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張る前に拾う

にしのし


『からくりサーカス』は本当にいい漫画です。燃えポイントはいくつもあって、とうてい語りきれませんが、いただいたお手紙を読んで思いだしたことがひとつあって、
「第1話で出てきたとある表現が、最終話できちんとまた出てくる」
のが熱いんですよ。

で、ここで、「うわあ~~伏線回収~~鳥肌~~~」というリアクションをするのはまあいいとして、『からくりサーカス』には、どこか、伏線という言葉が似合わない部分がある気がしています。

周到に伏線を張っている、というよりは、「第1話から最終話まで、はっきりとバックボーンがあり、すみずみまで設定され終わった世界の中で、キャラクターたちがその都度、筋の通った行動をとっている」と言う感じ。

これを「伏線」って言葉で片付けちゃいけない気がするんですよね。


長いことマンガを読んできましたが、マンガの「あるある」に慣れてきたせいか、伏線をにおわすマンガが少し苦手になりつつあります。「これが伏線になるのかなあ」と気にしながらマンガを読んでいると、どこかからか白々しい気分がやってきて、ぼくの中に棲み着く(中動態)。どうせこの設定をあとで使って、盛り上げるんだろうなあ、みたいな冷めた気持ちになる。伏線が回収された回では読者アンケートが1位になって、おかげで少しあとに表紙になるんだろ、それが狙いなんだろ、はいはい、みたいな。

じゃあ、いつも「序盤と終盤がつながるタイプのマンガ」が苦手かというと、そういうわけでもない。たとえば、人物や世界の造形を緻密に描き尽くしたマンガだと、「あのときああ言ったことがここにつながる」みたいな単純な一対一対応じゃなくて、「ああー! 過去がああなら今はこうなるわなぁー! 性格がこうで経験がこうなら、この瞬間はこう動くしかないわなぁー!」みたいな、深い納得を味わうことができます。そういうのってもはや「伏線」では言い表せないと思うんだよ。


東京03の飯塚さんは、

「(コントの)伏線なんて情報を小出しにしているだけじゃん、中盤のネタをカットして一部を終盤に持っていってるだけだろ、そんな凄いことかよ」

と言ったそうです。なるほどなあ……とすごく納得しました。

ニュアンスを十分に書く前の、目に浮かぶ画像が少ない段階で、受け手に与える情報を意図的に分割して、隠して、「伏線」だと言ってしまうと……。それは単純に、盛り込まれた成分がうっすいだけの話になってしまいます。

出来の悪い「叙述トリック」を読んだ時のモヤモヤにも似ているかも。「それ、おどろかせようと思って序盤に書かなかっただけやないか!」みたいな。そんな小説、今の時代はほとんど出版されませんけれど。



突然ですがここで話を「デジャブ」に接続します。ほら、お手紙に書いてくださった、これ。

「ある夏の日,きらきらと輝く海を車窓の外に感じながら,電車で本を読んでいたときのこと」を思い出したような気がしました。
そんな体験,したことないのですけどね。

『からくりサーカス』が思いだささる10月/西野マドカ より

この感情はぼくにもわかります。そしてぼくは、デジャブに遭っているとき、
「張られなかった伏線を回収しているような気分」
になるんです。

こんな文章はじめて書いた。でも書いていてしっくりくる。


デジャブの本質は、「昔もこんなことあったな」ではなくて、「昔もこんなことがあった(としたら)、そのときも同じように感じた(だろう)」という点にある気がします。

人間が死ぬ直前に走馬灯を見るのは、「これまでの人生の中に生きるヒントが転がっていなかったかどうかを探すため」だと言いますね(鬼滅情報)。デジャブもじつはこれの番外編なのかもしれない。「これまでに体験したことがなくても、脳は、この体ならば経験したことがありそうだという情景を瞬時に、勝手に合成して納得することができる」のではないか。見たこともない景色、出会ったこともない人を、「体験済みだから前と同じように動けば最適化された感じでイケるよ」みたいに、乗り越えさせるために。



「自分」が、マンガのキャラクターだったとしましょう。このキャラは、「作者」に愛されていて、しっかり描き込まれている。だから、何かに出会って動くときはいつも、

「こういうシーンならこいつは必ずこういう気分になるし、こう行動するだろうな」

と、「読者」が納得する。

決定論的な話じゃないですよ。「設定が深い」ということ。「書き込みがえぐい」ということ。「キメ細かく描写されている」ことの証。

人間は無限に描き込まれたマンガのキャラなんです。だから、デジャブなんていう、「体験したことはないけれど納得できてしまう」なんていう機能までシレッと持ち合わせている……。



本当かな? ちょっと連想を転がしすぎた気もする。ほんとうにそこまで脳って高機能なんだろうか。調子が良すぎるかもしれない。デジャブの発生確率が激レアな理由も解決できてないし。まあ解決できなくていいか。ここで答えが出たら、それはちょっと、伏線回収モノっぽくて嘘くさい気もする。



(2021.10.29 市原→西野)