見出し画像

もう4年も前の君に

事務所の昭和44年生まれの掛け時計がカチコチ刻む時。
月頭に僕がゼンマイを巻かないと止まってしまうくせに、偉そうに勝手に進むなよな。
なんて時間に文句を言っても仕方がないよね。この時計の黒光りする重厚な枠組みは、僕ら人類が長い歴史を経て獲得した輝かしい功績なんだから。
全く。重苦しい楔だ。
なんだか何事もそうした二面性をもって、何故かなど知る術もなく、現在に繋がっているようだ。きっとそれは仕方のないこと。さて何を選ぼう。

でも、今朝の僕の意識はあっちこっち飛ぶ。2500年前に。800年前に。10年後に。100年後に。記録媒体の発達のおかげ。想像力の発達のおかげ。
こうして現在に内包された過去・未来を生きてしまう。

そうして4年前。

4年前の君はどんな思いで毎日過ごしていましたか?

僕らは「今」を生きているようで、実は「過去」を生きていると物理学は言う。情報が伝わる最高速度は光速だからと。
目の前で厳然と発生している出来事すら「過去」なのだから、ましてや4年前の君の心の内で起こっていたことなど、遠く遠く、到底辿り着けやしない。

でも今、僕はその心の襞が落としていった影の色をなんとなく見つめて、ほんの少しだけ、その輪郭を知る。
その形は、思い込みかもしれないけど、今の僕の心の形とどこかしら似ている。ような気がする。

僕は今、僕自身をすっぽり覆ってしまっている欺瞞の殻を突き破らなければならないと切実に思い詰めている。
何年も重ね塗りしたその分厚い殻は、さまざまな色がごちゃ混ぜになって、ぬるぬる、ぐぬぐぬとした質感を持って内側の空気を澱ませている。ような気がする。そもそも狭苦しい。
なぜ空気が澱んでいるのか?一つ一つの材質は問題なかったはず。自分で選んだもの、選ばざるを得なかったもの、勝手に塗られたもの。色々あるけど、別に今まで問題じゃなかった。そうやって自分のために纏ったはずのものたちが、今、首を絞めつける。あまりにも重なりすぎてもうわからない。
なぜ空気が澱んでしまったのか?ここしばらくその原因を突き止めようとしてきた。いつものように。でもこれ以上そうすることは、今息ができないことの解決にはならない。

どこから手をつけたらいいかわからないけど、爪を立ててみる。ぐぬぐぬしたものが爪の隙間に入り込む。どれだけ手を洗っても落ちることのなさそうなその汚れ。殻を破ろうとすることは、そうした汚れを、爪の隙間に、一番痛いところに引き受けることだった。

でもそうして内壁を引っ掻くことで殻の形が浮き彫りになってゆく。
4年前、きっと君は僕からは見えないところで、そんなような地道な行為を重ねて重ねて、だんだん涼しげに、透明になっていったのだろう。

もしかしたらそもそも僕のものと違う材質だったかもしれない。僕と君は違う人間だから、それは仕方ない。僕のは涼しげにも、透明にもならないかもしれない。君のように飛べるようにはならないかもしれない。

今も君さえ隣にいればと思ってしまったりもする。
隣の君のまつ毛が落ちていく「過去」を見逃さずにいられたらと思う。

でも飛んでる君を引きづり下ろそうとするのは僕の欺瞞。重ね塗りしている暇はないはずだ。
それも酷い話だよな。

この爪の汚れが、一つの証になる日が来るように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?