『ボクたちはみんな大人になれなかった』のか?


『ボクたちはみんな大人になれなかった」

あまりにも微妙な映画を観た。
タイトルを『ボクたちはみんな大人になれなかった』という。公開は11月5日だが「SNSでの紹介」を推奨されたので思うままを書いてみよう。
原作はSNSで人気を集める燃え殻さん。
テレビ業界の片隅に生きる主人公・佐藤(森山未來)の現代から25年前までが、フランソワ・オゾン『ふたりの5つの分かれ路』よろしく、時代を遡りながら描かれる。
しかし、まずはこのタイトルからして微妙だ。

【微妙1. 】果たして大人になれなかったのは「ボクたちみんな」なのか? 
伊藤沙莉演じるヒロイン加藤かおりはどうなのか?

(映画にはすぐに、主人公のかつての恋人かおりの現在、
幸せなマイホームママの姿が写真として出てくるから、これはネタバレとはならないだろう。)
と同時に、ゲイバーのママだった七瀬(篠原篤)の今のポロポロの姿も出てくる。
そう、「みんな」とは彼を含む「男たち」のことではないのか? 
だが、このような「置き去りにされた『男たち』の虚無的喪失感」は、あまりにも古めかしくはないか? まるで村上春樹の小説の再生産のようだ。
物語自体も、「業界」という特別感はあるものの、
ある程度歳を重ねた男なら、誰もが経験してきたようなことの集約にしか見えないのだ。

【微妙2.】「あの頃」を描いた映画は今泉力哉監督のズバリのタイトルを引き合いに出すまでもなく時折り生まれる。
この映画は、そのノスタルジー性に拘泥してはいないのはよしとしよう。しかし…。

実は本作を観る前に簡単なプロットを読んだ。そこで期待したのは昨今の中国映画の傑作だった。
『山河ノスタルジア』『帰れない二人』のジャ・ジャンクーをはじめ、
中国には『芳華ーyouthー』『妻への旅路』など二人の男女の邂逅、別離を時代の流れの中に描いた傑作が多い。

日本でもNHK朝ドラなど、そのような数十年にわたる大河ドラマがないわけではない。
だが、こと映画となると、この半世紀、あるいは四半世紀の男と女のドラマをダイナミックに映し出した作品に出会うことはほとんどない。

時代を反映しても、それはファッションやミュージックの推移であり、社会の変容がそこに絡むものは少ない。
もちろん『護られなかった者たちへ』のような「傷跡」を描いた作品もある。
だが、昨年の『罪の声』もそうであるように、いつもそこには「犯罪」が絡む。
(あの『横道世之介』は数少ない例外ではあった。)

どこにでもいる「普通の男女」の物語を日本の現代史の中に観たいと切に願う。
『なれなかったボクたち』の背後に蠢く見えざる手=社会の視角化。
それこそきっとスリリングな映画になると思うのだが…。

         2021.10.6



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