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怪談市場 第六十五話

『砂男』(達也さん 2)

「僕は団地生まれの団地育ちなんです」

そう言って達也さんは、関東でも屈指の規模を誇る団地の名をあげた。

保育園や小学校も、団地に併設されていたそうだ。

それは、当時の達也少年が小学校低学年のころに体験した怪異。


放課後や休日は、やはり同じ団地住まいの同級生と、団地内の公園で遊んだ。中でもお気に入りは砂場。友達とミニカーや超合金ロボを持ち寄り、トンネルを掘ったり地下基地を造ったり。

その日は、友達が親に買ってもらった、新作ロボットアニメの超合金のお披露目で、達也少年もテンションが上がり、多重構造地下秘密基地にしようと、いつもより深く砂場を掘っていた。

と、プラスチックのシャベルの先端が、不意に砂とは違う感触を捉えた。

柔らかいが、弾力もある……。

そんな質感を持つ、何らかの物体が埋まっているようだ。オモチャのシャベルとはいえ、尖端で傷つけてしまうような気がして、達也少年は素手で砂をかき分け、掘り進む。やがて、幼い手のひらが問題の物体を探り当てた。

青っぽい布に包まれた円筒形の物体。

柔らかく弾力があり、それでいて硬い芯の存在も感じ取れる。それは達也少年にとって、親しみ深い感触だった。

(手……?)

会社から帰ったお父さんに「お帰りなさい」の挨拶をしながらしがみついたときの、背広の袖を通した、たくましい腕の感触と同じだった。そのせいか恐怖は感じなかった。ただ純粋に、予想外の展開に驚いて、思わず大声をあげてしまった。

「うわーっ、人が埋まってるぅ!」

公園には幼児を遊ばせに来ていた母親も何人かいたから、そのうちの誰かが確認もせず通報したらしい。間もなくパトカーと消防車と救急車が到着した。砂場の周囲は黄色いテープとブルーシートで囲まれ、発見者の達也少年は制服警官から事情を聴かれた。シートの中では作業着のような服装の警官たちが砂場を掘り返すような慌ただしい気配が伝わる。何が出るか、いまかいまかと待ち構えていたが、1時間が過ぎても目立った動きはない。やがて黄色いテープもブルーシートも撤去され、収穫のないまま捜索は終了した。

何も出なかったらしい。

警官たちは、「想像力豊かな子供の勘違い」みたいな確認をし合って、苦笑いを浮かべながら引きあげて行った。

(そんなバカな! 勘違いなんかじゃない。確かに見たし、触りもした。もっと真面目に砂場を掘り返してよ!!)

憤懣やるかたないものの、声に出して抗議する度胸はない。警察官からの叱責が無いのはホッとしたが、両親には報告が行ったらしく、帰宅してからこっぴどく叱られ、砂場での遊びを禁止されてしまった。

それ以降、仕方なくブランコやすべり台、ジャングルジムなどの遊具を転々として遊ぶが、どうにも集中して楽しめない。古巣である砂場が気になって仕方がない。そんな煮え切らない公園ライフが一ヶ月ほど続いたある日、再び騒ぎが起こった。

「うわーっ、人が埋まってるぅ!」

砂場で遊んでいた子供が悲鳴をあげた。またパトカーと消防車と救急車が駆け付けたが、やはり何も出なかった。今度は当事者ではないので達也少年は安心して高みの見物を決め込んだ。悲鳴をあげた子供が、自分のように親から叱られて砂場出入り禁止になるかと思うと留飲が下がる思いだ。そして「やっぱり砂場にはアイツが住んでいるんだ」と考えると、未知の存在に遭遇した感動で胸がときめくのだった。

それから半年ほどの間に、同じような騒ぎが二度ほどあった。そのせいか砂場はコンクリートで固められ、上には面白みのない東屋が造られた。この仕打ちに達也少年はひどく胸を痛めた。砂場に住んでいるアイツが幽閉されてしまったような気がして、思い出すたびに涙がにじんだ。いつしか、あれほど好きだった公園から、足が遠退いてしまった。

それから不思議なことが起こるようになった。

有り得ない場所から、ときどき砂が湧く。筆箱の中、昇降口の下駄箱に入れてあった上履きの中、ジーパンのポケット――量は子供の小さな手でひとつかみ程度。問題はその質感。あきらかに、公園の砂場にあった砂だ。かつて砂場を縄張りとた達也少年だけに、間違えるはずもない。達也少年はその砂を捨てることはせず、ドロップの空き缶にせっせと溜め続けた。

そして待ちに待った夏休み、ドロップの缶は不思議な砂で一杯になった。

家族揃って海水浴に出かけるのは夏の恒例行事。達也さんは海パンや水中メガネを詰めたプールバッグにドロップの缶を隠し、両親とともに海へ向かうバスに揺られた。

海水浴場につくと、真っ先にドロップの缶に詰めた砂を、砂浜にまいた。

何カ月も温めた計画を実行に移し、肩の荷を下ろした達也少年は、心おきなく海水浴を楽しんだ。昼になり、海の家で母親の作ったオニギリを頬張っているとき、騒ぎは起こった。

「うわーっ、人が埋まってるぅ!」

波打ち際で砂遊びをしていた子供たちが悲鳴をあげたのだ。例によってパトカーと消防車と救急車が駆け付けたが、どうせ何も出ないと達也少年はわかっていた。

(アイツは公園の狭い砂場から、広々とした砂浜に引っ越しができたんだ)

そう考えたら気持ちが晴れ晴れして、思わずオニギリ片手に笑い出してしまった。


「いまから思えば、どうしてあんな不気味なモノに感情移入していたのか、自分が怖くなります」

過去を振り返りながら、しきりに首を傾げる達也さんだった。

#怪談

達也さん 1

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