8.ローマ 1:5 恵みを受ける
贖われ、イエス・キリストを主と告白し、さらには神の福音を宣べ伝えるために召されたパウロは、非常にはっきり、すべての民族にこの神の福音を伝えなければならないと理解していたのです。
パウロが本当に恵みを自覚していたのは、自分が使徒として召されるには決してふさわしい者ではないと分かっていたからです。それは、パウロが以前はキリストの教会を迫害していたからでした。
そんな人物が、神に愛されるなどということがあるでしょうか。普通だったら人はそう疑うでしょう。そして、自分自身についても、神に愛されるなどということがあり得るだろうかと思ってしまうのです。
パウロは、恵みを受けた罪人の見本です。神に愛されるに全くふさわしくない者で、それでも神に愛され、使徒として召されたのですから。
考えてみましょう:あなたは、神に愛されていることを確信していますか。あなたが神に愛される根拠は、なにでしょうか。
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