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教師が太公望

マエダ氏

「ヤンデル氏」に慣れてきました。お察しの通り、『映像研には手を出すな!』に感動するあまり、親しんだ「ヤンデルさん」をやめて「ヤンデル氏」を名乗るようになりました。思いのほか快適です。アニメにならえば読み方は「やんでるし」です。

しかし、古参のオタクたちがくちぐちに「ヤンデルうじ~」「ヤンデルうじ~」と呼んでくるのには辟易しています。なんだかウジ虫みたいですね。ちなみにウジ虫は法医学というジャンルの学問では立派に研究対象でして、法医学のはす向かいくらいに暮らしているイチ病理医としては、実のところウジ虫に言うほどの悪感情を抱いてはいないのですが、もちろんそれは、自分がウジ虫でない限りの話です。


・・・


さて、マエダさんがご自身の読書のイメージを

「竿一本で釣り糸を垂れてる、もしくは浅瀬で見つけた一匹の蟹をずっと眺めている」

とおっしゃったことに、何か古い記憶を呼び起こされています。そうとうに古い記憶です。はっきりとしまい込まれているやつです。

脳の「母屋」を出て、離れの先にあるボットン便所のさらに向こう、さびれてたたずんでいる古い蔵の南京錠をガタコトと開け、明かり取りから差し込む光線にほこりが舞い上がる中、木と鉄で組まれた千両箱みたいな書類入れをひっくり返し、紙魚にやられた古文書の一部にかろうじて読める程度の万葉仮名を読んでみますと……



 ぼくは たいこうぼうに なりたい



と書かれていました。まぎれもなくぼくの字です。

ああそんなこともあったなあ! 完全に忘れていた。ちょっとびっくりしました。


日がな一日、えさをつけずに釣り糸を垂らしていると、時の君主が雑談という名の戦術談義をしにやってくる天才軍師。厨二心のストライクゾーン外角ギリギリをえぐる姜子牙太公望・呂尚に密かにあこがれて、でも、誰にも言えなかったのは、30年近く昔のことです。なんかちょっと口に出すにはかっこつけすぎだなあと思ってしまったのです。たしか。

今なら恥ずかしいことを言ってもふぁぼが付くだけなので、こうして書くことができます。

恥ずかしさを引き受けてからは人生がちょっと豊かになったかもしれません。恥じらっていた自分自体もまたコンテンツとして読むことができます。おまけに多少の共感も込みで。


たしかに、太公望の暮らしはいいなあ。



さて連想ゲームはともかく、最近あらためて読み直さなければいけない、それこそ投網ではなくじっくり構えて釣りたい「二度目の読書」のリストが溜まっております。投網は商売にはいいですが、腰を据えるには向きません。というか腰を痛めそうです。

岩場を出入りする蟹を追いかけるように再読したい本が何冊かあります。

今日は、『世に棲む患者』中井久夫(ちくま学芸文庫)がその筆頭。

こちら、著者は有名な精神科医で、内容も精神医学なんですけれども、どちらかというと沢木耕太郎とか椎名誠(の紀行文)とか須賀敦子の「さしすライン(ぼく命名)」と同じような読後感で楽しめる「医エッセイ」に近い読み物です。こうして書いていても、早く再読したくてしょうがない。だから、積み本は減らしたい。なのに、マエダさんのお手紙を読んで、e-honで『世界を、こんなふうに見てごらん』日髙敏隆(集英社文庫)を注文してしまいました。かの書房に届く予定です。そろそろ取りに行かないとなあ(3冊溜まってる)。


toi booksには2020年の間に必ず訪れたいと期待を膨らませているのです。さらに言えば、マエダさんがおっしゃった「フェア」、さらには「棚の心意気」が、本当に、日々、心の中で大きなものになっています。

かも書店、良かったですね。当たった本しかなかった。もっと買ってもよかった。

そして最後にさらりと爆弾発言を書かれていますが3月の「かの書房」のイベントにいらっしゃるのですよね。さぞかし楽しい一日になると思います。存分にフェアの話を、読書の話を、蔵を2,3個ひっくり返すつもりでやるのです。たぶん。



最後に、最近読んだ本……というか文章の中でおやっと思ったものの話をします。

それは『ほぼ日の学校長だより』です。

ぼくこれ本当に好きで、毎週必ず読んでいるんですけれども、何が好きって、この連載を読んでいると本をどんどん買いたくなるんですね。かも書店(ヒット率100%)、かの書房(ヒット率100%)と、かがつく書店やフェアにはだいたい当たりが多いので、河野さんもやっぱり当たりなんだな、とか思っていたらこの方、名前の読み方は「こうの」でした。ざんねん。

や、ほんと、名前で茶化している場合ではないです。すごい好きです毎週毎週。『言葉はこうして生き残った』(河野通和)もすばらしい本でしたけれど(この連載の最初の方で触れましたね)、学校長だよりもやっぱり最高……。


そんな中、「おやっ」と思ったこと。

コーナーの前書きみたいなところを読むと、

2018年1月、
ほぼ日の学校が指導しました。
これからいったい、
どういう学校に育っていくのか。
そのプロセスの出来事の,
学校に込める思いなどを、
学校長・河野通和が
綴っていきます。

なんて書いてあるわけですが、しかし、学校の話が出てくるのは2,3回に1回くらい。あとはもう一流の書評なんですよね

ふふ。先生は本が大好きなんですよね。まあわかります。ぼくもできれば、そういう暮らしをしていたい。


(2020.2.10 市原→マエダさん)


追:

あっそうだ。フラジャイル、よかったでしょう。いいんですよ。フラジャイルは。

病理医がプレパラートを宅配便で送るとき、「ワレモノ」に○を付けるわけですが、すると、届いたときには「FRAGILE」というシールが貼られているのです。「取扱注意」という意味ですよね。

いいタイトルだよなーと思います。もろいし。