怪談市場 第十話
『カエルの合唱』
夏場は深夜に近所の田んぼ道を散歩する。
時間が時間、場所が場所だけに、人に出くわしたことは一度もない。ときおりタヌキが行く手を横切ったり、名も知らぬ鳥から気まぐれに威嚇をうける程度で、至極快適な散歩コースだ。周囲はひたすら田んぼ。鳴き交わすカエルの声でうるさいぐらいだ。そのカエルの声に関して先日、珍しい現象に遭遇した。
「天使のお通り」を御存知だろうか。パーティーなどで、それぞれ好き勝手に会話していた人々の、話しと話しの合間にできる沈黙が偶然にも全員で一致し、会場が静まり返ってしまう現象だ。
カエルの鳴き声で、それが起こった。
深夜の田園に両生類の天使様が降臨あそばされたのか、それまで騒々しく鳴いていた数千匹(数万匹か?)のカエルが、一斉に沈黙した。
が、珍事はそれだけにとどまらなかった。
周囲が沈黙に支配された瞬間、「ケラケラッ」と女の笑い声が響いて、ピタリとやんだ。声をあげているのが自分一人と気付き、気まずくなって黙り込んだ――そんな感じだった。時間は午前1時過ぎ。半径数百メートルに人家は存在しない。もちろん周囲を見回しても人影などあるはずがない。そもそも暗くてよく見えない。
カエルはすぐ、なにもごともなかったように鳴きはじめ、周囲は再びカエルの合唱に満ちた。しかし、鳴き交わすカエルの声にまぎれ、見えない女が笑っているかもしれないと、どうしても考えてしまう。思わず速足になって、いつものように散歩を楽しめなかった。
それでも懲りず、今夜も散歩に出かける。
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