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ショパントーク翻訳 小林愛実

第18回ショパン国際ピアノコンクール2次予選第1日目、昼の部と夜の部の間にショパントークと題されたインタビューがありました。そちらに登場された小林愛実さんの会話を、練習のために訳してみました。

この記事はここ数年でピアノに魅了され、国際コンクールまで追いかけはじめたクラシック音楽初心者が、その余韻を味わう目的で残す備忘録です。

<出演>
ホスト:Rachel Naomi Kudo, Alessandro Tommasi
ピアニスト:小林愛実
日本研究家:Marta Karsz(駐日ポーランド広報文化センター副所長)

放送日:2021年10月9日 (土)12:00 - 12:30(ワルシャワ時間)
    2021年10月9日 (土)19:00 - 19:30(日本時間)
    Warsaw Philharmonic Concert Hall

1次予選のこととコンクール参加について

【Rachelさん】ポーランド・ワルシャワからこんにちは。こちら第18回ショパン国際ピアノコンクール、2次予選第1日目、Rachel Naomi Kudoです。

【Alessandroさん】Alessandro Tommasiです。ご覧いただきありがとうございます。今日はとても興味深いトピックについてのお話をこれからご紹介します。まず、いつものように自己紹介いただきたいと思います。小林さんお願いします。

【小林さん】こんにちは。日本から来ました小林愛実です。

【Martaさん】Marta Karszです。私はワルシャワ出身で日本語を学んでいたことがあり、日本で13年間暮らしています。

【Rachelさん】愛実さん、おめでとうございます。

【小林さん】どうもありがとうございます。

【Rachelさん】素晴らしい演奏をお聴きしました。この質問をされるのはお疲れかもしれませんが、観客のために密着取材させていただきます。最初に椅子のトラブルがあったようですが、そのことについて教えていただけますか。

【小林さん】ステージに用意された椅子が私には低すぎたのですが、変えてくれというのはちょっと躊躇したのです。ステージから戻って。でも特にエチュードで低い椅子で演奏するのはちょっと心配だったのです。というのも、ピアノがピアノセレクションよりヘビーだと何人かから聞いていたので、高めの椅子があるかどうか聞いてみることにしたのです。でも高い椅子は無いことがわかって、そのままの椅子で弾くことになった、というのが全容です。

【Rachelさん】なんと。よくそんなに脳内で素早く考えて機転を利かせることができましたね。それより音楽のことが気になっていたわけですよね。そんな余分な要素があって、どうでしたか。

【小林さん】観客のいるステージにいったん出てから戻るなんて初めてのことでした(笑)

【Rachelさん】こんな状況を落ち着いて乗り切って、そつなく演奏したことにとても驚きました。とてもストレスフルだったことでしょう。おめでとうございます。さて、もちろん前回のファイナリストとして愛実さんのその素晴らしい演奏と芸術性はよく存じていますが、この舞台に戻ってくることについてはいかがでしたか。その決断は難しいものだったのですか。

【小林さん】もちろん…うーん、そうですね。

【Rachelさん】以前もうコンクールには戻らないと誓った、もうやりたくないっておっしゃっていましたよね。

【小林さん】前回のショパンコンクールが終わった後、あぁもうこんなストレスフル…と言ったらいけないかもしれませんが、ショパンコンクールはもうストレスフルだし戻ろうとは全く考えなかったです。でもデッドラインの約2年くらい前だったでしょうか、いくつかコンクールには出ようと思っていたのですが…

【Rachelさん】ショパンコンクールとは限らず、コンクールというものにチャレンジしてみようということだったのですね。

【小林さん】そうですね。ショパンコンクールはその中のひとつに過ぎないというかんじでした。戻ってこようと決める前にとりあえず申し込みしたのです。万が一やりたくなったときのために。コンクールのDVD選考を通った後だったと思います、やろうと決めたのは。

【Rachelさん】なんと、そうだったのですね。また愛実さんのショパンを聴けるなんて光栄ですし、とても楽しみです。

【小林さん】実はそんなに大げさなことだとは考えていなかったんです。周りからまた参加することは難しいことではないですか、なぜまた挑戦するのですか、前回のことがあったからですかとかよく聞かれたのですが、私としてはカジュアルに…と言ったら違うかもしれませんが、なんかやってみようと決めたのです。

【Rachelさん】ではこの経験は楽しんでいらして…6歳年齢を重ねたということですね(笑)

【小林さん】願わくば大人になったと思いたいですね(笑)

【Rachelさん】なるほど。大人ですね(笑)こんな質問をしてすみませんが、ポロネーズOp.53を聴いたとき思い出が蘇ったとおっしゃっていましたよね。6年前に演奏されたものですものね。

【小林さん】そうです。先週、1次予選の2日目に友達が弾くのをホールで聴いたのですが、私が6年前に弾いたノクターンだったので、涙が出てしまったのですよね。あぁ、あのとき私は20歳で、6年前あのステージに立っていたんだなって。

【Rachelさん】今回レパートリーは違うものを選んだのですか。

【小林さん】すべて変えました。

【Rachelさん】すべてフレッシュということですね。

【Alessandroさん】新しいスタートですね。

日本とショパンについて

【Rachelさん】さてMartaさん、初めてショパンの音楽を聴いたときのことを憶えていますか。興味深いのですが日本で育ったのですよね。

【Martaさん】そうです、日本に住んでいたのは2歳から8歳までです。父が大使館で働いていたので、日本で幼少期を過ごしました。憶えていることは…いや、まず最初に、この何人もの素晴らしいピアニストが座っていた椅子に座らせていただいていることが本当に光栄で、大変驚いているということをお伝えしたいです。私の思うところのコンクールとショパンについて、そして日本とショパンの関係についてシェアできたら良いのですが。いつだったかしっかり覚えていないのですが、とても心に残っているのは初めてショパンを聴いたのはクリスチャン・ツィメルマンがコンクールで優勝した後だったと思います。彼は来日ツアーがあって、駐日大使館でコンサートを開いたのです。そのときに一緒に撮ってもらった写真があって、最も大切な宝物のひとつです。おそらくそれが私が初めてショパンを聴いた時だと思います。

【Alessandroさん】なんてベストな"初めて"なんでしょう。夢のような思い出ですね。そしてその素晴らしい若いアーティストがコンクール直後に行ったツアーとは聴いてみたいものですね。

【Martaさん】憶えていないのが悔やまれるところです。でもとても良い写真なのです。

【Alessandroさん】先ほどMartaさんがご紹介されていましたが、これからこのショパントークのメイントピックである日本とショパンの音楽の関係について迫ります。なぜならご存知の通り日本からたくさんのコンテスタントが参加していますので。なにより日本ではショパンがかなり有名な作曲家とされていて、ベートーヴェン・モーツァルト・シューマン、ドビュッシーなどよりずっと人気があって、ヨーロッパで言ったら例えばベートーヴェンがヨーロッパを象徴する最も有名な作曲家とされていることに似たような、イタリアでいうところのヴェルディのような存在ですね。それは理由が明らかですが。Martaさんはなぜ日本でクラシックの作曲家と言ったらショパンなのか、なぜこんなにもショパンの音楽が親しまれているのかというセオリーについて触れられていましたよね。

【Martaさん】こんなたくさんの日本の友人やピアニスト、ショパン愛好家たちの前で私が語って良い立場なのかどうかわかりませんが、ピアニストの小山実稚恵さんが一度これについてとても良い答えを教えてくれました。
彼女は、日本には桜の季節がありますが、桜は完全性を象徴しているというようなことをおっしゃっていました。その桜のシーズンはとても短く、2週間しか咲かずに散ってしまう。それが時の流れを意識させ、人々はそのノスタルジーに思いをはせる。消えゆくものの美しさを考えさせられるのだといいます。日本の文化は概して、最前列にあるものの美というより、隠れている美というものが評価される。それがショパンの音楽に通じるものがあるのだそうです。ショパンの音楽も美は隠れているので…隠れているというか何というか…

【Alessandroさん】わかりやすい明快なものではなくて、ということですね

【Martaさん】そうですね。ショパンの音楽は奥深くてノスタルジックだったりして、例えば作曲するときには故郷のポーランドのことを思い出していたり、少し物悲しいようなものが内に感じられます。こういったショパンの音楽の中に内在する感性や感情が、日本の美学の考え方にとても近いのだと思います。だからショパンの音楽はポーランドと日本のリスナーの心を通わせるものになっているのではないのでしょうか。

小林愛実さんとショパンについて

【Alessandroさん】なるほど。小林さんはどうお考えですか。日本人のピアニストとして、ショパンを演奏するだけでなく、他の作曲家の作品も演奏されているわけですよね。今回のコンクールはもちろんショパンの作品ですけれど。

【小林さん】難しい質問ですね。まさか自分に話が振られるとは思っていなくて(笑)どうでしょう、Martaさんのお話はとても興味深かったですし、私も似たようなものを感じます。以前お話したように、個人的に、日本人は直接的に言わずに内に秘めて遠慮がちなところがあると思います。ショパンの音楽や彼の性格も、例えば人に言うというより日記をよく書いたり、彼自身の中だけで考えたり...

【Rachelさん】とても控えめな人だったんですよね。

【Alessandroさん】単刀直入に言う人じゃないですよね。

【小林さん】そうですね。彼の感情は音楽の中で表現されました。そういうところが日本人と似ているのではないでしょうか…どうでしょう。

【Martaさん】遠藤郁子さんの素敵な解説も聴いたことがあります。日本人にとってのショパンの音楽は日本語で「もののあはれ」といって、物事がはかなく消えていくことの美しさなのだそうです。ポーランドではよく使われる「ジャル(?)」という言葉がありますが、それに当たると思います。

【Alessandroさん】うまく訳すことはできないですけどね。

【Martaさん】とても難しいですね。ショパンの音楽には「ジャル」という言葉に含まれるような優雅な気品があります。

【Alessandroさん】ロマンティックでクラシカルな魅力がありますよね。シューマンやベルリオーズもロマンティックではありますが、それらとはだいぶ違うロマンティシズム。ショパンの音楽はクラシシズム(古典主義?)に包まれています。おふたりがおっしゃったように、彼は音楽に繊細さを込めている(elfin?)という面白さがありますね。ショパンは住んでいたパリでその時代、音楽と詩、文学、絵画の世界を結び付けることが盛んだったことは認識していましたが、そういった交流は好まず、例えばシューマンのようなそれらと深く結びつけたロマンティシズムの風潮は追わなかったんですよね。性格ということについて、Martaさんの場合は日本で育ったポーランド人、そして文化交流のスペシャリストですが、いかがでしょう。国民性は近いと思いますか?

【Martaさん】人によるので一概には言えないということはありますが、私が考えるだけでなく日本人から聞くのが、日本人はポーランドでは過ごしやすいのだそうです。例えばスペイン人やイタリア人などはとても社交的でフレンドリーで、ジェスチャーを加えながら話すのに対してポーランドのようなスラヴ人は、人をリスペクトしてあまり踏み込まずに物理的にも適度の距離を保って話します。これは日本人がポーランドに来て快適と思える、ポーランド人の行動のしかたや気質のひとつの例なだけですが。

【Alessandroさん】愛実さんもそうでしょうか?

【小林さん】そうですね、ポーランド滞在はとても快適です。

【Martaさん】ありがとうございます。

【Rachelさん】そのクロスカルチャーの話ですが、愛実さんは日本人ですが、直近6年間カーティス音楽院に留学されているそうですね。以前、私は典型的な日本人ではないとおっしゃっていたことがありますが、海外留学や、こうして日本とポーランドを行き来しているといかがでしょう。

【小林さん】アメリカに行く前、私はとてもシャイだったのですが、日本から出ると喋らざるを得ないことになります。そうでないと誰も尋ねてはくれませんし、私ももっと自己表現しようと努力して、自然に自分が変わりました。

【Rachelさん】見ている側として、日本の音楽家はヨーロッパに留学する傾向があって、ドイツやフランスなどが人気があるようですが、愛実さんはアメリカを選んだのですね。

【小林さん】前に師事した日本の先生がジュリアードで学んだ方だったので、彼女がまず最初にアメリカで勉強して、その後どこか好きなところに行ってはどうかと薦めたのです。

【Rachelさん】それでアメリカを楽しんでいらっしゃるのですね。

【小林さん】そうですね。

【Alessandroさん】アメリカで過ごされた後は日本に戻られるのですか?戻られた後どうされるか考えていらっしゃるのですか?

【小林さん】ヨーロッパに行きたいと思っています。

【Martaさん】ぜひポーランドにいらしてください。

【小林さん】OK(笑)

【Rachelさん】学びに来たい大学や先生はたくさんいらっしゃるでしょうね。

【小林さん】そうですね。

【Martaさん】私が初めて愛実さんに会った時、15歳だったのですよね。

【小林さん】大きなパーティででしたよね。

【Martaさん】そうです。東京で、ショパンの生誕200周年のために開催されたパーティでした。当時私は東京の大使館で働いていて、その後駐日ポーランド広報文化センター副所長になり、このショパンの生誕200周年イベントの運営担当でした。その中に日本中のショパンに関わるたくさんの人々が集まるとても大きなパーティがあって。

【小林さん】私はその中にいましたし、ユリアナもいました。

【Martaさん】はい、コンクールで優勝したユリアナさん、ダン・タイ・ソンさん、中村紘子さんもいました。

【小林さん】(錚々たるメンバーのなかで)わー!となっていました。

【Martaさん】そのとき愛実さんは15歳でショパン作品のデビューアルバムをリリースしたばかりでした。ショパンにまつわる活動で功績を残された方たちに与えられる賞があって、愛実さんも受賞されて…

【小林さん】ショパンパスポートをもらいました

【Martaさん】まだ持っていますか?

【小林さん】はい、どこかにあります(笑)

【Alessandroさん】時間が迫って参りましたが質問をあと少し。そのパーティに招かれていかがでしたか。

【小林さん】偉大な音楽家の方たちと同じ場にいることができて、とても光栄でした。

【Rachelさん】素晴らしいパーティだったようにお見受けしますね。今日はお付き合いいただき、お話をお聞かせくださり、ありがとうございました。そして愛実さん、”がんばってください、応援しています(日本語)”。次のステージを楽しみにしています。

【小林さん】ありがとうございます。

【Rachelさん】今度こそ椅子が完璧に用意されていることを確認しないとですね(笑)

【小林さん】そうですね(笑)

【みなさん】ありがとうございました。

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