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恥市場 6 『生首事件』

怖い思いをしたが、怪談にはならない――そんな体験もある。

例えば・・・。

目の前に突然、生首が現れた恐怖を味わったことがあるだろうか?

怪談ではありがちな状況だが、日常生活では滅多にないだろう。あったら困る。

ガス爆発の話でも触れたが、学生の頃、飲食店でアルバイトをしていた。本格珈琲を楽しめるファミレスというか、食事の充実した喫茶店というか、そんな店で厨房の助手を務めていた。

閉店は夜10時。最後の客を見送ったウエイトレスがドアの内鍵を閉め、「ノーゲストでーす」の声を合図に、各自持ち場の後片付けを開始する。そのさい、男子バイト(私も含めた)の誰かが時折、懐中電灯片手にコッソリ裏口から出ていくことがある。

客席に面した窓のすぐ外に立ち、ウエイトレスがカーテンを閉めに来たところで、懐中電灯で自分の顔を下から照らす。ウエイトレスの目から見ると、目の前の窓ガラスを隔てた、すぐ外の暗闇で突然不気味な顔が浮かび上がる。そんなドッキリだ。

「キャーッ!」

がらんとした店内に響くウエイトレスの悲鳴に、男子バイトたちが聴き惚れ小さくガッツポーズする。

いまから思えば、ホント低レベル。我ながら情けない。バカな若者そのもの。いますぐタイムマシンに飛び乗って当時の自分を轢きに行きたい心境である。

しかし因果応報とはよく言ったものだ。人に与えた恐怖は必ず自分に返ってくる。

それまで、「やーめーてーよー」と抗議しながらも一緒に面白がっていたウエイトレスたちだったが、ある日一人の女の子が、バカな男子どもに反逆の狼煙をあげた。

彼女の名は、R子ちゃん。

見た目は小柄で華奢だが、愛車のスカイライン・ケンメリをブイブイ乗り回すヤンキ……いやいや、なんというか、芯のシッカリした女の子だった。

その店は裏口を入るとすぐ2階へ続く階段がある。2階は屋根裏部屋で、倉庫兼更衣室となっていた。コーヒーや食品の詰まった段ボールが無造作に積まれ、壁際に従業員に割り振られたスチールロッカーが並んでいる。裏口から入った従業員は2階へ直行して制服に着替えてから階段を下り、業務につく。

その日、私はいつも通り学校が終わった夕方から出勤した。挨拶して階段をあがり、コックコートに着替えるべく自分のロッカーを開けると……。

目の前に、若い女の生首があった。

艶やかな長い髪。色白で整った顔立ちだが、表情はない。焦点の合わないガラスのような澄んだ瞳。

「おわーっ!」

思わず大声を上げ、尻もちをついて後ずさる。と、階下から「クスクス」と笑い声。見下ろせば、階段の登り口にウエイトレスたちが集まり、「してやったり」と言わんばかりの笑みを浮かべ、私を見上げていた。そこで初めて、ロッカーの生首が精巧にできた作り物だと気付く。

R子ちゃんは美容師の専門学校に通っていて、実習で使うマネキンの首をもってきて私のロッカーに仕込み、ドッキリのリベンジを果たしたのだ。当然このドッキリは、他の男子バイトにも仕掛けられた。ウエイターの寺田君(仮名)などは、「ギャアーッ!」と店中に響く悲鳴をあげたので、お客さんから「大丈夫ですか?」と心配されたほどだ。

このリベンジ・ドッキリは1日で終わらず、数日続いた。ドッキリの魅力に味をしめたウエイトレスたちは、男子のみならず、裏をかいて同胞である女子にまで標的の幅を広げ、大いに盛り上がった。

さすがに1週間もするとみんな慣れてきて、男子も女子も「いやー、楽しかったね」という感じで生首ドッキリは収束した。

ちなみに、突然目の前に生首が現れた瞬間は、背中から首筋、後頭部にかけて、トゲのような鳥肌が立つ感覚でした。

おしまい

#怪談にならない恐怖 #バイト #生首 #バカな若者 #トラウマ記憶

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