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NUM-AMI-VACCINE(5) 未必の故意による腹話術


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ちらりと時計をみた。
予定の1時間のうち、半分が経過していた。

ぬいぐるみをあやつりながら、思った。

(これ……今日……医療側はボッコボコになるなあ……。)

ぼく自身、番組が始まる前までは、「メディアの問題点」も、「医療者の問題点」も、取り上げるつもりは、なかった。視座の違いを語る上で、わざわざウィークポイントをフィーチャーする必要はないと思っていた。

でも、
しゃべればしゃべるほど、「医療者が情報発信するときの問題点」が、じわじわと立ち上がってくる。

あるいは、ぼくが「医療側」にいるから、身内に対して厳しい目線で、やりとりを眺めているのかもしれないけれど、少なくとも、腰痛におびえて椅子を立ち、なるべく遠くからこの回を眺めようと思っていたぼくは、


(今日はとりわけ、医療者の分が悪いなあ……)

という感触をもってしまった。





ぼくはもともと、「メディア」という主語が大きすぎると感じている人間だ。

今日のゲストだけ見ても、市川さんと水野さんでは、情報に対する立ち位置、視座が少しずつ異なる。

飛び込み方が違う。扱い方が違う。摂取の仕方が違う。自分事感が違う。距離が異なっている。道具立てもそれぞれ別だ。過去も未来もばらばらだろう。今、偶然、ここにいてZoomの画面を覗き込んでいるという共通点以外、ほとんど同じところはない二人だと思う。

ほんとうは、「メディアの人間」なんていない。そんな大きな主語は存在しない。

水野梓というひとりの人間がいて、市川衛というひとりの人間がいて、それぞれが、情報とどうダンスをするかと、自分の手足や言葉を眺めながら、考えて必死で実行しているのだ。


一方の、「医療者」はどうだろうか。

ぼくは……なんとなく、だが……。

「医療者」というでかめの主語でくくることは、「メディア」に比べると、まだ、許されるような気もしてしまっている。

なんというか……情報発信に対する本気度と、試行錯誤した回数と、注ぎ込んだアイディアと熱意の総量が、「メディア側」のそれに比べると少なくて、しかも多様性があまりないのではないか……。



次から次へと新しいぬいぐるみを画面の中に入れた。

ぼくはこのとき、「どうしていいのかわからなかった」のだ。

医療者の「パターンの少なさ」と、出せる言葉の少なさに、無意識におびえていたのではないかと思う。

せめて画面だけでも華やかにしないと、もたない。


そう感じていた。




ほむほむ「ぼくらの情報発信は、やっぱり、患者さんに診察室でしゃべっていることの延長に過ぎなくて

オツカ「ぼくらの情報発信が、診察室の延長になっているというのは、いいこともあるけどね。そのかわり、『多くの人に発信すること』をちゃんと意識している医療者はあまりいないんじゃないかな。メディアの人たちがやっているような……コンテンツを作る、という考え方をしていない。」


ヤンデル「コンテンツ……」


オツカ「多くの医療者は、自分たちがしゃべっている内容をコンテンツ化していないですね。だから、伝わりづらかったりだとか、うーん……オリジナリティがなかったりだとか」

ほむ「ほむ……」

オツカ「でね……コンテンツをうまく作れないぼくらが、簡単に、誰でもコンテンツを作ろうと思ったらね、」

ヤンデル「思ったら?」

オツカ「てっとりばやいのは、『批判』だと思うんですよね。」

ヤンデル「ああーいやだなあああああ」

(ざわめくぬいぐるみたち)

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オツカ「医療者にとっては、誰かのことを『間違っているぞ』と、ただただ訂正する、批判する。これが一番ラクなコンテンツづくり。

でも、そうじゃないやつ、自分オリジナルで楽しくておもしろくて、多くの人に興味をもってもらえるコンテンツを作ろうと思うと、ものすごくハードルが高いと思う」

ヤンデル「うん」

オツカ「そこを目指してやってる医療従事者ってのは、ものすごく数が少ないんじゃないかなって思ってる」

ヤンデル「うんんん」



オツカ「これに対してメディアの方々は、おもしろいコンテンツづくりをやろうとしてるんだけど、中に詰めこむ材料が、これでいいのかな、あれでいいのかなって思って悩んでしまってるところがあるんじゃないかな……ってのが、ここまでの話を聞いていた感想です。でね、市川さんにパスしたいのは……」

市川「おっ、パスされたいです」

オツカ「市川さんがこれまで番組を作られてこられた中で、たぶん、いろんなバランスを考えてこられたと思うんです。おもしろさと正確さのバランスとか。」

ヤンデル「ふんふん」

オツカ「その、頭の中の構成要素とバランスが聞きたいな。」



市川さん「そうですね……ぼくがまず考えているのは、この情報を誰に届けたいのか、ってことですね。『誰のためなのか』。」

ヤンデル「ふむ」

市川さん「こういう人にこういうことをちゃんと伝えたい、ということがわかったら、そこで伝わるためにはどうしたらいいのかってことを考える。『手段』。あるいは、文章や映像であれば『順番』。どういう順番で伝えればより伝わるだろうかってことを考える。それで……」

ヤンデル「それで」

市川さん「明確なお悩みを持っている方、たとえば疾患をお持ちの方に情報を届ける手段はわりとシンプルです。あなたはこんなお悩みを持っていらっしゃいますよね、その解決策はこれです、という感じで。」

ヤンデル「なるほど」

市川さん「でも難しいのは……たとえばワクチンもそうなんですけど、『予防』みたいなね、今まだ興味を持ってない人に、これが大事だから聞いてくださいって声をかけるのが一番難しい。」

ヤンデル「うん」

市川さん「そういう人に、我が事にしてほしい。」

ヤンデル「我が事にね」

市川さん「見ている人に、我が事のように考えてもらうときに使う手段としては……例えば、『クイズ』がありますよね。」

ヤンデル「ああ、クイズ。今日もやられてましたね」

市川さん「クイズに答えるという行為によって参加していただく、ということですね。水野さんはどうですか。」

ヤンデル「おっ、パスが出た」

水野さん「私は……私はその……今ずっと聞いてて、『そんなところまでお医者さんが考えなければいけないんだろうか』ってことをずっと感じてて……。」

市川さん「ああ、そうか。」

ヤンデル「おっ……」



(続く。)

【おまけ】

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(オツカがすごくまじめなことを言っている最中、ぼくとけいゆう先生の肩幅が奇跡的に一致して、左側に腹話術師がいるみたいな絵面になっていた司会の不手際を深くお詫び申し上げます。)


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