見出し画像

さよなら、ブラック・ジャック(6)ヒゲからマイクが離れた

こちらの記事(↓)の続きになります。




(前回のあらすじ: 幡野さんの強い投げかけを受けて、イスから少し浮き上がったけいゆう(山本)先生。しかし彼は瞬時に考えをまとめて静かに話し出すのであった。)


山本「えーと……ご高齢の方であれば、そしてご家族との間で、事前にもしものときも蘇生はするなという話が成立していれば、そもそも、患者さんの意識が落ちたときに、ご家族から『なんとかしてください』と言われることにはならないんですね。」

ぼく(……そうか)

幡野「なるほど」(うなずく)

山本「つまりご家族がいまわの際に延命してくれとおっしゃったということは、そもそも、患者さんとご家族と我々との間で意志が共有できてなかった、ということになるわけじゃないですか……。」


ぼくは、ここで、ああ……議論のレイヤーが違うのか、と思った。

幡野さんは、
「ご本人の意志を無視して家族が医者に『延命してくれ』と言ったら医者は断れないですよね」
と問いかけたのだが、けいゆう先生は、
「そもそも家族が患者の意志と違うことを医者に述べた時点で事前のコミュニケーションが足りてない」
と言っている。

彼らはクローズアップしている時相が違う。現場で、問題を認識しているタイミングが違うんだ……。


山本「つまりそういうコミュニケーションが足りない時点で、医療現場にひとつの問題がすでにあった、ということです。で、そういう問題があるところで、ご家族から延命してくれという希望が出たとする。そういうときは、おっしゃるとおりで、たとえ患者が蘇生を希望していなかったとしても、すぐには意向を断れません。」

幡野(ゆっくりかすかにうなずく)

山本「でも、延命が患者さんの体に対してどれだけ負担をかけるか、ということを説明しながら……ご家族と話を……」

幡野(シャッター音のしないカメラで、そっと写真を撮る)

山本「……ということです。」



ぼく「……なるほど。さあ幡野さん、今のけいゆう先生の話を聞いて、ぜひもう一度幡野さんから、」

幡野「……いや、さらに聞きましょう(大塚・堀向のほうを手で示す)

ぼく「……!」



すごい。鳥肌がいい仕事をする。

このタイミングで幡野さんは言い返さないんだ。

さらに医者の意見を聞きに回るんだ。

視点をストックする側に回っている。視線を受け止めようとしている……。




ぼく「では、堀向先生にマイクをふります。ほむほむ先生は、患者本人が意思疎通できないときに、ご家族が延命処置を施してくれと言ったらどうしますか?」

堀向「……ぼくは小児科医ですからね……前提が違うんですけれども。どちらかというと、ぼく自身が、医者として、死には慣れていないです。」

(会場から「ああ……」と吐息がもれる)

堀向「ちょっと他の先生方とは立場が違うかもしれませんね……」

山本「そうですね、ぼ……」堀向「で……」(かぶる)

山本「あっすみません」(謝る)

堀向「ごめんねー」(けいゆう先生の肩に手を当てながら)

画像1

ぼく「イ チ ャ イ チ ャ す ん な や」


大塚「会場のみなさんは前列に座ってるけいゆう先生とほむほむ先生のこと見えないと思いますけど、彼らすごいイチャイチャしてます(笑)」

画像2

ぼく(くっ……すかさず実況目線……!)

幡野「すげえ笑顔でやってますもんね(笑)」

画像3

ぼく(くっ……一瞬の表情のキリトリ……!……プロか……!)


ぼく(……プロだったわ


・・・


堀向「そうね……あえて付け加えるなら、ですけれど、新生児の場合は、全員かならず蘇生します。」

幡野(目を細めながらうなずく)

大塚(ふっとのけぞるようにして納得の表情)

堀向「息をしていない状態で生まれて……そこから人生がはじまっている場合……。」


ぼく(ああ、患者の意志と家族の意志がずれているときどうするか、っていう話、つい高齢のがん患者をイメージして語りがちだけれど、患者の年齢とか状況によっては全く違う印象になるよなあ。それはそうだよなあ……)


堀向「リスクがない妊婦さんから、息をせずに生まれてくる方もいるんです。そういうときに、ぼくらが、『何もしない』ということは、ないです」

幡野(マイクをあごにあてていたのを外し、腕を組み換え、反対側の手であごを支えながらほむほむ先生を見つめて、うなずく)

堀向「小児科医に関しては、ですけれどね。あきらめられない。
“『何もすることはありません。』とパッと言えない。なんとかしてくださいと言われたら医者はやるし、なんとかしたいと思う”んです。」


【さよなら、ブラック・ジャック(6)ヒゲからマイクが離れた】


これからぼくが書くのはあくまでぼくの感想でしかない。そして、とても素直な感想を書く。

当初、幡野さんが投げかけた剛速球、

「医療マンガ大賞の大賞受賞作、あれは、あくまでレアケースだから感動を呼ぶんですよね。実際の医療現場で、患者の意識が落ちたときに、家族がどうしても蘇生してくれって言ったら断れないでしょう?」

という問題提起に、まともに答えられる医者はいないのではないかと、ぼくは勝手に思っていた。

だからスマホでゴングまで探したのだ。きっとSNS医療のカタチはタジタジになってしまうだろう、そう思った。

しかし彼らは、それぞれに、違う立ち位置から、違う視点での解釈を語った。正直、ぼくは山本や堀向の返答は、幡野さんとは違う「自分ごと」の中から生まれた答えであって、幡野さんの思い描いていた風景とは違うものを言い表しているように思った。

そこでまず、ぼくは幡野さんがすぐ反論すると思った。

・でもそんなに会話してくれる医者ばかりじゃないですよね?

・それはあくまで新生児のときでしょう?

といった感じで。


ところが彼は反論せず、言葉を挟まず、ただ先を促しながら、じっと医者の顔を見ていた。

レイヤーが違うことをわかっていて、なお、異なる視点の中にいる。

彼は今ネットワークの中にいるのだ。



……写真を撮って世に出し、誰かの心に向けて届けること。

……寄せられたお悩み相談に答えて、多くの人々の心を打つこと。

幡野さんというキャラクタの横に表示されている「ステータス」がある。「こうげき」とか「まほうぼうぎょ」のように、「発信力」とか「影響力」という項目が並んでいる。ぼくは彼は「発信力の強い戦士」だと思っていた。


しかし今日の幡野さんを見ていてわかった。彼は受信の達人でもあるのだ。受信して、観察をする。

フィルムがどのように感光するのかをじっとはかっているようだ。




今日ここにいる人間の思考を止めてはだめだ。

ぼくはそう思った。



ぼく「……これ、いちおう、医療マンガ大賞のアフタートークイベントですからね。そろそろマンガの方に話を戻してもいいのかもしれません。けれども、もう戻しません。このままここで、お互いが思い付いたことを語り合いましょう。今日はそれでいいと思う。」


(文中一部敬称略)(2019.12.20 第6話)


続き(↓)