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悪者の生まれ方。カラスに懐かれた人のあれ。

タイトルで勘違いしたら申し訳ない。まず、誰かを悪いやつだ!って糾弾する記事ではないです。
そこだけご理解、お願いします。

ツイッターで見かけたんですけど、あの話、すごいですよね。

カラスに懐かれたかどうかではなく、人の反応が。
まず「カラス拾った」って話に何万もの反応があるっていう事実。そこから人の表情の変わりようがすごいっすよね。

最初は「カラスに懐かれるなんて素敵!」とみんなポジティブで、早い段階で少しずつ「それ鳥獣保護法的にいいのか?」という疑念が湧いてきます。実際、厳密な法に照らし合わせりゃアウトじゃなかったでしたっけ。ま、それの正否はいいんすよ。
まずここ、すごいですよね。

昔は割とあった話じゃないですか。となりのおばちゃんが野良猫飼ってる感覚。今でも、SNSに映ってない世界ではよくあることですけど。
そうなんですよね。
ご近所さんくらいの距離感なら別にとやかく言わなくて、これがSNSっていう距離と範囲になると、いろんな意見を集めすぎちゃうんすよね。
多分別にこの人の日常も、ツイッターに投稿せんかったら、カラス拾った、飼った。で終わりなんすよね。
投稿したとしても、バズりさえしなければ、それで終わったと思うんすよ。要は、近所のおばちゃんが猫拾ったくらいの話だと、それが厳密には法的にアウトだったとしても、そもそもサーチライトがそっち向かないんすよね。

でもツイッターに投稿して、人目を引いちゃった。
そして日本中のお節介な愛を集めすぎるわけですよ。

ここ、そもそもなんでなんでしょうね。
一旦、愛護主義的なお節介な人になりますね。
猫拾ったって話だったら、多分、こんなに雲行き怪しくなってないんすよ。
なぜなら、野良猫自体が、そもそも人が捨てたものというような印象が強いので、救済っていうイメージが強くなるでしょうね。きっと。

でも、カラスなんですよ。
基本的にペットでなく、野生で生きているというイメージ。というか、ほぼ実際そうですよね。
これが、人と絆を結ぶという状況には、ドラマとして特異性があるんですよ。おいそれと起こることではないんですよね。
で、こういう状況に憧れる人も沢山いて、まあ実際ドラマチックですしね。なにかの物語がこれから始まりそうじゃないですか。
すると、大なり小なり疑われるのは仕方ないんすよ。
「ホンマか?」って。
まあ、この疑問の成分には、多少嫉妬も含まれるでしょう。個人的には、そこは問題じゃないと思ってるんですけど。

で、その「ホンマか?」が何度も写真を見直したり、細かいところまで目を光らせるきっかけになるのは、想像つくっすよね。

で、今。
なにやら写真にゆで卵が写っていて、餌付けした痕跡があるということになり、これはいわば誘拐だと。親鳥から雛を連れ去ったというんすね。
「誘拐」というこの言葉が、人の胸に刺さり、動物愛護精神にガソリンぶっかけるわけですね。
で、投稿者はいま犯罪者みたいになってるんですよ。

で、今興味深いのが、この「カラスの子誘拐説」が、揺るぎない事実として捉えられてるんすよ。
投稿者が餌付けしたとも、してないとも、現時点では言えないはずなんすよね。写真にたしかに、ゆで卵っぽいの写ってるんすよ。
で、それに想像を膨らますとすると、いくつもパターンあるんすよ。

まず今絶大な支持を集めてるのが、
この女性が、ゆで卵を使ってカラスの雛をおびき寄せ、いわば捕獲したと。ツイッターで「誘拐」って言われてるヤツっすね。
これだったとすると、投稿者は「なんか懐かれてついて来たんだけど!」みたいなニュアンスで投稿してるんで、たしかにめちゃくちゃ白々しいし、投稿をバズらせる、人目を引くためにカラスの雛を利用したみたいに見えますよね。

まあ、じゃあ人目を引くために動物を捕らえて、生きていく上で全然不要な芸までやらせて、金までとる動物園はええんかいってなりますけど。てかそれ以前に、ペットって文化自体がそもそも何やねんって話ですけど。まあまあ、それは置いときましょ。

実際、ひどい話に見えるのは、めちゃくちゃわかりますよね。
ま、それ以前に、「偶発的な人との絆」というドラマの大前提が裏切られて、冷めた現実見せられますよね。「餌付けなんかい」って。
そこに多少なりとも憧れや嫉妬があった人たちからすると、その白々しさに腹が立つのも理解できますよね。
これが事実ならっすけどね。

次に、
ただたまたまゆで卵持ってただけ。とかね。
別にそこに関連性はなかったっていう説っすね。ゆで卵が写ってるイコール、それで餌付けした。ってのも、言い切れないんすよね。ま、たしかに人間ならそうはならんよねっていう変な削れ方してましたけどね。

次に、
カラスが懐いてきた。だから持っていたものを与えた。
この感覚、わかりません?
僕はあんまり経験ないですけど、よその犬にジャーキーくれるおばちゃんいません?あと、奈良公園の鹿せんべいあるじゃないですか。あれも感覚としては似ていて、あっちはサファリパークのように、お金払ってある程度のルールのもと行われてることですけど、とはいえ、別に縁もゆかりも無い動物相手に、それが可愛いからって理由だけで、自腹きって飯食わそうって感覚、俯瞰で見ると意味わからないですよね。でも、普通に理解できますよね。そして、これも一緒かもしれないんすよ。
カラスが飛んできて、自分に対して、まあ投稿者の目から見ると、友好的な態度に見えた。だから何か与えてみよう。別に常人の感覚として全然普通に理解できますよね。

最後に、
持ってたゆでたまご狙ってカラスがよってきた。
この人におびき寄せようなんていう意図はなくて、このゆで卵に見える白いやつ欲しさに、カラスのほうが寄ってきた。で、本人もうっすらそれは分かってるけど、でも人に話すとしたらドラマチックなほうがかっこいいから、「なんだかわからないけど懐かれた!」ってことにしとこう。くらいの脚色が乗っかってる。とかね。

ま、脚色はどの説にも乗っけれる部分やと思うっすけど。


まあ、何が言いたいかっていうと。
誘拐っていう言葉と、それらしい物証が駆り立ててるんすよね。守るための正義を。んで、数多の可能性が無視されて、彼らの正義にとってもっとも都合が良い仮説が今、紛うことなき真実になってるんすよね。

ただ!
状況を悪くしてるのはどうやら本人の態度で、
「野鳥保護、まずいっすよ」っていう人の話を、かなりの数シャットアウトしちゃってんすよね。ブロックなどの機能で。んで、拍車がかかってるんすよね。
ま、都合の悪い話に耳をふさぐ。
もうちょっと突っ込みましょ。
「わたしの素敵な物語に水を差す輩を排除しよう」
っていう風に見えるって感じっすね。

この状況が、投稿者は雛を誘惑して連れ帰った。それをあたかも偶発的な出会いであるかのように振る舞っている。
という見方に勢いをつけてるっぽいんすよね。

そして、鳥獣保護法であったり、野鳥には触れないことが正しいとする考え方に基づくと、ルールを破ってカラスを連れ帰った。っていうふうに、なるわけっすよね。

ちょっと僕の考え挟みますね。
鳥獣保護法は法律っていう明確なスタンスがあるし、野鳥には触れないって考えは、動物の生態を鑑みると俄然正しい判断だと思います。

僕動物との触れ合いクソほど下手なんですけど、兄がそのあたりとても上手なんすよね。
家の玄関にできたツバメの巣を、野良猫が戸棚から飛んで叩き壊すっていう事件がおこったんですけど。
その時、「可愛そうだから放ってはおけない。ただし、人間の匂いがつくと親鳥は子供を見捨てる」と言って、軍手を付けた上で、お菓子箱の蓋を巣があった位置に固定し、そこに巣の残骸を拾い集めて入れ、雛を入れたんですよね。
その間、二羽のツバメがずっと空で弧を描いて飛んでいました。

兄が細心の注意を払って作った人工の巣に、無事親鳥は戻ってきてくれました。
あの兄の様子を見ていた経験から、野生動物と距離を置くスタンスには納得なんですが。ただ状況とその人の考え次第だと基本的には思うんですよね。

実際兄は、人との触れ合いを感じさせないようにする手段は取りましたが、本当に距離を置くなら、それすらしなかったと思うんすよ。そこには正しい処置であるかどうか以前に、「可愛そうだから」という個人の主観があるんですよね。

だから、みだりに触れないことには納得できるっすけど、困っている動物に手を貸すということが正か否かは、ま、個人の道徳観による部分だと考えるんすよね。

今回のカラスがどうかってのはわからんすけど、動物に触れないことが絶対的に正しいとする意見は、偏ってるんじゃね。って話っすね。
お前ならどうするって言われたら、正直、極力動物とは関わらないっす。

何が言いたいかっていうと。
我こそが正義なりっていうスタンスの言葉が飛んできた時、耳塞ぎたくなる。しっしと払いたくなる気持ちは、普通にわかるんですよね。匂いがくさいというかね。
ま、内容次第っすけど、ブロックや非表示にしちゃう気持ちも、一定範囲までは理解できるかなって感じっすね。

ま、それをつついて、「悪者が非を隠そうとしている」という風に見る感じも、わかるっすね。

えっと、話がすっごい散らかりましたね。
僕は今回のSNS騒動を見ていて、「悪者の生まれ方」の一つの例を見た気がしたんすよ。
率直に言いますね。僕には投稿者が、善人にも見えないし悪人にも見えないんすよ。

どっかのお姉ちゃんがカラスを拾った。気まぐれに。そんだけの話。近所のおばちゃんが、猫を餌付けして知らん間に飼い猫にしてた。それと一緒で。
その、近所のおばちゃんが急にテレビカメラに追っかけ回されて、
「なんで拾ったんすか!」「それ、法律的にどうなんすか!」「あなた、まさか、親猫もいる子猫を餌付けして、勝手に連れ帰ったんじゃあないでしょうね!」ってなってる感じ。

そして、カメラが感じた疑惑にとって、もっとも整合性がとれる悪事が採択され、多数決のもと事実となり、主人公は、悪者になる。

この感じ、わかります?

繰り返し言いますが、僕はこの投稿者が悪人にも善人にも見えないんすよね。別に普通の人って感じがするんすよ。って話っす。

最後の最後に、僕個人の感想を書きますね。
カラスと人間の偶発的な絆とかじゃあないと思ってます。
この投稿者は、カラスが欲しかったんだと思います。そして、最も素晴らしいドラマを採択したと言う風に見えます。
ただ、極悪人でも狂った人でもなければ、聖人でもないと思います。普通の、ふっつーの人だと思います。

そんな感じっすね。

みんな、各々の動物愛護精神を公約にしたら、もっと選挙も活発になるんちゃうかな。


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