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はじめに

■筆者の核型と病態について

ターナー症候群を持つ女性はターナー女性と称されており、普通の女性である

 筆者は中学2年時にターナー症候群(45X0/47XXX) の告知を受けた当事者である。12歳時に初経を認め、翼状頸、外反肘などのターナー徴候はないが、低身長である。0歳時より甲状腺機能の低下を理由に地元の大学病院に通院していたが、思春期の成長期が無いことで染色体検査に至った。同席した母曰く相当な衝撃を受けた様子であり、女性としての自信も未来も木っ端微塵に吹き飛んだ一大事であったことに違いない。自身を女性であると断言することは虚偽に該当しないか、普通の女性として受け入れてもらえるだろうか。今でこそ堂々と女性を称するが、切実に女性でありたいと願った日々は
ありありと思い出せる。性分化疾患とは、往々にしてそのような病である。

■合理的配慮について

適切な合理的配慮の図|Equality vs. Equity – Made with Angus より引用

 私は何の変哲もない女性として暮らしているが、身長は成長ホルモンを注射したものの140cmと伸び悩み、不便が多かった。外見の幼さによる対人面での印象不利や、忙しい中で他人に頼る場面が多いこと(=合理的配慮を要すること)などが煙たがられ、主に就労面での問題が大きい。印象の不利は知識でカバーするよう心掛けてはいるが、対人関係において良い結果は得られていない。低身長に対する子供の無理解は酷く、幼少期の性格形成に大きく影響したことも無理解に晒される一因であろう。
 一般に低身長といえば150cm程度と認識されており、私のような外れ値まで同じ扱いを受けがちである。要するに、身長に起因する困りごとを訴える場面での"私も背は低いけど"や"あの人も背は低いけど"といった無配慮な枕詞に絶望しているのである。身長153cmの母までもがその台詞を頻繁に使うのが現状であり、否定すると怒られる。上図で言えば、"私も背は低いけど"に該当する人物は多くの場合で中央の人物であり、私は右なのだ。
 成長曲線において150cmは-1.5SDであり、通常身長の範疇で低めだ。しかし140cmは概ね-3.5SDであり、点線すら書かれていないではないか。

参考資料: Pfizer Japan|成長曲線シート(0-18歳)

たかが10cmと十把一絡げにされては困る。ましてや辛さのマウント扱いなど完全な難癖だ。社会は外れ値に合わせてデザインされておらず、鴨居に頭をぶつける人々を増やすのも得策ではない。だからこその合理的配慮なのであるが、経験上学んだのは自ら大したことではない、個性のうちだと前向きに捉え自助努力に励む方が、家族を含め皆一様に首肯し、ある者は安心し、圧倒的に支持される現実である。しかしこれでは自ら何らかの発信を行わない限り、永遠に理解されることはないだろう。このような経緯によって立ち上げたTwitterをきっかけに、私は中性漫画家Aを知ることとなるのである。

■中性漫画家Aの活動についての問題点

 ところで本稿は合理的配慮について論じるものではなく、主題はこの中性漫画家Aについてである。前述の通り、私は告知により女性としての自信を打ち砕かれている。Aについては自ら中性を自称する人間の考え方を学ぼうと考え、申し込んだ講座の講師であるということでどんな人物なのかと調べていた。その中でAが同じターナー症候群であることを知ったが、Wikipediaを見ると160cmも身長があることに衝撃を受けた。十何年も連絡を取っていなかった主治医に思わず電話をする程である。当然主治医からは、成長ホルモン注射を幼少から行っていてもあり得ないとの回答があった。そこでこのAの主張に怪しさを感じ、著書は読める限り全て読んだのである。

性別が、ない! (1) (ぶんか社コミックス) p.74-75 より引用
性別が、ない! (1) (ぶんか社コミックス) p.114-115 より引用

 上の引用の通り、初期の話は誤解どころか性分化疾患に対する偏見すら招きかねない非常に悪質な内容であった。性的な描写があまりに露骨であり、インターセックス漫画家という肩書きで描くには明らかに不適当な内容である。時代を問わず、このような描写と何らかの疾患を結び付けて売り出すことは大いに問題である。私は常日頃から表現の自由について強く支持しており、生憎ラディカルフェミニズムとは全く相容れない立場であるが、性分化疾患とAの乱れた性癖は一切関係ないぞ!と声を大にして叫びたい。
 そもそもAの主訴である男性化の症状についても、ターナー症候群と結び付けられることでセンシティブな部分を深く傷付けられたと感じている。この病名を誰かに伝えた時、「あのAのやつ?じゃあやっぱり男性化とかするの?」などと無粋な質問をされては不快だ。酷い場合では「え、ターナー症候群って男性化するんでしょう?あなた普通の女でしょ、勘違いじゃない?本当に診断されたの?マイノリティに憧れてる系の人?」などと著名人の言い分を盲信され、こちらが疑われる可能性まで考えられる。ここまで酷いと妄言にも聞こえるが、冗談のような人間が確かに存在することは事実だ。私自身病気について説明したところ、「卵子がババアなんでしょ?女のなりそこないだね。」などと表現された経験があるからだ。

■令和の世はマイノリティが生きづらい

"尊重すべき多様性"である属性はタブーの塊であり、配慮疲れを起こしてしまう

 令和の世においてしきりに叫ばれている多様性や弱者属性、環境への配慮は人々の心を疲弊させた。エコバッグを持ち歩く生活にストレスを感じ、レジ袋の復活を待望する人も多いだろう。しかしメジャーなマイノリティや環境への配慮ができない人間は嫌われる世の中であり、企業であれば死活問題だ。一方で多様性から漏れたマイノリティ、社会的に弱者と定義されていない属性には厳しい社会となった。彼らに配慮したところで、得られるメリットは特に無いからである。今はそんなことにも配慮しなくてはならないのか、配慮モンスターだと以前より冷たくあしらわれ、敵意すら向けられても何らおかしくない。皆以前よりも配慮疲れを強く感じているからだ。相談したところで「受け流せない側にも問題があるんじゃない?てか、大して実害なくない?」などと、面倒くさそうに一蹴されることだろう。今流行りの表現を借りれば、まるでセカンドレイプのような仕打ちである。あるいは、黒人差別とアジア人差別の問題に似ているだろうか。日本人がアメリカで苦い物を口にするときはリアクションに細心の注意を払わなくては大問題に発展するが、アジア人差別については大した問題にならないと聞いている。令和の世にとってLGBTや女性差別、黒人差別、環境問題などはホットな社会問題であるが、一方で無名なマイノリティに対する理解が進んでいない現状はナルコレプシーの就労について取り上げた記事からも分かる。

■多様性が叫ばれ、Aが及ぼす影響は大きい

Xジェンダーや中性は性分化疾患とは無関係の存在である

 ターナー症候群は明確に女性の疾患であり、Aが男性ホルモン注射を受けて男性化したこととも性的少数者とも一切無関係である。「典型的な症例の女性にはおっさん化する苦しみなんて理解できないだろう!」と憤るなら、男性ホルモンなど打たなければ済む話である。標準治療でもないのに、むしろ何故打ったのだ!と問いたい。繰り返すが、ターナー症候群の患者は普通の女性である。A自身も古い著書においてターナー症候群では男性化しない、と明記しているにも関わらず、染色体異常を理由に外見が男性化したかのような誤った描写は、このように以降の著書でも随所に見受けられた。

性別が、ない! (10) (ぶんか社コミックス)p.8-9 より引用

地方自治体によるAの講演会についての告知ツイートであるが、公的機関ですらこのように誤った表現を用いている。不適切な告知であることを指摘され、早々にツイートを削除していた。

性別があいまい、という誤った表現を用いた告知ツイートは12/21には削除されている

 このように誤解を含んだ内容が誤解と気付かれぬまま世に広まることは、性分化疾患を持つ人間を傷付けかねない。Aの著書は性的少数者について学ぶ上での参考書とされており、AはLGBT運動の旗印的存在である。映画化されたドキュメンタリーは教材としての上映が想定されており、LGBT教育に関する講師として地方自治体に招かれる立場でもある。そのように影響力のある人間は、やはり正確な情報を伝えるよう努めるべきであろう。それでなくても性分化疾患は、Xジェンダーと混同されることも多いのだ。前述の講演会においてAはLGBTとインターセックスを無関係だと発言していたが、肩書きや著書に誤解を招く表現が多い故に告知も不適切になったのではないか。

性別が、ない! (5) (ぶんか社コミックス)p.6−7 より引用

上の引用においても性分化疾患が第3の性別とされていたり、明確に男女であるにも関わらず性別を決められない人が多いとの記述があり、まるでXジェンダーであるかのような誤った表現が見受けられる。地方自治体までもが真に受けて不適切な表現を用いてしまうので、出版年は問題ではない。

■男性化するターナー症候群は新症例なのか

違う症状が出るのであれば、それは違う疾患ではないだろうか

 Aは講演会において、医者は勉強したものと全く異なる症例に対してお手上げである、と発言している。どんな病気の症状にも、巷を騒がせるコロナウイルスにも、ワクチンの副反応にも個人差はつきものだ。しかし学んだ症例と全く違う症状が出ているのであれば、それは全く違う病気だと診断するのが自然であるはずだ。でなければ、医師は一体何のためにそれを学ぶのだろうか。夏季に罹患し、手足口に水疱ができる病をインフルエンザだと主張することは果たして正しいだろうか。インフルエンザであっても未知の症状はあるかもしれない。だが通常は手足口病だと診断されるはずだ。素人であってもインフルエンザと手足口病は区別ができるだろう。冬季に罹患し、インフルエンザウイルスの検査が陽性であっても関節痛がない、頭痛がない、微熱程度などの場合は個人差の範疇だと考え、インフルエンザと診断すべきだろう。しかし突然頬が腫れたとすれば、それはインフルエンザとは無関係に別の病気を併発したと捉える方が自然だ。虫歯やおたふく風邪の可能性などを疑いこそすれ、頬が腫れる新症例のインフルエンザ!とは通常考えないはずである。同居人がインフルエンザに罹患していれば、突然の高熱で即検査に行き結果が陰性でも、ウイルス数が検知可能数に達していないインフルエンザと見なすべきであろう。陰性であっても医師が臨機応変にイナビルを処方し、即日軽快した例も知っている。140cmである私が成長期を経験していないと話しても、インフルエンザを1日で治したことがあると話してもちっとも信じてもらえないものだが、Aの男性化するターナー症候群の方がどう考えても支離滅裂で噴飯ものの症例である。ターナー症候群により男性化したという話は、急性胃炎により骨折したと言っているようなものだ。関連がないので意味が分からないだろう。しかしAが著名であるが故に、LGBTの話と混ざり、自認についてとやかく言うのは差別だ!と捉える社会の認識があるために、その主張に対して疑問を持つ人間が圧倒的に少ないのである。私はAがXジェンダーという性自認を持つことに対しては、大いに支持する。

■性分化疾患は謎のグラデーションではない

性分化疾患は謎のグラデーションではなく、一般の疾患と同じである

 性分化疾患は何らかの千差万別なグラデーションであるからして、他の疾患とは別の話なのだと考えることが正しいだろうか。それとも性別に関するセンシティブな話だから、本人の自認を尊重すべきだろうか。性分化疾患は全てただの病気であり、何らかの特別な状態ではない。何度も繰り返すが性別の自認問題とも一切無関係の、ただの身体の病気なのである。疾患ごとの診断基準もきちんと存在しており、特有の症状がある。その症状の程度には個人差もあるが、その疾患と無関係な症状が引き起こされるものではない。症状が起こるには理由があることなど、医師でなくとも誰もが知っているはずである。適当に一応この病名にしておく、なんて曖昧なものでもなく、通常は精神科医同席の上で告知を受ける、のであろう。何せ私の時には精神科医が欠席していたもので、何とも言えない。自分がインフルエンザだと感じるならインフルエンザ、ではないように、性分化疾患だと自認すれば何らかの病名が付される、というものでもない。管轄も精神科や心療内科ではなく、小児科や内分泌科である。自身の性別に対する生きづらさの話でもなければ、二次性徴に対する嫌悪感の話でもない。私のアソコ、何かおかしいのでは?といった性的トラブルの話とも全く異なる。私の生きづらさに性別は一切無関係であるし、私は子供扱いが何よりも嫌だったので二次性徴は待ち遠しかったし、私の外性器は昔から現在に至るまで一貫して一般的な形状であり、何か指摘を受けたこともトラブルも特にない。何にせよ将来にも関わるセンシティブな話だからこそ、心のケアを含め慎重に取り扱われるべきであろう。少なくとも地元の大学病院では、その方針が採られていた。

■本稿の目的について

インターセックス漫画家という肩書きでの活動は、誤解を与えないだろうか

 そのような経緯から、私はAが主張する男性化するターナー症候群である可能性が如何程のものか、他の性分化疾患の可能性はないか、様々な情報を集めながら検討してみようと考えたのである。当然医師であるはずもなく、全ての症例を網羅する完璧な考察であろうはずもないが、傷付けられた当事者として追究する権利くらい認められるだろう。低身長や原発性無月経、ターナー徴候はなく主訴は男性化であり、染色体異常については"よく分からないがターナー症候群にするしかない性染色体長腕の欠失"があり、その診断を医師が積極的に支持していないため日本の医療に対して不満があり、"停留精巣は認めない"ことが本人が語る最新の病態である。Aがインターセックス漫画家として活動することは、真に妥当と言えるだろうか。私としてはFtXやXジェンダー、ノンバイナリーなどと称するのが妥当だと考える。病名やインターセックスの肩書きを撤回せずに活動を続けるのであれば、診断書の提出は最低限必要であろう。診断医のコメントも求めたい。Aが講演会で語った「よく分からないからターナー症候群にするしかない」などと診断された話が事実であり、その診断に基づいた活動であるならば、ターナー症候群はよく分からない染色体異常や性的トラブルの受け皿ではないぞ!雑な診断すんな!!と診断を下した医師に一言文句を言いたいところである。そしてよく分からないにも関わらず、インターセックス漫画家などと前面に押し出して活動するAも問題ではないだろうか。
 重ね重ね述べておくが、本稿はAの活動そのものや人格を否定したり誹謗中傷したりするものではなく、事実に基づいた活動や、性分化疾患に対する誤解を招くような表現を避けた、あるいは性分化疾患はLGBTとは無関係として切り離し、FtXとして性的少数者のみに焦点を当てた活動を求めるためのものである。私の知りうる限りAは自由人であり、固定観念を嫌い、差別を嫌い、大らかで好ましい人物像が伝わってきただけに病気に関する表現を残念に思う。教師という職業からも講演会の内容からも、多くの人に慕われる人柄であろうことは想像に容易い。Aの著書が性分化疾患に対する理解を助ける保健体育の教科書のような内容であれば誰も傷付かず、様々な人に学びを与えたであろうことが非常に悔やまれる。

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