言詩(いうた)

東京都在住22歳男 言葉を詩に紡ぎます 料理人を目指し、上京。実話を元にしたストーリー…

言詩(いうた)

東京都在住22歳男 言葉を詩に紡ぎます 料理人を目指し、上京。実話を元にしたストーリー。 新天地に向かう方、料理人を目指す方に届いて欲しい Twitterもしてます https://twitter.com/HScfBTBLZLI8bjA 本屋に並ぶような書籍化を目指してます。

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#1 「いってらっしゃい」

この言葉をかけられることが稀になることを知らない僕は 母への返答もいい加減に、 家まで迎えに来てくれた友人のもとに急いでと向かう 外に出るとまだ少し冷たい風が吹き、辺りには散った桜の花びらが揺れていた 車に乗り込むと、そこにはトシキとマリがいた 「まさかコウタが東京に就職するとは思わんかったなぁ、」 手本のような安全運転をするトシキは、一時停止線でしっかり止まり、僕に言った 「ほんまやでコウタのことやからすぐ東京に染まりそうやわぁ」と、笑いながらマリが言う、そして歯が白い 「

    • #AR1「年月が生む結論」          一流レストランに身を投じた四年

      「料理の世界、たかが四年ごときで結論を出すのは早すぎる」 これが大衆の意見なのは重々承知の上だ。 だがこの大衆の内、一人として僕と同じ経験をした人はいないだろう。 現在22歳、若く、哀れな結論を一人でも多くの人の目に留まることを願い今、言葉を繋いでいる。 まず初めに僕は、自分の店を持ちたい。 それは客単価何万の高級レストランというよりも、大衆が気軽に来れるようなものを持ちたいのだ。 なぜなら、この世には一度の食事に何万もかける人より、そうでない人の方が多いからだ。 玉ねぎを

      • #38 二度目の桜

        僕にとってはこの1年間は新しいことだらけだった。東京という場所、初めての社会人と料理の世界、1人暮らしなどこれだけ新しいことを一気に経験出来るのも人生の中で稀ではないか。 1人暮らしはすっかり慣れたものだ。寂しさは感じなくなってしまった、家事も問題なくこなせている 仕事内容にも慣れてきた、雑用兵入隊1周年を迎えたい僕は、朝一の検品納品、朝昼60人前の賄い、朝昼夜3回の大量のゴミ捨て、中間時間の床流しガス代掃除などは慣れたものだ 自分が作れるメニューも増えてきた。また前菜のポジ

        • #37 反復練習

          技術的なものは、反復すると必ず一定のレベルまで到達することは可能だ 魚を卸す練習をひたすらした、初めは先輩からもらうアドバイスも、なんのこっちゃわからん。 繰り返すうちに言っていることが徐々に理解できるようになってくる 日が経つと、魚と目があって気まずくなる瞬間と、魚の身をぐちゃぐちゃに卸してしまう自分は、もういなかった そして面白いことにこの技術はもう僕のものになり、誰かに取られたりすることもないのだ。 失うことない技術がたくさん身につく、これはどの仕事でも言えるだろうが、

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        #1 「いってらっしゃい」

          #36 唐突

          働いていると、新しい目標に出会えることがある。 僕は鉄板の前に立ちたい夢の、「その先」を1年目の後半あたりに持つようになる。 自分の店を持つ事だ、自分がこんな思考になるとは思わなかった 鉄板の前に立つ夢を叶えると、ものすごく楽しいだろう。しかし徐々にその特別が日常に溶け込み、つまらなくなってしまうんじゃいかと、恐れた この店の先輩達を見てそう思ってしまったのだ、多分僕もこうなると。 そんなことを考えながら今日も雑用をしまくっている この日は毎日ネチネチ怒る今田さんが珍しく、魚

          #35 アホみたいな、馬鹿みたいな

          2月になる頃だった。 毎年この時期になると、この店で大手芸能事務所の10人ほどでの会食が行われるというのだ 1度は皆が聞いたことあるその名前に少し驚きはしたが、さらに驚いたのはコース内容が1人10万円ということだった 単純に10人くると料理だけで100万円だ、バラエティー番組でまあまあ難しいことをやり遂げた賞金額と同じだ それにお酒やサービス料がかかるというのだから、驚いた 初めに使う食材を調理前の状態のまま一旦見せるというプレゼンスタイルが行われたり、キャビアを馬鹿みたいに

          #35 アホみたいな、馬鹿みたいな

          #34 ノエル

          クリスマスが近づいてきた。 表参道は派手な装飾に身を包まれ、夜は煌々と街を照らす 1年で1番忙しい時期が、このクリスマスだそうだ 帰りが遅くなる毎日だった、予約もとても多く、メニューの値段も上がり、クリスマス特別コースが4日間行われる そのため試作やらなんやらで体力の消耗が凄まじかった。 初めて目にした食材の1つ、白トリュフ。 へその緒みたいにめちゃめちゃ大事に包まれている 開けた瞬間香りがすごかった 薄く削った2gほどのトリュフで、500円するというのだ、ネギ玉牛丼大盛りと

          #33 料理の法則

          そして入社から半年ほど経った頃、あることに気づく それは自分の中での、「料理の法則」だった 例えば舌が味を感じるタイミング、味見をしたときに、先に来る味か、後に来る味どちらが足りないのかや、こんな組み合わせがあるんだと驚くような組み合わせが自分の中で増えたりした このころから賄いで何か新しいものに挑戦するとき、大体の作り方を見るとなんとなくわかるようになる 今田さんは、毎日ネチネチうるさいが賄いに関してはしっかり教えてくれる人だった 例えばローストポークを作る時など、この人に

          #33 料理の法則

          #32 休み明け

          あっという間に仕事の日になる。 なにやら長期休暇をもらった人は職場にお土産を買ってこなくてはいけないらしい ものすごく謎だが、これまた反論するのもめんどくさいので了承したが、余計な荷物をぶら下げている 5日ぶりに入った厨房に、こんなサイズ感だっけ?みたいな謎の感情を抱きながら雑用に励む 出勤してきた先輩に、「夏休みいただきました」と意味不明な行為をいわれるがまま繰り返した。 季節ごとにメニュー替えが行われたのだが、その前2日間くらいは、帰宅時間が0時を平気で超えてくる メニュ

          #31 居心地良し

          そして夏休み初日、出来るだけ長く地元に居たいと思った僕は早起きだ。 お金をケチって安い飛行機を予約したので空港がめちゃめちゃ遠い、しかしそれすらも楽しい、心が躍っている。 5.6時間ほどで地元に着く、国道すら愛おしい、こんな感情は初めてだ 東京で働いてたからか、まるでヒーローが帰ってきたような喜びを見せる家族や友達の姿がなんとも新鮮で、面白い。 なにもせずともご飯が出てくるし、風呂が沸いている、しかもかなり広い 「長期休暇からそのまま仕事をバックれる人が多い」と職場の上司から

          #31 居心地良し

          #30 存在した夏休み

          と、いうかまず感じた違和感は、社会人になったのに夏の長期休暇を小学生と同じ呼び方「夏休み」と皆口を揃えて言うことだ 怖い人いっぱいだけど、この人たちの子供時代に少し触れた気がして、なんだか面白かった そして夏休み前日、業務を終えた僕は堀さんに呼び出され、「総料理長と店長には、明日から夏休み頂きますと伝えておいで」と言われる なんでや?と思うがまあ反論するのも面倒くさいのですぐ了承し、報告へ向かった その後冗談で、調理場のみんなに「お世話になりました」と言うと、死ぬほど止められ

          #30 存在した夏休み

          #29 モチベーション

          猿山は一度職場に来て総料理長と話をしたそうだ、その際の説得には応じず2度と表参道近辺で料理人として働くことを禁じられたという そこまでしなくてもいいのに、とか思ったのだが料理人の世界はそんなもんかのか? 同期が辞めてから徐々に気付いたのだが、この店には、料理をやりたい!みたいな気持ちを持っているのは僕と、一番年の近い先輩の堀さん、そして日村さんくらいだった その他の料理人約10人は、仕方なく生きるために料理をしているようにしか見えない 年齢を重ねるとやる気は消えていくものだと

          #29 モチベーション

          #28 強運の条件

          日村さんは僕の身の心配をしてくれているようだった、喫煙所で見るこの人の表情は、普段怒号を飛ばしている人とは思えないほど穏やかだった 「お前、運はいい方か?」 いきなり問われる 「いきなり調理場の同期がいなくなって1人になったので、今は悪いと思いますね」 と答えると日村さんは首を横にふる、そして 「ちがうね、同期がいなくなって仕事が増えて自分の力がさらにつくから、ラッキーなんだよ」 と続け「運がいいってのはこの世で起こること全て自分の頭の中で都合の良い方にねじ曲げれる力だよ」

          #28 強運の条件

          #27 ほんの一部分

          そして次の日からまた雑用兵なのだが、猿山が抜けたことで仕事量が増える毎日が始まる。 日村さんがあちこちに怒号を飛ばし、今田さんに細かいところを注意される、いつも通りだ。 人が1人いなくなったのに、全く問題なく営業が進むことの切なさと、自分たちの非力さを感じた 僕ら程度の力が1つなくなったってこの程度なんだ 不意に自分の手を見る。 何も分かってないから、平気で熱いところを触ったり、包丁の扱いが下手なので自分の手を切る 火傷や、切り傷だらけだった この傷たちが無駄なわけがないのだ

          #27 ほんの一部分

          #26 別れ

          「良いよなお前は、日村さんに気に入られて」 猿山が言った言葉を思い出す。 あの時どうにかできただろうか?いやそんなことを思っても意味がない 今やれることをやるだけだ、ひたすらに電話をかける 薄情な先輩が多い中、堀さんも何度か猿山に連絡する 日村さんは喫煙所に僕を呼び出し、励ましてくれた その日の夜、ようやく猿山と電話が繋がった。 理由を聞くと、「業務内容がしんどい、体力と精神の限界」とのことだった もう一度だけ総料理長と話をするため店に来るらしいが、彼の意思は変わらないだろう

          #25 薄情

          猿山は、当分たっても戻ってこない 僕はいつも通り雑用をこなすと、ひとつ上の頼りになる先輩、堀さんがやってきてすぐ、 猿山が見当たらないことに気づく。 事情を話す すると作業台に「退職届」とかかれた紙を見つけた 僕はすぐに調理場を飛び出し、電話をかけまくるが一向に出ない いるはずもない街へ繰り出す あの時違和感に気づいて止めるべきだった、と強く後悔した せっかく出会ったのに寂しいじゃないかと、別に普段飯行くほど仲良くはなかったけど、一緒に働きたい、なんて思ってるうちに涙が溢れて