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怪談市場 第六十一話

『弓道場の怪 前篇』

私が通っていた高校の弓道場は、いろいろと怪しい噂が絶えない場所だった。

部員が一人だけで道場ににいるときに発生する怪。

誰もいるはずのない射場から、弦を放つ「ビンッ!」という音が聞こえる。

もちろん、確認したところで誰もいない。

逆に、大勢で練習中に発生する怪。

壁に設置された、フォームを確認するための大きな姿見に、見知らぬ人物が映る。

胴着に袴姿で、胸当てを着けた、見慣れた女子部員のいでたち。

でも、その顔立ちには誰ひとり見覚えがない。

気付いた部員が、他の部員に知らせ、数人で慎重に確認する。

道場内に、見知らぬ人物は見当たらない。

見知らぬ女子部員が存在するのは、鏡の中だけである。

それを確認したために全部員を巻きこんでパニック状態に陥り、練習が中止になることが、年に二、三回あるという。

練習試合や各種大会を前にして発生する怪。

弓道場の隅には和太鼓が置かれている。

矢が見事に的を射抜いた合図として鳴らす太鼓だ。

この太鼓が、誰も触れていないのに鳴ることがある。

聴き間違いではない。「ドン」とハッキリ、バチで叩いた音が響く。

部員の悪戯ではない。道場に置いてあるのは太鼓だけで、バチは倉庫に保管してある。

その太鼓は招待試合か、公開練習のみ使用し、毎日の練習では鳴らさないためだ。

この怪だけは、部員が脅えることがない。むしろ歓迎する。

大会前の練習中に太鼓が響くと、いい成績を残せるとの言い伝えがあるためだ。

私の通っていた高校は、高台にある。

その高台は、城跡である。

昔、高台に城が建っていた頃は、敵軍に攻め込まれたさい城主が脱出するための地下通路が整備されていたらしい。

弓道場はその地下通路の上に建てられており、まだ床下には出入り口が残されているとの伝説がある。

しかし、二つ上の先輩が物好きにも床下に潜り込んで地下通路を探したことがあったが、それらしき痕跡は発見できなかったという。

#怪談

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