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中性漫画家Aの病態に関する考察④

■まえがき

 自らを中性、半陰陽、両性具有、染色体が中間などと称し、LGBTQIA+の"I"の立場からセクシャルマイノリティの人々を描いた漫画で有名となったAという人物がいる。Aは女性として生を受けたが、30歳時にターナー症候群と呼ばれる染色体異常が判明した。時を同じくして男性ホルモン注射と縮胸手術を受け、以降現在に至るまで戸籍以外は男性として暮らしている。
 そして筆者である私もまた、Aと同じターナー症候群である。AについてWikipediaで調べたところ、そこに記載されている160cmという身長の高さに疑問を持った。遺伝性疾患情報専門メディアである遺伝性疾患プラス - QLifeによると、ターナー症候群であれば99〜80%の確率で低身長となる。未治療者の最終身長については、日本内分泌学会の情報によると平均138cm前後とされている。幼少期から成長ホルモンによる治療を行った症例であっても、最終身長が160cmにまで到達することは不可能である。これについては主治医に電話にて確認を行った。なお、私自身は13歳から15歳まで成長ホルモン療法を行っており、最終身長は140cmである。
 当記事の目的はAのターナー症候群、もしくはその他の性分化疾患であるという主張の検討を行うことである。検討には主に本人の著書を用いることとし、原則として引用元を直接確認できる情報のみ扱う。インターセックスという表現が不適当である可能性が高い場合は読者への周知はもとより、正式な診断書及び担当医の説明を要求する根拠としたい。

■本記事で取り扱う内容

本記事においては、卵精巣性性分化疾患と講演会の内容など、その他の内容について検討する。

■本記事の概要

  1. 卵精巣性性分化疾患は卵巣と精巣を一つずつ持つ場合もあれば、卵巣組織と精巣組織が入り混じった卵巣精巣を持つ場合もある

  2. 卵精巣性性分化疾患の患者には男性も女性も存在するが、中性ではない

  3. 卵精巣性性分化疾患は情報が少なく個人差も大きいため不明点も多いが、身体や性別決定の仕組みから逸脱した状態ではない

  4. 卵精巣性性分化疾患では卵巣が機能する可能性がある

  5. 4.により女性では妊娠出産が可能である症例が複数存在する

  6. Aの主張と卵精巣性性分化疾患は矛盾しないが、"真性半陰陽"は性分化疾患の代表なので漫画の内容や肩書きからして主張しないのは不自然である

  7. 医師の診断について、よく分からないがターナー症候群にするしかない、という曖昧なものであった

  8. Aは性分化疾患に対して、兆候さえあればフレキシブルに診断すべきだと考えている

  9. Aは学校で学んでいない症例を知らない医師に対する不満が強い

  10. 停留精巣の可能性については医師から精密検査の必要なしと判断されていたが、婦人科検診で精巣はないことが判明した

  11. 筆者は性分化疾患についても、他の疾患と同じく診断基準に基づき客観的に判断すべきだと考えている

■卵精巣性性分化疾患とは

 卵精巣性性分化疾患の概念について、小児慢性特定疾病情報センターによると以下の通りである。

卵精巣性性分化疾患(ovotesticular DSD、以前の呼称では真性半陰陽)は、同一個体内に卵巣組織と精巣組織が同側あるいは対側に存在する状態と定義される。異なる性腺の組み合わせは多様で、一側が精巣で対側が卵巣のタイプが20%、一側が精巣または卵巣で対側が卵巣精巣のタイプが約50%、両側ともに卵巣精巣のタイプが約30%と報告されている1)。 核型は、人種によって差を認めるが、本邦における125例での検討では、46,XXが61.6%、46,XYが12.8%、46,XX/46,XYが14.4%であったと報告されている2)。

卵精巣性性分化疾患 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター より引用

この疾患については情報が少ない。卵巣と精巣の両方を持つ症例、片側のみ、あるいは両側共に卵巣組織と精巣組織が入り混じる症例があり、個人差が大きい疾患である。患者の性別も男女共に存在する疾患であるが、決して性別が中性となる疾患ではないことに留意されたい。
 卵精巣性性分化疾患の臨床症状についても小児慢性特定疾病情報センターによると、個人差が大きいことがわかる。

性分化の障害の程度は、正常女性に近い例から正常男性に近い例までさまざまである。性腺は、腹腔内、鼠径部、外陰部とさまざまな部位に存在する。一般的に精巣成分を含む性腺は下降しやすい。性管は、原則的に性腺に対応した分化を呈する。すなわち、精巣成分を有する性腺と同側ではウォルフ管の分化を、精巣成分を欠く性腺と同側ではミュラー管の分化の傾向が認められる。卵巣精巣の場合は、性管の分化は様々であるが子宮はほぼ全例で種々の程度で認められる。思春期では、社会的男性における女性化乳房と社会的女性における男性化徴候が生じることがある。月経は社会的女性の約半数で認められる。

卵精巣性性分化疾患 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター より引用

一見複雑ではあるものの、これもまた前項で述べた性別決定の仕組みに則ったものであろう。性腺が下降できる程度にテストステロンが存在しているか、抗ミュラー管ホルモンはどれだけ分泌されているか、といった男性化の程度が個人差となり、アンドロゲン不応症のように病態によって男女に分かれるのだと読み取れる。前述の通り核型は46,XXが61.6%であるため、十分に機能する卵巣の形成が見込める疾患であることは覚えておきたい。また卵精巣性性分化疾患について、かくまん氏の漫画は理解を助けるであろう。

■卵精巣性性分化疾患とAについて

 卵精巣性性分化疾患は46,XXを筆頭に核型は様々であり、初経を認めた女性でも可能性がある。稀な疾患ではあるものの、Aの主張に基づいて何らかの性分化疾患である可能性を検討するのであれば、唯一可能性が消えない疾患ではないだろうか。疑問としてはインターセックス漫画家として売り出しているにも関わらず、性分化疾患の代表とも呼ぶべき"真性半陰陽"ではなく性分化疾患から除外されつつあるターナー症候群を主張していること、医師がこの疾患の可能性を精査した話も一切ないことである。要するにインターセックス漫画家がこの疾患を疑われたなら、何としてでも身体を精査をし"真性半陰陽"などとして売り出そうと真っ先に考えるはずなのである。しかしAの停留精巣の疑いは放置されており、非常に不自然である。卵巣精巣の場合について婦人科検診の内容でも発覚するものであれば、可能性は限りなく低くなるのではないだろうか。この点については情報が少ないため、現状では不明な点である。確定診断では性腺生検を行うようなので、やはり画像などでの判別は難しい可能性が高い。詳細については後述するが、停留精巣についての精密検査は不要であると医師が診断しているため、やはりそこまで高い可能性があるとは言い難いのも事実である。

■講演会の内容について

◆講演会でのAの病態についての質問

Aの講演会において、病態については以下のような質問があった。
1. ターナー症候群で女性から男性になる人はどれくらいか?
2. ターナー症候群は解剖学的に女性であるため性分化疾患から除外されることがあるが、性分化疾患でなくなることはどう考えているか?
3.停留精巣の可能性を調べなかったのは何故か?腫瘍化の可能性はどう考えていたのか?医師は何も言わなかったのか?

◆Aの回答について

 質問の1.と2.については明確な回答が得られていない。自分の症例が非典型的であることと、兆候さえあれば性分化疾患についてはフレキシブルに診断すべきである、という持論を一通り述べ、その後は非典型的な症例を嫌う性分化疾患の自助会と杓子定規な日本の医師の頭の固さを非難するばかりであった。男性化の理由については明確に分かっておらず、染色体異常が生じている側の性染色体の短腕部が何らかの影響を与えている可能性があるかもしれない、ということである。ターナー症候群という診断名については、医師にもよく分からないがターナー症候群にするしかない、という形での診断であったことが語られている。ネット等で調べて出てくる以上の症例がこの世には存在しており、自分の症例については研究したい医者がいれば協力するとAは申し出ている。新しい症例を研究したい小児科、内分泌科などの医師には是非研究して頂きたいと私も考えている。
 質問の3.については明確な回答が得られた。停留精巣及び腫瘍化の可能性については、医師から精密検査の必要なしと判断されたようである。離婚や引っ越しにより当時の医師による診察は途絶えており、引っ越し先では詳しい医師がおらず放置するに至ったとのことである。40歳時の婦人科検診にて女性機能について診察を受け、停留精巣ではないことを確認しているとのことであった。また、子宮の存在についても自ら語られた。婦人科検診が精査する契機となった理由について、何の理由もなく精密検査を受けることに抵抗を感じるためであると語っている。

◆Aの回答に関する考察

 Aの回答について、1.2.の質問については的外れな内容を延々と話していた印象を受けた。学術通りの診断しか下せない、学校で学んでいない症例を知らない医師に対する不満が強く、質問に対する回答になっていないにも関わらず約9分間にわたって語られている。兆候があるなら何らかの性分化疾患とすべきであり、何でもないという診断は性別が、ない!ということになるため避けるべきである、というフレキシブルな診断を求める考えと日本の医療のあり方が相容れないのであろう。染色体異常の世界はしょうがないからこの病名のところに入れる、といった診断の下し方が多いという話であるが、決してそんなことはない。私の症例はモザイクであるため47,XXXの核型も検出されるが、これは特に症状がないため通常病気とされない。何らかの男性化、女性化といった兆候を本人が訴えたとしても、疾患である以上は診断基準に基づき客観的に判断されるべきであることは言うまでもない。そのことで性別が失われる道理などありはせず、このような誤った話を地方自治体が主催する講演会で堂々と訴えることに問題はないのだろうか。実は本稿の引用元として使用している小児慢性特定疾病情報センターの疾患情報には概要の他に、診断の手引きというものが用意されている。ターナー症候群の診断の手引きによれば、確定診断に至る条件も明記されているのだ。

上記の少なくとも1つの症状を有し、かつ、染色体検査により、X染色体短腕遠位部を含むモノソミーが同定されること

ターナー(Turner)症候群 診断の手引き - 小児慢性特定疾病情報センター より引用

 ところで私は乳頭への刺激や特定の牛乳により女性化乳房の兆候を訴える男性を知っているが、彼も何らかの性分化疾患に組み込まれるべきだろうか。一般社団法人であるJミルクによると、牛乳に含まれているエストロゲンは極めて微量であり、エストロゲンの血中濃度も上がらない。女性はホルモンバランスによって体調が変化すると言われているが、ニキビが増えたり、体毛が濃くなったと感じれば性分化疾患として診断されるべきだろうか。単なるホルモンバランスの乱れが性分化疾患であるならば、世の中の女性の大半が性分化疾患であると言えるだろう。Aの主張に正当性があれば、これらに違和感を感じないはずである。ターナー症候群はよく分からない染色体異常を放り込んでよい疾患などではなく、診断の手引きや内分泌学会のガイドラインに則って診断されるべきであることは言うまでもない。何故性分化疾患ではこのような当たり前のことを、他の疾患においては常識であることをわざわざ書かなくてはならないのか、甚だ疑問である。X染色体長腕の欠失に起因する非典型的な症例であっても、そのように診断されている論文が存在することはターナー症候群についての項を参考にされたい。
 停留精巣の精密検査について、紹介状さえあれば理由もなく検査をするといった話にはならず、婦人科検診を待たずとも検査は可能ではなかっただろうか。精巣を持つ可能性が自ら明確に否定され、医師も検査の必要性を感じていないという事実を知ることができたのは大きい。精巣の可能性が否定できるような検査内容であれば、索状性腺であってもその際に指摘されていると考えてよいだろう。正常な卵巣と比較すると、索状性腺では形状が大きく異なるためである。卵巣精巣の場合は不明であるが、少なくともAは機能する卵巣を持っているのだろう。

◆卵精巣性性分化疾患の友人について

 Aは講演会において、卵精巣性性分化疾患を持つ女性の友人について述べている。Aはその友人に月経や妊孕性があったことを理由に非典型的な症例であると述べ、医師はでたらめであると非難している。しかし卵精巣性性分化疾患であっても機能する卵巣の形成が見込めることは前述の通りであり、理に適っている。女性の患者において挙児を得た例が複数あることについて、小児慢性特定疾病情報センターにも以下の通り記述がある。

妊孕性に関しては、卵子形成と排卵は稀ではないが、精子形成は生じにくいとされている3)。女性においては挙児を得た例が複数報告されているが(ほとんどは46,XX症例)、男性では非常に稀である。

卵精巣性性分化疾患 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター より引用

妊孕性のある卵精巣性性分化疾患の話は前例が複数あり、Aの主張する男性化するターナー症候群の話は前例がなく、医師も支持していない。これらを同列には考えてはいけないことは明白である。しかしAは地方自治体の講演会において、講師の立場で堂々と誤解を招くような発言をしたのである。参加者は個人的に調べない限り、Aの話を一切疑わないことだろう。このことについて、本当に問題がないと言えるだろうか。

■結論

 卵精巣性性分化疾患については情報が少ないため、卵巣精巣についての情報が得られない限りはAが該当するかどうかは判断しかねるものと結論づける。しかし状況から考えればその可能性は高いとは言えないであろう。そして卵精巣性性分化疾患の女性について、妊娠出産に至った症例が複数存在することは改めて述べておきたい。
 講演会での回答により停留精巣や索状性腺の可能性は否定され、ターナー症候群という診断についても医師が積極的に支持しているわけではない、という事実が判明した。Aは医師や自助会の対応について立腹しており、性分化疾患についてはフレキシブルな診断を求めている。この考え方は性分化疾患と性同一性障害の混同を招く、非常に危ういものではないだろうか。このような認識が講演会や著書を通じて一般的なものとなった場合、性分化疾患が性自認の問題であると誤解されかねないため、明らかに問題のある発言であると言える。冒頭でも述べているが、曖昧な診断に基づいてインターセックス漫画家という肩書きを前面に押し出した活動を行っているのであれば、やはり不適当であると言わざるを得ない。性分化疾患が誤解されないためにもAの問題点や発言の誤りについて、世間に周知されることを願っている。

■あとがき

 Aの著書について、そもそも性分化疾患は性的少数者とは何ら関係がないという当事者の見解を述べておきたい。トランスジェンダーやXジェンダーとは全く異なり、一般的な男女として日常生活を送っているケースが私を含め大半である。中性を自称するAの性自認はXジェンダーやノンバイナリーが近いと考えられるが、Aが何らかの性分化疾患であるか否か、といった話と性自認については無関係であるということは明記しておくべきであろう。
 またどの性分化疾患も単なる病気の一つであり、中性的になれるものでも性別を不明瞭にするものでもない。Aの著書では全体的に、性分化疾患に対する誤解を招きかねない表現が多用されている事実は指摘しておきたい。
 Aに救われた性的少数者の存在もまた事実であろう、ということは著書から推察できる。インターセックスとしての活動にこだわらずとも、その自由闊達な人柄でこれからも多くの性的少数者にとっての翼となれるだろう。

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