RENEWについての記事、「ニッポン継ぎ人巡礼: 第2回ひらかれた産地、『ものづくりの聖地』へ」が公開されました
甲斐さんが書いたRENEWの記事、ちょっと最高すぎるので読んでほしい。
ものづくりの里・福井県の鯖江市・越前市・越前町で開催される工房一斉開放イベント「RENEW」…。こうしてRENEWを抽象化して説明するとき、RENEWはそれでなくても関わるアクターが多くて、そこからこぼれおちてしまうエピソードがたくさんある。ハヤカワさんの素敵なエピソードも、あるいは井上徳さんのような、リアリティある産地のせめぎあいも。あるいは行政との関係性だって。しかしそういう、場合によっては逆方向にすら引っ張りあいながら営まれるリアルな緊張関係や相互作用のなかで、少しずつ「ずれ」ていくような営みこそが地域のトランジションにおいては本質的なのだと思う。
だからこそ、本当のところは"RENEW"という不確かな何かが成功事例なのではなく、そこにはリアルなそれぞれの出会いや葛藤があって、その創発を捉えきることができなくて、僕らはなんとかRENEWという枠組みを与えて説明しようとしているにすぎない。マルチステークホルダーでさまよいあう営みは、それ自体が、短い言葉で説明することをこばむのだ。だから僕たちは、"RENEW"という枠組みを一般化して説明することに(無意識に、意識的に)甘んじてきた。「毎年3日間の開催でおよそ3万人が訪れ、この数年で地域には30を超える店舗や宿、ギャラリーなどが生まれてきた。」的な。
僕だって泣きそうになったようなエピソードがいくつかあるのだ。例えば錦古里さんに、ありがとうと感謝の言葉をもらった短い夜のこと。新山さんが学生時代に河和田アートキャンプに参加していたころ、そこによく遊びにきていた小学生が、いつの間にやら大学生になって、RENEWにインターンしにきて、20歳の誕生日にともに乾杯したこと。
そういう小さな、それ自体は「まち全体の変化」、あるいは合理主義的・客観主義的な意味での「ゴール」みたいなものに対しては無意味にさえ思える、それぞれの出会いや気付きや葛藤。そうしたある種の"さまようこと"をまちにひらいたのがRENEWだったのだと思う。よくわからないけど、ともにやってみようという、なんだか誰もその先がわかっていないような探索行為。
その「さまようこと」をともにすること、共有しあうことの先に今の風景がある。そして関わってきたそれぞれのなかに、これまで言語化さえされてこなかった(できなかった)小さなエピソードが確かに残っている。そうやって振り返ってはじめて、RENEWがやってきたことがわかる。
そう、こういう、振り返ってきてはじめて自分たちがやってきたことがわかる、そういうものをこれから僕たちは取り組んでいかなくちゃいけないんじゃないかなあと思う。
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と、わかりづらいことを書きましたが、、、
要するに、これまでざっくりとした書きぶりに甘んじていたRENEWですが、甲斐さんがとんでもない深堀りで、リアルな「その場所」にあった声を丁寧に拾い上げて紡いでくれているので、ぜひ読んでくださいということです。
ハヤカワさんの話とか普通に泣ける。自分が取り組んできたプロジェクトではあるのだけれども、RENEWってめちゃくちゃ良いプロジェクトだなあなどと、改めて振り返って思うなどする。
ぜひたくさんの人に読まれてほしい記事です。というかRENEWってどんなイベント?みたいなのを説明するとき、これからは甲斐さんの記事をシェアさせてもらおうと思う…。笑