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13話 さよなら私

 私にはよく分からないのだ。どこからが幸せで、どこからが不幸なのか。笑えていれば幸せなのか?いいや、不幸であっても笑うことはできる。幸せでなければそれは不幸に値するのか?そうとは限らない。ならばどうすれば幸せになれるのだ?人を愛すること?愛されること?それが条件でなければならないのなら、私は到底幸せにはなれない。私は1人だから。1人で幸せになる方法を知りたいのだ。ここ最近、よく考えたつもりだ。だが答えは出なかった。もう生きる意味が…よく分からないのだ…

 オレンジの明かりが灯されている工場の入口をくぐり、事務所のドアの前でズボンのポケットに手を入れた。夜の暗さの中でも、彼の瞳は怪しく光っていた。
「あったあった。」
 独り言を言いながらジャラジャラと鍵の束を取り出し、彼はニヤリと笑う。鍵穴に鍵を挿し込み1度軽くひねると素早く鍵を引き抜き、そのままドアノブに手を掛けて思い切り開けた。
「ただいま~!理真ちゃ…」
 ドアを開けた勢いとともに事務所の中に入った。しかし事務所の中は暗く、誰もいなかった。彼は光る目を見開き、手にしていた鍵の束を剥き出しのコンクリートの地面へと落とした。慌てて壁にある電気のスイッチを、倒れ込むようにして点けた。蛍光灯の光りによって明るくなった事務所の中を見渡したが、やはり誰もいなかった。
「理真ちゃん?」
 返事はない。もう午後8時近いというのに、どうしていないのだ?彼は自らの黒い携帯電話を出し、そして耳へと当てた。
「…理真ちゃん!?」
「―――お掛けになった電話番号は…」
 理真の声ではなかった。彼はしばらく呆然とすると、また携帯電話を耳に当てた。
「もっしー。ハチコウだけど何?」
「ハチコウ!5時に工場に来た時、理真ちゃんいた!?」
「あ?いなかったけど。…どうかしたのかよ。そんな慌てて。お前らしくない。」
「…理真ちゃんがいなくなった。」
「あぁ?電話しろよ。」
「繋がらないんだよ。電源切ってるみたいで。」
「別に大丈夫だろ。高校生なんだし、彼氏の家にでも行ってんだろ。きっとお前に邪魔されると困るムードにでもなってんじゃねぇの?いいから放っておけよ。お前の知ってるロリっ子理真ちゃんはとっくに過去の人間なんだよ。」
 彼はそのまま電話を手に、かがみ込んだ。
「出て行ったんだ…理真ちゃん。」
「は?出て行った?んなわけねぇだろ。」
「…理真ちゃんの荷物が全部無くなってる。」
 電話の向こうが沈黙に包まれる。
「…お前が嫌になったんじゃないのか?あんまりお前が理真にベッタリするから。」
「違う…昨日…。」
「昨日何かあったのか?」
「…どうしてオレ、今日理真ちゃんのとこ1人にさせたんだろう。今日は絶対に目を離しちゃいけなかったのに。」
 頭を抱えて弱々しい声で訴えるセナ。
「え。どういうこと?今日仕事提供したオレのせい?」
「オレ、理真ちゃんのところ、探しに行くから電話切るよ。」
「オ…オイ!ちょっと待てよ!」
 ハチコウが話している途中で電話を切り、セナは事務所を飛び出して夜の闇へと消えて行った。

 私の荷物を詰め込んだ、ピンクの水玉の大きなバックは部屋の隅に置かれていて、自分のベットに横になった私はため息をついた。私は勝手に学校を休んだ。そしてセナに黙って工場を出てきてしまった。不思議と私の心は落ち着いていて、窓から伺い知ることができる、夜を迎えた空に目を向けていた。昼間もベットの上にこうして横になって過ごしていた。家に帰って来たのは2週間ぶりくらいだろうか。2週間も私はセナと過ごしていたのか。…よく耐えられたものだ。2週間も他人と一緒に暮らすなんて、今冷静に考えてみれば、容易にできることではない。私はよくやった。なのに自分に腹が立つのだ。よく頑張っていると思う半面、何でもっと頑張れないのだと思う自分がいる。
 嫌いだ。私は自分が嫌いだ。できることなら自分を殺して、どこか遠くへ逃げてしましたい。何をしても私に付きまとってくる、『嫌いな私』。早く切り落としてしまいたい。本当に私はどうかしている。頭がいかれてしまったのだろうか。

 ―――なんだ。あたしって案外精神的に弱い人間だったんだ。

 私の心のどこかで、弱い私を笑っている最低な私がいる。どうやら私は精神分裂しているようだ。たくさんの私が一気に1人の私に何かを訴えている。正しく言えば、私はたくさんのことを考え過ぎて、体がそれについていかない。もう無理なのだ。
 私はベットから立ち上がると、バックの中に入っていたナイフを取り出し、刃を出した。これは私のものではない。セナのものだ。あの優しい彼も、このナイフでたくさんのアンドロイドを傷つけてきたのだろう。彼の優しさには感謝する。だが今の私には何もかも毒になって仕方がない。優しい人間だろうと親切な人間だろうと、その人間が幸せであれば私は嫌いだ。私は苦しみ、もがきながら生きているというのに、一方では楽しく生きている人間がいる。…この世界はなんて不平等なんだ。
 右手にナイフを持ち、私は左手首に刃を向けた。分かるだろう?私が何をしようとしているのか。私だって以前までは、こんなことは馬鹿馬鹿しい行為だと思っていた。だが人にその傷を見せて心配してもらいたいなどという、悲劇のヒロインのような動機ではない。なぜなら私は独りだ。誰にも見せる機会もない。ただ私は苛々しているのだ。自分を痛めつけないと、この感情は治まらないような気がする。だから私は…
 ナイフを持つ右手が異常なほど震え出した。私の体のどこかで、やめてと叫んでいる。助けを求めている。だが私はその叫びを聞かなかった。私は震える右手を左手首へと振り抜いた。

 気づいた時、私の持つナイフは血に染まっていた。左手はやけにヌルヌルと温かく、なぜか私の周りには鉄の臭いが充満していた。静まり返った部屋の中央に立ち尽くし、私は思い知らされた。

 人間は地獄のような悲しみを乗り越え、前を向いて生きようと決めた、それからの人生が…本当の地獄なのだ…と。


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