社会的弱者のドラマを見るときに


ウヨンウ弁護士を見終わってからも、Twitterなどで他の人の意見を見ている。そこから自分の意見が出てくることもよくある。

ウヨンウ弁護士第3話では、ヨンウ以外にも自閉症の人物が登場した。
この人物は、ヨンウよりも重度の自閉症でありコミュニケーションを取るのが母親でさえ大変そうだった。

ウヨンウ弁護士で自閉症の認知度が上がり理解が少し進んだとはいえ、社会が自閉症に対し厳しくなくなる訳ではないと思う。

私がこの2人を見て思ったのは、共感を理由に接していいのだろうか、ということだ。

ウヨンウは自閉症でも、外見は可愛く小綺麗で、特性も自閉症のキャラクターとして可愛い(視聴者が受け入れやすい)側面しか出ていない。視聴者が好感を持ちやすいと思う。
それに比べると、ペンス好きの自閉症の被告は接しづらく、外見も魅力的とは言えず好感を持たれにくい。

もし自閉症の人に対し、ウヨンウには共感・同情できるから優しく接しようと思っても後者に対してはそうでは無いだろう。ウヨンウのことを進んで理解しようとしても後者に対しては…。

だから、自閉症のような定型ではない人々に対して、私は感情的な共感をするのではなく理性を伴って違いを認識・理解するのが良いのではないかと思った。

共感という形で相手を見ることは、共感されにくい人を切り捨てることになると思った。


自閉症”スペクトラム”の幅と、前に読んだ「共感という病」が紐づいた話でした。

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