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ぼくらは限界の中で動く

タクさん

話題が豊富でおもしろいお手紙をありがとうございました。

一読した感想、「やはりそこ、気になりますよね」。具体的には3セクター理論を気にされていた部分です。

医療とか健康にまつわる話を、「民間セクター」「専門職セクター」「民俗セクター」の3つに分けるやり方は、ちょっと雑ではあると思うんですが、分類しないときに比べるとだいぶいろいろなものが見えてくるなーというのが実感です。最近の私はよく3セクター理論を引き合いに出しています。

個人個人の闘病生活や通院経験を語るのが民間セクターの文脈、科学的なエビデンスを元に語るのが専門職セクターの文脈とすると、民族セクターの文脈は、例えば、「高野豆腐を食べると血圧が下がる」とか、「ヨーグルトきのこは健康にいい」とか、「玉ねぎを生で食べると血液がサラサラになる」といったものが当てはまるのではないかと思いました。

「ヨーグルトきのこは健康にいい」はどちらかというと民セクターではなくて、民間セクターのほうだと思います(漢字、民ではなくて民のほうです)。

「医療情報の3セクター理論」については、この往復書簡の中でちゃんと説明していなかった気もするので、ここでまとめ直しておきましょう。

医療や健康にまつわる情報の語り口は大きく3種類に分けられます(例示は必ずしも適切ではないのですが、ざっくりです)。

民間セクター的医療情報
(例: 「大学病院では教授に付け届けをしないといい医療が受けられないのではないか」。「PET検診で膵臓がんを見つけた親戚がいるので、PET検診は受けた方がよい」。「ドクターXに出てきた医師が治した病気だから名医なら治せるかもしれない」。)

・専門職セクター的医療情報
(例: 「国立がん研究センター中央病院 がん情報サービス」。「外科医けいゆう 医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎新書)。)

・民俗セクター的医療情報
(例: 「クリステル貞子の水晶占い 今日の健康アイテム」(※てきとうに今考えた名前ですがもしクリステル貞子さんが実在した場合はごめんなさい、あなたとは関係ないです)。「病室に椿を飾ると首が落ちると言って縁起が悪いので飾ってはいけない」。)

ここで、特に医者が陥りがちな過ちがあります。「専門職セクター情報がいちばん役に立つし、正確だし、これを守ってもらわないといけない」と考えてしまうことです。これは明確に間違っています

実際には3セクターは場面ごとに役割が違います。

たとえば、西洋医学のエビデンスでは効果を見込める治療法が存在しない状態(がんのエンドステージや、四肢切断後状態など)において、専門職セクターのみから提供できるケアはさほど多くありません。

もちろん、介護士やソーシャルワーカー、ケアマネージャーなどの専門職は多く関与するのですが、これらの専門職員たちが「専門職セクター的なケア」だけで患者に相対することはないのです。だって、エビデンスがある「回復法」はありませんからね。ですから専門職の方々も、意識的か、無意識か、の違いはあるにせよ、必ず民間セクターや民俗セクター的なサポートを取り入れています。患者とその家族の関係を大事にし、宗教的・スピリチュアル的な部分に気を配ります。

これを3セクター理論の言葉だけ使って言い直すと、「専門職セクター的な情報だけで医療は成り立っていない」となります。あたりまえのことですよね?

さらに言いますと、専門職セクターの情報で満足を得られない人が民間セクターや民俗セクターに逃げ込む、という言い方も不適切です。そもそも医療や健康の大部分は民間セクターや民俗セクターの段階で(西洋医学に達する前に)解決されていることが多いです。たとえば、「痛いの痛いの飛んで行け」は民俗セクター的なケアです。これで安心感と親子の信頼感が醸成され、痛みも実際に引いていくのですから何の問題もありません。このとき、「専門職セクターが出るまでもなかった」と考えるのは少々上から目線すぎると思います。「民俗セクターで必要十分なケアが完遂している」と考えるべきです。

おわかりですか?

私たちがもっとも得意としている、専門職セクターからの物言いは、使える場面が限られており、そもそも健康や医療の局面において絶対ではないですし、上位にもないのです。


なんとなくですが本連載は(序盤の)佳境とでもいうべきポイントにあるような気がします。

タクさんは、

何度かやり取りされた、「PETとは何?」というお題に立ち返ると、私はこれまで民間セクターと専門職セクターの対話ばかりを意識して取り組んできたように思います。

と書かれましたが、ぼくから拝見した印象は違います。タクさんはここまですべて、「ほぼ専門職セクターに特化した書き方」しかしていません。

いい・悪いではなくて、あなたはそういう立場の人なのです

函館山の夜景という例え話を使って話せば民間セクター寄りの会話になるか? いえ、なりません。あくまで専門職セクターの言えることを、例え話でわかりやすく消化して提供しているのです。それで十分ですし、それ以上のことにはなりません。


ぼくもそうです。自分にできることは専門職セクターからの物言い以外あり得ないと思っています。そもそもぼくは病理専門医という、世の中でもっとも「専門職セクター然とした職業人」ですからね。

ぼくがゆるめの言葉を選んだり、ネタツイを挟んだりしながら発言しているのもすべて「専門職セクターからの物言い」をするための行動でしかないと思ってください。

その上で、ぼくが普段やっていることをもうすこし丁寧に説明すると、こうです。

「民間セクターの物言いをもっとも信用するタイプの人や、民俗セクターの助力によって自分を支えている人も、専門職セクターの言いたいことを完全に無視するわけではないし、ときおり参考にしています。それでいいと思いますが、ときおり専門職セクターを利用したい瞬間も来るでしょう。ぼくらはそれまで、お声がけしやすい場所でお待ちしています。ご入り用の際にはぜひ、ぼくらを参照してください。」


タクさんは前回、400字制限の新聞原稿を想定して、このように書かれました。

PET検査とは
PET検査とは、放射線を出す薬を体の中に投与し、体の外で薬から出る放射線を受け止めて、体内での薬の巡りを測定する検査です。
近年件数が増えている検査で、質問を頂いた方も、もしかしたらご本人や身近な人が突然放射性同位体なんぞを使う良くわからない検査を受けることになり、戸惑っていらっしゃるかもしれません。
そんな方に是非ご紹介したい小冊子があります。日本核医学会、日本アイソトープ協会という放射性同位体を扱う学会が刊行している、『PET検査Q&A』というものです。(http://jsnm.sakura.ne.jp/wp_jsnm/wp-content/uploads/2019/07/petkensa_q_and_a_2019.pdf)
2000年の初版から2019年の改訂4版2刷まで、脈々と加筆編集が加えられてきました。
PET検査が初めて健康保険制度でカバーされるようになったのが2003年のことですから、PET検査が今のように広く行われるようになる前から続く冊子であることが分かります。
検査の原理から被ばくの影響まで、現在の医療現場を反映しながら広く端的に網羅されており、おすすめです。
検査窓口や病院受付に置かれていることも多いと思いますので、宜しければお手に取ってみてください。
そしてこの冊子を読む読まないに関わらず、PET検査に疑問や不安があれば、是非納得がいくまで担当の医療者にご質問下さい。
適切にPET検査を行うためには、検査を受けられる方のご理解とご協力が不可欠なのです。

読み返してみてください。どこをどうひっくり返しても完全に専門職セクター情報です。ぼくらはそれしかできません。それでいいのです。

その上で、あえて、民間セクター重視の人や、民俗セクター重視の人に、ときおりここにもぼくらがいるぜとアプローチできるように書くとしたら? 大変難しいお題なのはわかっています。いろいろなやり方があります。今のぼくだとこう書きます。


PET検査とは
PET検査は、ある種の病気が体の中のどこに、どれくらいあるかを探知するための検査です。病気が体内で塊(かたまり)を作ることがありますが、その塊が「取り込みたくなるような」特殊な薬を投与します。この薬は放射線を出すように設計されており、病気に取り込まれるとその場所から放射線を発します。これを体外からレントゲン検査のように測定することで、病気がどこにどれだけあるのかを判断することができます。
非常に便利な検査ですが、非常に限られた使い方しかできません。患者の悩みである病気そのものを治したり、これからどんな病気になるかを予測したりすることはできません。あくまで、ある種の病気が体内のどこにどれくらい陣を張っているかを見極めるための検査です。PET検査に限らず、西洋医学の検査は、使い所と使い方が肝心です。詳しくは主治医とご相談ください。また、QRコードを読み取るとPET検査について詳しく書かれたPDFが手に入ります。

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これで399字。

紙媒体であればQRコードの利用が便利です。サイズも自由ですし、顔写真を入れるスペースに代わりに入れてもらうこともできます。

上記の文章でぼくが気を遣ったことは、「専門職セクターが自分たちこそ正義だという雰囲気をかもしださないこと」です。


なお3セクター理論をもっと知りたいあなたにはこんな本がおすすめです。せっかくなのでQRコードで示しましょう。まあ、QRコードって、スマホで表示されるとかえってリンクに飛びづらいという弱点もあるんですけれどね……。

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(飛びづらい方への参考リンクはこちら。https://www.amazon.co.jp/dp/4794971567/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_X0h5DbQT6KBSP )


あ、そうそう、URLをQRコードにするときは、デンソー(QRコード開発もと)のウェブサイトを使いましょう。


今回タクさんにお渡しするお題はありません。ちょっと多くのことを書きすぎました。次回はライトに感想でもいただければ。もちろん、ご質問などございましたらいつでもどうぞ。

(2019.12.12 市原→タクさん)