黒色の町での2ヶ月

1

あなたがもしお金のない若者で、近所のスーパーの弁当コーナーで1200円の高い焼き肉弁当をうまそうだなーって見るだけ見て、いつものごとく半額157円ののり弁を買うような生活をしているとしましょう。
そこにひとりのいかにも裕福そうな老人が来て

「2ヶ月で10億円の収入を得られる仕事があるんだけどやりませんか?」

と言われたらあなたはこの局面をどう考え、どう行動しますか?

こんな現実離れした想像をすることはあなたには難しいかもしれない。

ただこれは実際1年前私の身に降りかかった紛れもない事実です。

私は2ヶ月の任期を終え、もちろん10億円を手にしている。

もしかしたらその裕福そうな老人はまた新たな人を探しているかもしれないし、この事実があなたにだって起きる可能性だってある。

そんなあなたへのおせっかいとして私の2ヶ月間について教えてあげましょう。

私が体験した黒色の町でのことについて。

2

私はこののり弁を最後の晩餐にしようとしていた。

大学を途中で辞め、その後4年間バイトだけで食いつないできた。

昨日の晩のことである。ふいに私の脳裏に私の今後への不安や絶望などを一気に吹き飛ばす解決策が浮かんだのだ。

自殺することである。

その解決策が思い浮かんだとき幸福感で体が溶けそうになった。

有り金は全て使い果たすと決めていた。

ありったけの女と酒を買い、味わっているうちに日が暮れた。

不思議なことにこれから自殺するというのに腹が減る。

もう所持金は200円を切っていた。

弁当コーナーの焼き肉弁当をいつも通り眺めながら、157円ののり弁に手をだそうとしたときである。

1人の裕福そうなたたずまいの老人が私に話しかけてきたのだ。

「あらら。お金がないようですね。2ヶ月で10億円手に入る仕事知ってるんですが、どうです?」

「あはは。そうですね。10億円ほしいですねえ。」

「いやいや。まさかご返答いただけるとは。こんな怪しいこと言われたら普通は無視しますけどね。あはは。」

「こうやって半額になったのり弁を食べるだけの人生ですよ。もうどうなってもいいのです。」

「そうですか。では明日の朝6時に私の家からプライベートジェットで少し遠くまで行っていただけることはできますか?」

「ええ。かまいませんよ。んでどこにいくんです?」

「そうですね。黒色の町と呼ばれているところです。」

「聞いたことないです。」

「ええ。非常に貧しくて、治安も悪くて政府から存在を抹消されるような場所です。大変危険です。」

「かまいませんよ。」

「それは話が早い!業務内容なんですが、研究者の助手をしてもらいます。この研究者は私が所有している人間の形をした人工知能です。だから仕事はその研究者の隣にいるだけでほぼ完結します。

「うれしいです。頑張りますね。」

「それでは朝7時にここの住所でお待ちしております。あっそうだ。お名前を聞いていませんでしたね。私は桜井。桜井じいやとでも呼んでくださいまし。」

「古賀です。古賀で大丈夫です。」

「よろしくね。古賀おぼっちゃま」

「はっはい。桜井じいや。」

朝5時から指定された住所に向けて歩き出す。
あえて歩くのだ。

だって僕の人生は革命をはじめるのだから。

3

「よく来ましたね。古賀おぼっちゃま。」

指定された住所は町から外れた小高い山の上にあった。
そこには大きく開かれた平地があり、そこに一台のヘリコプターが大きな音をたてながらエンジンを動かしていた。

立ちながら自分の通帳のコピーを渡し、契約書にサインをする。

職務内容研究助手、期間2ヶ月、報酬10億円。

私は見慣れない文字の羅列に胸が高鳴った。

「古賀おぼっちゃま。ヘリコプターの近くに行けばマルクという研究者が出迎えてくれると思います。」

「あっ。はい。」

桜井じいやに言われるがまま私は轟音が響く空気を横切って歩いた。

「はじめまして。研究者のマルクです。人工知能です。」

人工知能といえども彼は町中の普通の若者と見分けが付かないほど、普通の若い男のような見た目をしていた。

「初めまして古賀です。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。それでは助席に乗っていただけますか?」

機内に入っても轟音は鳴り止まなかったし、マルクが雑談をしかけてくることもなかった。私は長い距離を歩いたせいか轟音の中にもかかわらず、まどろんでしまっていた。

4

目を覚ますともうヘリコプターはもう着陸していた。
森林のど真ん中に無理矢理木を伐採して平地にしたような飛行場にヘリコプターは轟音を立てること無く静かに止まっていた。

「よく眠れましたか?」

「はい!」

「ここが黒い町です。これから我々の研究所兼自宅まで5分ほど歩きますが、決して自分の近くを離れないでください。たいへん治安が悪いので」

「そうですか。。具体的にどのような危険がありますか。」

「強盗目的の殺人が一番のリスクですね。人間の体なんて銃弾1つでやられてしまいますし気をつけてください。」

あるくとすぐに森林を抜けることができた。森林を抜けた先にはコンクリート造りの家々が並ぶ住宅街があり、鉄格子の隙間から外国人が鷹のようなめつきでこちらを見ている。マルクの体にぴったりとくっつきながら歩いて行くと同じような鉄格子に囲まれた2階建てのコンクリートの家に到着した。

「ここです。入りましょう。」

マルクは見たこともない大きな鉄の鍵で鉄格子を開けた。

次に小さな鍵で家の扉を開けた。

中に入るとすぐに広いリビングとキッチンが見えた。1階にはもう2つの部屋があり、片方にはベッドとクローゼット、もう一方には大量のカップラーメンやレトルト食品などの食料があった。

「1階は古賀さんのスペースです。ご自由に使ってください。2階は私の研究所になります。まだおもしろいものはなにもないと思いますが。」

「そうですか。この食べ物は全て自分のものですか?」

「ええ。我々は人間と違って食事も睡眠もとりませんから。」

「いやーありがたいんですけど、毎日カップラーメンは飽きますよお。」

「飽きたら近くの市場に行くといいですよ。もちろん私も同行致しますが。それより古賀さん。明日の朝さっそく仕事を頼みたいのですが。。。」

「はい。もちろん。よろこんで!」

「いや長旅で疲れているでしょうから。仕事の内容は明日の朝に伝えます。今日はごゆっくりお休みください。」

「わかりました。それにしても人工知能も気遣いなんてするんですね。」

「あはは。そのようにプログラムされてるだけですよ。」

つまり、あはは。と笑うのもプログラムされているわけか。
マルクはゆっくりと階段を歩きながら2階にあがっていった。

持参したパソコンで映画を見て、マルクが用意したカップラーメンを食べているとあっという間に夜になって眠気が襲ってきた。


大きな音で目が覚めた。もう朝日が昇っていて、朝だと分かった。その大きな音が鉄格子が破壊された音だと気付いたときにはもう自分は強盗に銃を向けられていた。強盗団は3人で1人は自分の見張り、2人は部屋から金目のものを探している。しかし1階にはカップラーメンやレトルト食品しかない。強盗団は少し失望したようにため息をつき、階段に向けて歩き出した。そのときである。私に大量の血がかかったのである。見張り役が撃たれたのだった。撃ったのはマルクだった。小さな拳銃で1人1人正確に頭を撃ち抜いて殺していった。私が呆然としている間に巣に餌を持ち帰るような蟻のようにマルクは平然と3人の死体を三回に分けて2階に運んだのだった。

「朝から強盗とはついていませんね。古賀さん。ぜひシャワーで血を落としてきてください。心労も深いところでしょうが、あと30分で外出の支度していただきたいです。どうしても外せない任務なのです。」

「ええ。お気遣いありがとうございますマルクさん。」

「あはは。そのようにプログラムされてますから。」

シャワーを浴びながら先ほど起きたことを整理しようと考え事をしようと試みるがもう考えてもしょうがなかった。自分がいるのはよくわからない国のどこかで一緒に住んでいるのは人工知能なのだから。マルクが用意したであろう服を着て扉を開けると、マルクは破壊された鉄格子を修繕していた。

「それではそろそろでましょう。さっきのようなことをしでかすような輩がこの町にはたくさんいます。今回も私から離れないでください。」

「マルクさんは大丈夫なの?」

「ええ。銃では人間に負けませんし、私は銃で撃たれたぐらいでは死にませんから」

「あはは。それは安心です。」

「それで今日の職務ですが、交渉です。」

「この町のボスとかそういうことですか?」

「あはは。いえ。ただの診療所の医者と交渉をするだけですよ。ワクチンに関してです。この町には伝染病が蔓延しています。大量のお金を医者に譲ることを見返りにこのワクチンを無料で大量に配ってもらうように交渉したいと思います。」

「このワクチンはマルクさんがつくったの?」

「ええ。」

「無料で配るってそれじゃ利益でないし、それに加えてお金を配るとかどういう意味があるんです?」

「あはは。つまり古賀さんが考えていることの外側に私の目的があるってことですね。いつか全てをお話しします。」

「んで。私は何をすればいいんですか?」

「ただ私の近くで私のすることを見ていてください。」

「やっぱりマルクさんの考えてることの意味が分からないよ。」

「あはは。人間と人工知能では考えも多少は変わってくるでしょうしね。」

6

診療所も他の家々と変わらずに鉄格子に囲まれたコンクリート造りの建物だった。ニコルという中年の医者はマルクと私に柔らかな挨拶を与えた。

ニコルとマルクは私が理解できない言語で話していた。

ニコルはマルクにワクチンの入った箱を渡されると明らかに渋い顔をした。しかしひとたび大金が入った箱を渡されるとさきほどまでの笑顔を取り戻していた。交渉は成功したようだ。

そのから一か月、マルクと私はニコルの診療所に毎日通い、どれだけのどのような人がワクチンを受けたかをひたすら記録した。老若男女、ストリートチルドレンからマフィアのボスまでなんと一か月でこの町の全人口がワクチンを打った。

2ヶ月目がはじまる頃にはもう記録の任務が完了していた。ニコルに好かれた私は毎朝、ニコルと紅茶を飲むことが任務になった。

もちろん。ニコルの話す言語を理解することはできなかったので、マルクに訳してもらっていた。

ニコロはこの頃日光浴にはまっているらしく、我々が紅茶を飲むのも決まって診療所の庭だった。

ニコル自身は裕福な家庭で高い教養を得て医者になったものの不正を働いてしまい刑法から逃げるためにこの町まできたのだとか。

貧しいけど結局、この町での生活が好きなのだとかいろいろな話を聞いた。

「明日も来てくれよ。」

ニコロの言葉は分からないが、別れ際に彼はいつもそういう顔をするのであった。

毎朝、自宅と診療所の往復で気付いたことがある。鷹のような目つきでこちらを見てきた町の人たちから殺気がなくなったことだ。

のんびり日光を浴びていて、太陽のほうをずっと見ている。こちらと目があうことはだんだんと時がたつほどなくなった。

「マルク。町の人から殺気を感じないんだ。自分も町になじんできたのかな。」

「あはは。そうかもしれませんね。」

マルクの考えていることはこのときになっても分からなかった。

今日は勤務最後の日だ。
早く帰国して、10億をもらいたいところだがまずニコロに別れの挨拶をしなければならない。

「マルク!最後の日だからニコロに挨拶しにいくよ。」

そういったもののマルクからの返答はない。
待ちきれなくなって1人で外に飛び出したとき、すぐに違和感を持った。

町が静かすぎるのだ。

そして隣の家はこれまで生えていなかった木が鉄格子の少し後ろに生えているのだ。

ニコロの診療所に向かうがその道のりで人の気配は一切無い。
どの家も決まって鉄格子の少し後ろに木が生えているのだ。

診療所に行ってもニコロの気配はない。いつも紅茶を一緒に飲んだあたりを見ているとそこには同様に木が生えていた。

「古賀さん。今日はあなたに全てをお話しする日です。」

後を追っていたのか。診療所の庭で呆然と立ち尽くす私にマルクはいつものように話しかけた。

我々は診療所から自宅に向かって歩きはじめた。

「実は私が開発したワクチンは人間を植物に換えてしまう代物です。素晴らしいでしょ。ここにいる人間は全員、この世にいても無駄ないわば大きな害虫のような存在です。この世にいても邪魔でしかない。だから地球の役に立つ植物になってもらったんですよ!!!!すごい発明でしょ!!!!」

「そうだったんだ。自分は頭が悪いし、マルクの発明に関してどうこう言えないよ。でもなんとも思わなかったの?ニコロのこと。あれだけ一緒にお茶したのに。」

「なんとも思いませんでした。そのようにプログラムされてますから。」

「あはは。君はいつもそればっかりだね。」

呆然と会話をしている間にもう自宅に着いた。

「カップラーメンやレトルト食品。持ち帰りたい物があったら持ち帰っていいですよ。」

「はあ。」

「あっそれより。2階に上ってみませんか。私の研究室を見てください。」

私はマルクに手を引かれて2階に招き入れられた。

するとそこにあったのは青色の液体に漬けられた変わり果てた強盗団3人の死体だった。

「いやー。死体を植物にしようと頑張ってるんですけどなかなかうまくいかなくてね。どうです?この研究がまとまったらまた私の助手をやりませんか?」

「いやいや助手と言ってもほぼ何もしてないじゃないですか?一体なんでそんなに助手がほしいんです?やろうと思えば、あなた1人でもできるでしょ。」

「ええ。でも私がやる研究で人間のあなたがどう感じるかに興味があるんです。そのためだったらどんな大金でも払います!古賀さんは不正を働いた極悪人のニコロにですらお茶をしたというだけで仲間意識を持った!!!なんと予想不可能で面白い事象でしょう!!!!!!お茶が!!!人間にとってそれほど!!!大事なんですか!!!!!!」

「マルクもう帰ろう。」

「え?次の研究について知りたい?????もう!!!!お金が好きですね!!!!次はね!!!適当な村を見つけて!!!ひたすら殺します!!!そして!!!!死体が!!!!植物になるか!!!!試します!!!!」

「マルクもう帰ろう。」

一体、あれからどう帰ったのか。悪い夢でも見ていたのか。
よく覚えていないのですが、確かに私の通帳には10億円が振り込まれていますし、私はこうして帰国しているわけです。

あれからしばらく桜井じいややマルクには会っていませんでしたが、こないだ彼らから手紙が来ました。

去年はありがとうございました。
今年も研究がまとまりつつあるのでいかがでしょうか?
あるいはどなたか紹介していただけないでしょうか?
もちろん。報酬は前年通りです。

彼らは新しい誰かを探している。

2ヶ月で10億円という求人を引き換えに我々人間の感情を見ようと待ちきれない様子で適任者を探しているのでしょう。

生きようが死のうがどっちでもいいと考えるような若者をね。

10億を手にした私ですから自殺はもっと先にしておこうと思います。
使い切るまでは生きようと思います。

まあ生きる理由なんぞまだ見つかっていないのですがね。
まあこんなことを言っているとまた桜井じいやに見つかってしまうような気がしますからこのお話はここまでにしておきましょう。

もう自分は10億を手にしたので、もうお腹いっぱいな感じがしているのです。

だから次の人に託します。

「2ヶ月で10億円の収入を得られる仕事があるんだけどやりませんか?」


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