怪談市場 第二十話
『焼肉』
気が向くと深夜、近所の田んぼ道を散歩する。
ときおり、奇妙な“モノ”を見聞きしてしまう。
先日は女の笑い声を聴いた。
今回は音というより、むしろ匂いである。
午前1時すぎ、いつもの散歩コースを半分ほど消化したところで、突然、濃厚な焼肉の匂いが漂ってきた。見回しても闇に沈む田んぼが広がるだけ。
周囲数百メートル以内に人家はない。しかも、ほとんど無風だ。たとえ風があったとしても、田んぼを越えて運ばれて来るような微かな匂いではない。半径10メートル以内で肉を焼く確実な匂いと気配。熱した網に生肉を置く「ジウー」という音や、安いカルビから落ちた脂の炭火に爆ぜる「バチバチ」いう響きも耳に届く。
イメージとしては焼き肉店というより、野外バーベキューのそれである。街灯ひとつない田んぼ道で、月も雲に隠れている。たとえ炭火でも、燃えているなら黙視できないはずはない。
しばらく立ち止まり、鼻をひくつかせて周囲を見回したが、田んぼの中心で肉を炙る、匂いと音の発生源はついに確認することができないまま帰路に就いた。
ちなみに、その田んぼ道では時折タヌキと出くわす。酔っていたら化かされていたかもしれない。
それにしても、焼肉の匂いと音だけというのは寂しいものだと、あらためて思った。やはり談笑する陽気な声や、缶ビールを開ける「カシュ」という軽快な音がセットでないとサマにならない。
焼肉店はともかく、野外での独り焼き肉はしない方がいいと思う。
怪談市場 水の章につづく。
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