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つらい気持ちの表出自粛は、しない


内沼さんのnoteを読んで、その厳しい状況にこちらまで苦しくなるとともに、それでもどうにかもがき、希望をつかもうとする姿勢は、すてき(というのが適切かわからないが)だと感じるし、勝手に勇気づけられる。

また店を開けたい。

デジタルの、オンラインのことばかりやっているように見えるかもしれない。そちらに行くのか、うまくやってるね、というふうに見ている人も、いるかもしれない。

そうではない。いま閉めているのは、また開けるためだ。


私は、仕事という面で言えば、確かに新型コロナウイルスの影響を受け、通常の業務ができなくなった。

しかし、通常の業務ができなくなった分を別の形で補って継続するため、例年のこの時期より一層、忙しくなった。実際、(全社的には在宅勤務が推奨され、ほぼ全員が在宅になった部署もあると聞いているが)私は在宅勤務はできておらず、ほぼ毎日出勤し、そして残業している。残業したぶんは残業代が支給される。幸いなことに、すぐに資金繰りに困るという業種ではなく、給与は少なくとも当面は減ることはないだろう。むしろ、残業分だけ、増えるのではとすら思える。

「恵まれている」のだ。一方で、仕事をしたくてもできない人がいる、自分の力ではどうしようもない状況に置かれている人がいるにもかかわらず。

この状況を自分の力ではどうしようもない、のは私も同じだが、それでも仕事はある。収入は、維持され、むしろ増える(時間を削っているだけ、と言えるが)。それに対して、どこか罪悪感を持っている、気がする。そして、だからこそ、いろいろ辛いこの状況に対して、不満を言いたくても、躊躇してしまっていることに気づく。

つらい状況に置かれている人やお店を支援したい、とも思う。だから、「ブックストア・エイド(Bookstore AID)基金」などの取り組みが始まったことは素直に嬉しいし、さっそく支援させてもらった。

一方、こういったクラウドファウンディングの取り組みをいくつか見ていたら、「支援しなければ」という義務感を持ってしまっていることに気づく。

こんな状況でも仕事があって恵まれている自分は、不満を口にする立場にない、お金をどこかに使わなければならない・・・そういう持たなくてもよい自己制限や義務感を持ってしまっている。

口に出せない不満、ストレス、疲れ、溜めないほうがいいものが、そこここに積もる。BONUS TRACKの編集長・ひらいめぐみさんがこんなことを呟いていた。


自分のことを、むやみに責めるのは良くない。他人と比べて、「自分はまだマシだから・・・」などと不満や疲れの表出を自己規制する必要もない。自分がつらいと思うものは、つらいとしか言いようがないのだから。

まずは自らのメンテナンス。そして、余裕ができたら、力になれるかもしれないと思える範囲で力添えをする。そうやって、ひとまず明日も過ごしていくことにする。

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