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2回目視聴の感想 劇場版 Fate/stay night [Heaven's Feel] III. spring song

2回目を見たのでまた感想を書きます。
改めて見て印象に残ったところを中心に書きます。

初回視聴の感想は以下記事です。独立した内容なので読まなくても問題ありませんが。

生きたいと願う士郎

綺礼推し(?)の私は初回では気が回りませんでしたが、冷静に見るとやっぱりここが一番美しいシーンですね。
士郎は(HFルートでなければ)生きている間も、死後英霊となっても、一度たりとも「生きたい」とは思わなかったはずです。

正義の味方たれという誓いは士郎自身の願いとは関わりなく士郎の行動を規定し続けるため、彼の人生に願いは無価値なのですから。
それを全て引っくるめて、エミヤは無意味だったと結論づけるわけですが。
結局の所、正義の味方とは切嗣が過去に抱き、そして諦めた理想で、士郎自身の願いではないのだから。

そして、士郎が桜の人生に意味を与えたように、士郎の人生の意味もまた桜から与えられた。
だからこそ、士郎は己の死を目前にして初めて恐怖を覚えたわけです。
バーサーカーの前に飛び出した頃には己の死を恐れることも、生にしがみつくこともなかったのに。
そんな士郎が、人生を何回繰り返してもきっと願わなかったであろう「生きたい」を口にした。
たった一言に込められた重みが本当に美しいシーンでした。

二度目の人生

余談ですが、HFはあたかも士郎の二度目の人生のようです。
少なからぬ人が自身の願望を履き違え、間違った理想に縋り付いて、そして自分の浅ましさを嘆いたことでしょう。
私も全くもって同じ経験をしています。
二度目の人生があれば、そんな間違いはしないだろうに。

なぜ人はそういった間違いを犯すのでしょうか。
私の考えでは、願望が芽生えるきっかけは他人にありますが、本当の願望は自分自身の中にあるからです。

憧れのあの人みたいになりたい。
しかし、自分とあの人は違う。
憧れと現実の間にズレが生じ、苦しみ。
そしていつか夢破れるか、或いは本当の願いを知らぬまま、当初の憧れを叶えてしまう。
士郎と切嗣の関係と同じです。

よほどの幸運な人でない限りは最初に目指したものと本当に目指すべきものは異なる。
だから、どこかで今までの自分を半ば否定し、新しい道を進まなければ本当の願望には辿り着けない。
しかも、自分だけでなく自分に最初の道を示した人々をも裏切らなければならない。
士郎の道のりはあまりに過酷でしたが、これこそが自分の人生を本当に生きるということなのでしょう。
その姿が強く私の胸を打ったのだと思います。

HFルートの士郎は英霊になることはないでしょうが、それで良いのでしょう。

ライダーがかっこいい

後はもうシンプルにライダーがかっこいいですね。
stay nightのサーヴァントで誰が一番好きかと言われれば悩ましいですが、個人的にはライダーが一、二を争うのは間違いないです。
もうひとりはアーチャーですね。2人揃うとずっと嫌味を言い合いそうですが。

士郎とのコンビを組んだ対セイバーオルタの戦闘はとにかく素晴らしいの一言。
桜を救いたいという気持ちで一致しているだけでなく、本来の気質的にも相性の良いんですよね。
ライダーと桜の気質が似ていて、桜と士郎が惹かれ合うなら、まぁそうなるよね……と。

士郎から鍵を受け取るシーンも、地味ながらライダーの感情が揺れ動く場面を見られます。
ライダー自身も士郎に帰ってきて欲しいという気持ちから自分で鍵を渡せと言い。
奇跡でもない限り士郎は生きて帰れないという事実を両方受け止めて、鍵を預かる。
交わした言葉は少ないですが、士郎と全てを分かり合っているのだと……

綺礼の最期

前回も散々書いておいてなんですが……

綺礼は死に際に満足していたように見えます。
アンリ・マユが生まれずに終わることは予見できたはずですが、その悔しさというよりはむしろ清々しい死に顔で。

綺礼が倒れた手のすぐ近くには戦いの前に捨てた十字架があり、これが綺礼の心情を表しているのであれば。
綺礼は最期には己の信仰に殉じて逝ったということになるかと思います。

厳格な父に育てられ、本人も信仰に篤く生きてきた。
しかし、自身の内面と信仰にはズレがあるどころか180度真逆で、綺礼の世界のあらゆる事象は(アンリ・マユを除いて)綺礼の内面を肯定することはない。
つまり、綺礼は本心からは誰にも認められたと感じることなく生き、神も己を認めず、結果、自分で自分をも認めていない人生だったのでしょう。

そして、大聖杯を前に、その人生の清算が行われた。
信仰の結実が悪であったわけですが、己の信念を貫いて逝ったという点ではその生き様は聖者に通じるものです。
己の死を以て信仰を証明し、自分の人生にようやく意味を見出せたのかもしれません。

余談

Fateでは魔術を軸に様々な超常的な出来事が起こります。
その設定の奥深さや映像美も素晴らしいのですが、今なお私達の心を打つのは、背景にあるテーマの普遍性ゆえでしょう。

古典が時間軸を飛び越えて現代にも通じる人生の真理を明らかにするように。
Fateの物語は、超常的な現象を以て、現実を生きる私達にも通じる人生の理を示してくれる、ということを改めて感じられました。

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