八百津町の夏8

静寂の中一晩を過ごした。怖いくらいに静かだった。それでも旅の疲れか、気がつくと眠りこけていた。目が覚めるとテレビと電気がつけっぱなしだった。時計は午前3時を指していた。まだ薄暗い中庭で星空を見ることができた。もの音一つしない。いや、時よりモーターのような音が聞こえてくる。鳴ったり鳴らなかったり。そのまま夜明けまで部屋の中で、旅先で得た資料を整理しながら夜明けまで部屋で過ごした。コーヒーが飲みたかった。朝食は8時からだったのでしばし散歩に出た。明るくなってくると芝犬を連れた人が稲穂の向こうに見えた。まるで谷内六郎の絵画の世界に迷い込んだ気分だ。意外なことにカラスの鳴き声がない。いまどき街中の方がカラスは多いのだろうか。ウグイスの鳴き声が聞こえる。まだ幼い小鳥だろうか、竹や杉の雑木林で一生懸命発生練習をしている。姿は見えなかったが。いい声色だった。朝食は私ひとり貸切状態だった。食後、会計の際板前さんと話にはながさいた。「いいところですね。まだまだ滞在したいんですけど、今日帰らなければいけなくて。おすすめの場所ありますか」京都祇園の料亭で修行を積んだという板前さんは私よりも若いが礼儀正しくとても気さくな人だった。ここの出身らしく出戻ってきたらしい。ここ八百津を訪ねる前に犬山市にある日本庭園の茶室が素晴らしかったと話をすると興味がありそうで目を輝かせていた。将来有望な雰囲気を漂わせていた彼には今までの経験の集大成としてこの出生地で更なる境地に達することを願って宿を後にした。つづく


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