が成立している魚だと姿を消している間も何を考えて何をしているか解ってしまうのだ。実生活には何一つ役に立たないこうした力が育成されて行く事に私は気持ち悪さすら感じた。自分がいずれ怪物にでもなるかの様なそれだ。


私の釣竿に獲物は無かった。
餌だけが淡々と浪費される。たまに対岸で歓声が上がると如何なる顧客だろうとそれにはなるべく参加する様にしたが自分の胸に開いた穴に風が通り抜けるのがヒリヒリとする時もまた多かった。



つづく

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