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現代にも輝く伝統の息遣いを後世へ―稚魚の会歌舞伎会合同公演!

 8月。昔は、大御所俳優が夏休みに出かけ、芝居小屋は閑古鳥。当然、興行もないという月だったというけれど、だからこそ若手だけで何かやろう!ということもあったのだろうか。8月でも歌舞伎座が盛り上がる平成・令和においても、若手やお弟子さんたちの勉強会がたくさん開かれ、ファンの手帳を悩ませる時期でもある。

 今年は、こんな時勢なのでどうなるかなと思われたし、実際、上方歌舞伎会は中止されてしまったけれど、毎年恒例、稚魚の会歌舞伎会合同公演は実施され、感動に包まれた。稚魚の会は、国立劇場の歌舞伎俳優研修の履修者の会。歌舞伎会は、一般家庭から(国立劇場の研修を経ずに直接)歌舞伎俳優の門を叩いたお弟子さんの会。

 そんな公演が国立劇場の再開第一弾興行となったのもうれしい。お弟子さんたちが再開に挑む機会、実現できて本当に良かった。歌舞伎俳優養成事業50周年ということで、記念となる公演。

<修禅寺物語。好蝶、梅寿、松三、橋吾、桂太郎、音幸、市也。>

 一幕目は、岡本綺堂の「修禅寺物語」。新歌舞伎らしいリアリスティックなほの暗さが通底していてよくまとまっていた。それぞれの役にそれなりに見どころがある点も、こういう公演に向いている。特に良かったのは、好蝶と梅寿。好蝶は、声も美しく、滑舌も良く、また、姉娘かつらの芯の通った女性像を思わせる凛とした強さも感じられ、上々の出来。昨年の同じ公演でのお富といい、艶っぽさがあり、かつ、気風の良い役がとても自然で、本興行でも大きな役をやってもらいたいと思わせる実力。

 梅寿は、高貴な役が佇まいに合っているのか、昨夏の高砂会から相当に腕を上げたのか、印象ががらりと変わった。将軍頼家の誇り高さ、貴人らしい颯爽とした雰囲気が、姿勢の良い居ずまいと伸びやかな声でよく表現できていたし、薄水色の衣装や貴人の化粧も顔によく合っていた。

 次に、松三。春彦は、一見捉えどころのない役のようだけれど、この芝居唯一の常識人を年齢相応の爽やかさを伴って存在感ある妹婿に見せた。単なる優男で終わらず、まっすぐな気性まで伝えた演技はなかなか。

 橋吾の夜叉王は、老け役へのナイストライ。顔には多少無理があったが、口跡は大変それらしく、また、幕切れの狂気じみた絵筆の扱いもきちんと印象に残った。

 桂太郎は、台詞が比較的少ない役で残念なるも、安定感のある発声と落ち着いた居ずまいで、将軍側近の空気感をよく作った。もっと老獪な印象を作っても面白い役かもしれないが、実年齢を考えれば今回のやり方で十分形になっている。

 音幸の僧は、あまりに自然であることに驚いた。そのせいで目立たなくて損をしているのではないかと思わせるほど。そういう役に巡り逢い、しかも、きっちり仕事ができるというのは、そうあることではないのではないか。

 唯一もう一声欲しいかなと思われたのは、市也だけれど、聞けば、入門からわずか1年程度とのこと。それであれば、むしろ殊勲賞か。口跡にもうちょっと抑揚があっても良かったのではないかという気がしたのと、気持ちが昂る場面で声色への気配りを欠いてしまうところがあったかな、という程度。せっかく出番の多い役を得たので、健気な娘っぷりをもっと魅せられたらなお良かったが、これからだろう。

 また、将軍頼家を襲う武士として、第24期生4名も本名で出演。死に際の雄たけびがやや漫画調で大仰に聞こえたのは御愛嬌として、美形だなぁと目を引く人もいたので、本格デビューが早くも楽しみになった。

<茶壷。橋光、升三郎、米十郎。>

 二幕目は、茶壷。今年1月の新春浅草歌舞伎での歌昇・巳之助ペアの印象が鮮やかに残っているので、それと比較して観てしまったきらいがるが、良かったのは橋光。悪人らしい粗さとおかしみを、所作の中で感じさせることに成功していたと思う。

 熊鷹太郎の升三郎は、とても小顔で、まずそのあまりに現代的な体型にびっくり。明るい気質で演じていたのはとても良かったが、一挙手一投足が大変に折り目正しく、遊びというか、もっとしなやかさも兼ね備えていたら、舞台全体が一層伸びやかになったのではないか。

 目代某の米十郎は、立場上、一歩も二歩も抜きん出た存在であるにもかかわらず、他の2人と同じ土俵に立ってしまった感。まだ若いので、目代らしい威厳や貫禄を求めるのがそもそも酷だが、コメディでも、熊鷹と胡麻六とは一線を画した存在になれたら、芝居にもっと奥行が出ただろう。笑顔は最高。

<吃又。梅乃、新十郎、音蔵、竹蝶、新八、新次。>

 三幕目は、吃又。楽しみにしていた梅乃がMVP(蛇足ながら、自粛期間に不定期で始まったインスタライブがとても興味深い内容尽くしで非常に面白い。)。思わず喋りすぎてしまう世話好きの女性という像がとても明確で、それゆえ、一つ一つの言動が流れるように進んでいったのが見事。また、師である将監夫婦に対する気配りと、夫である又平に対する細やかな献身、いずれにもしっかり役の想いが込められているのがよく伝わってくるので、観る側も素直に感情移入できる。特に、夫に相対しているところは、さばさばとしているようで、しっかりと女の色気が滲んでいるので流石。鼓もしっかり自分で打っていた。

 又平の新十郎は、とても上手いが、ニンではないのかもしれない。役に求められると思われるある種の悲愴感が薄くて、根アカな感じがそこここに出るので、もっと思い詰める感じ、根クラな雰囲気が支配してくれるとなお良かった。道化や三枚目の大役に挑む機会があると良い。

 なかなか良かったのが、修理之助の音蔵。涼やかな役だが、化粧も上手なのか、表情の作りこみ方が丁寧なのか、素の顔よりもずっと爽やかで凛とした印象でほれぼれするほど。そんな感想をこの人に抱くことになるとは想像していなかったので、うれしいサプライズ。

 北の方の竹蝶は、話し方や眼差しに優しさが溢れ、この役らしく仕上がっていた良かったのだが、いかんせん目立たず、もっと存在感を示せたらなお良かった(最近で言うと、門之助を手本に、と言ってしまうと、キャラも異なるし、酷かもしれないが。)。

 雅楽之助の新八も同様。もうひとくせ強く演じて、印象を残したい。将監の新次は、若いのによく演じきった。違和感なく通しただけで敢闘賞だろう。

 次世代に向けて歌舞伎界に良い人材を輩出するためにも、先細りすることなく、盛大に続けられてほしい意義深い公演。来年も楽しみだ。

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