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ある猫を想って

お気に入りの散歩コースに可愛らしい猫が居た。メスのまんまるしたキジ猫で、草の生した空き地に同化して匂箱座りで佇み、人が近づくとすり寄って来る、甘え上手な美人さん。

ある時からその猫を見なくなって、代わりにキジ猫の居た近くの家には
「スピード落とせ」「ネコ飛び出し注意」の旗が立つようになった。

あのキジ猫は恐らくこの家の半野良猫として生活していたんだろう。

黄色に黒ゴシックの文字が想起させる、キジ猫の死

こんな風に、何気なしにあの猫はどうしたのだろうと考えながら堤防沿いを自転車で走っていると、道の隅に打ち上げられた魚のように痙攣する何かが見えた。

近づくとそれは車にはねられた子猫で、心臓の鼓動のように大きく痙攣し地面には血が何か所かに広がっている。

頭の中で考えていたキジ猫の死が、まるでこの現実を引き寄せてきたようで、自分は当事者であるかのようにこの状況に向き合わざるを得なかった。

スマホで路上で事故に会った動物を見かけたときの連絡先を探す、誰か救命をしてくれるところは無いのかと思い検索して一番上にでた役所の番号に電話をする。

電話をしながら次第に子猫の痙攣が静かに後ろ足が力なくピクつくだけなり、やがて動かなくなった、子猫は息絶えた。

首元に手をやると固く、瞳孔が白濁し虹彩が黒い目と血に染まった口元が、小さな身体にさっきまで走っていた苦痛を訴えかける。瞼を閉じようとしても目は見開いたままだった。

すぐ近くの家の人が敷地で別の猫に声を掛けていたので、もし飼い猫ならと声をかける。役に立たなかった役所との電話を終え近所の人が処分を申し出たので託してその場を後にする。

無力感と想像上の死が目の前の情景となった悲しさと困惑に苛まれながら、ずっと地面に横たわる子猫に向けていた意識を初めて他に移すと、目に入った空はあまりに綺麗な色をしていて。

足元に血と小さな子猫の苦痛と、短い人生が今終わったというグロテスクさがありながら、空にこんなに綺麗な夕焼けがあっていいんだろうか?世界にこの二つの事象が並列して存在していいんだろうか?今までもそうみたいに、これからもそうである様に。

物悲しく、美しく、憂鬱で残酷な、まるで子猫が自分の血と苦痛で空を美しく染め上げたような夕日とある猫への思い。

Pink Floyd - Wish  You Were Here 


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