再生

ある日の夕暮れのこと。

私は自殺をしに自宅から徒歩10分ほど離れた踏切まで歩いていった。

私が自殺する要因の1つとして私が俗にいう子ども部屋おじさんになってしまったことがあげられる。

大学を出た後、地元を出て東京の有名企業に就職し、そこで働き始めて1年が経過した頃、急に朝ベットから起き上がれなくなってしまった。

目は覚めているのに体がなまり玉のように膠着してしまって動きようがないのだ。起き上がらなければならないと自分自信を奮い立たせるほど、涙が出てくる。

どうしようもなく仕事を辞め、地方の実家に戻ってきた。

最初の数が月こそ、両親は私に同情し、心配の声をかけ一緒に朝食をとることも多かったものの、それが1年、2年と続くと

「早く働け、いつまでこうしてるつもりだ。」

と心ない声を発するようになった。それからまもなくして私は両親に会わないように昼夜を逆転した生活をし、深夜に冷蔵庫をあさるようになった。

そうすると両親は私を”ごきぶり”とさげすむようになった。

社会にも家庭にも歓迎されない人間。それが私である。

だから私は父親のサンダルを履いて踏切に向かって走りはじめた。

久しぶりに家を飛び出した我が子。

それなのに少しも驚いた顔をしない両親は私がこのまま消えてくれるのをひそかに祈っているようだった。

夕日が眩しい金曜日の午後五時。

早めに仕事が終わった父とそれを向かい入れる母。

リビングには普通の幸せな空間があり、私も数年前までそこにいた。

私はそこから追い出された。社会や家庭から出て行くよう強く背中を押されたのだ。

まるでひ弱な小学生がガキ大将に無理矢理、プールに落とされるように。

私は水中から水上に浮かぼうともがくように、踏切まで発狂しながら全速力で走った。

引きこもり生活ですっかり体力が落ちてしまった影響ですぐに息があがって歩きはじめた。

このまま窒息死しても何も問題のないはずのこの体は、おかしなことにこのまま窒息死することを拒んで静かに歩きはじめ、足りなくなった酸素を吸い込もうとする。

そのまま力なく歩き続け踏切に到着し、そのまま踏切の前に座り込んだ。

「自殺するおつもりですか?」

自分と同じぐらいの年齢の若者が私に声をかけてきた。

「ええ。でもほっといてください。」

「そうですか。ではこちらを最後にお飲みください。」

若者は日本酒の一升瓶を大きなバックから取り出した。

「ただのうまい酒ですがね。ほんの気持ちです。」

「ありがとう。」

若者は盃を2つ用意し私に乾杯を促した。
私はその盃を一気飲みした。
とてもおいしい酒で最後に飲む酒としては完璧だった。

朦朧とする意識の中、10分ほど待つと大きな音を立てて踏切が歩行者を警告し始めた。そうするとすぐにガタンゴトンと電車が音を立ててこちらに近づいてきた。私はタイミングを計って電車に向かって飛び込んだ。

自分の胴体、腕、足、内蔵までもがバラバラに飛び散って、目の前が赤く染まった。そしてゆっくりと目の前が暗くなった。

「これでようやく死ねる。」

私は母親の腕の中の赤子のように安心して意識を飛ばそうとしたとき、信じられないことが起こった。

バラバラになったはずの胴体、腕、足、内臓がみるみる再生していくのだ。

「大丈夫ですか!!!?」

車掌がものすごい剣幕で私の顔を覗き込む。

「あっ。はい。。。」

私は逃げるようにあてもなく全速力で走った。

どれぐらいそうしていただろうか?

公園のベンチで座って呆然としていると日が落ちて夜になった。

「へー。死ねなかったんだ。あはは。」

見上げるとさっきの若者が立っていた。

「ほっておいてください。」

「派手に電車に跳ねれてていたじゃない。見事な吹き飛びようだったね。体操でオリンピック出れるんじゃない?あはは。」

「かまわないでください。」

「あー不機嫌なところごめんなさい。ではどうして死ぬのかだけ教えてくれませんか?すごく興味があるんです。同じ若者として。」

「1人にしてください。」

「あはは。じゃあ。答えてくれたら消えてあげるよ。」

しばらく沈黙が続いた。しかしその若者はずっとその場で立って自分の返答を待っているようだった。

私はしびれを切らして、彼の質問に答えることにした。

「命の使い道がないのです。社会にも家庭にも居場所がない自分は生きていてもしょうがないのです。」

「そうか。使い道ね。そうかそうか。」

すると若者は大きなバックから今度はナイフを取り出し、私に襲いかかってきた。

私に馬乗りになった彼は私の背中を滅多差しにした。

私は地面に顔をつけながら、血に染まっていく地面を見続けた。

しばらくすると彼は立上がって、ナイフをポケットにしまった。

するとみるみる切り刻まれたはずの体がどんどん元に戻っていった。

「僕は研究者でも医者でも薬剤師でもない。ただ山奥で薬の調合をしているオタクだ。君に飲ませたのは酒じゃなくて自分が調合した不死身になれる薬だ。僕は未来永劫君を不死身にすることに成功したようだ。あはは」

彼の言っていることは嘘か本当か。
でも電車に吹き飛ばされ、ナイフで滅多差しにされても生きているという事実だけが心に古いシールのように張り付いていた。

「そんなのあんまりじゃないですか!自分なんて生きていても苦しいだけで自殺だけが逃げ道だったのに。」

「あはは。じゃあ君に命の使い道をあげよう。ほらこれも飲みな。」

彼は私に再び酒を飲ませた。

「これは君に良い運命があるように。僕からのおまじないさ。」

意識がどんどん薄れついには眠ってしまった。

朝日がまぶしくて目覚めた。

そのまま公園のベンチで寝てしまったようだ。

寝ぼけ眼で起き上がって、目を公園のすぐそばにある住宅街に向けると一軒の家がものすごい黒煙を上げて燃えているのが見えた。

私は何かに突き動かされるようにその家に向かった。

そこではすでに消防士たちが消火活動をしていた。

「行かせてください!娘がまだ家の中なんです!!!」

「まだ小学校に入ったばかりなんです!!!!!」

中年の夫婦が2人そろって消防士に羽交い締めにされている。

きっと火がとんでもない勢いで膨れ上がり、夫婦そろって慌てて逃げたが、逃げた後で娘の存在に気付いたのであろうか?

小さな子どもを置いて逃げるとは、なんてくそったれな両親だ。

私は怒りで全ての平生を一瞬にして失った。

怒りに身をまかせて、燃えさかる家に向かって走り出した。

「ちょっとお兄さん!!!!」

引き留める消防士たちを振り切って、火で包まれた玄関を突っ切った。

火と黒煙でよく見えなかったが、小さな女の子の泣き声が2階から聞こえるのが分かった。階段を上っていくと手前の部屋にぬいぐるみを持って泣きじゃくる女の子の姿があった。煙こそ2階まで昇ってきているものの火はまだ来ていない。しかし、1階はすでに火の海のなっており、女の子を助けるための退路がない。

そうやって考え事をしているうちに熱でただれた顔や手の皮膚がみるみる元通りに再生していった。

そこで平生を取り戻した私は女の子を助けるための唯一の方法が脳裏に浮かんだ。

私は泣きじゃくる女の子を抱きかかえると、窓を開けそこから2人で飛び降りた。自分が背中から落ちることで女の子にかかる衝撃を最小限にしようと工夫した。

自分の体が地面に着くとドスっという鈍い音を立て、一瞬体が動かなくなり硬直したが、すぐに飛び降りたことによって折れた骨が再生し、女の子を抱きかかえ、両親の元に届けることができた。

「あの!!娘を助けていただきありがとうございます!!!なんとお礼をすればよいか。。。。」

「ありがとうございます!!!ありがとうございます!!!」

ケッ!!!娘をおいて逃げるような奴の感謝なんてうれしくねーよ!!!
と思って彼らを無視してこの場を去ろうとした瞬間である。

消防士や地域の消防団、火事のようすを見に来ていた住民、計50人ほどからの盛大な拍手喝采が浴びせられた。

この状況に私の心は動いた。社会からも家庭からも必要とされないこの世にとって邪魔でしかないはずの人間が周囲から認められたのだから。

「あなたのおかげで女の子を助けられました。しかしこの行為は危険すぎるので今後はやめていただきたい。しかし、あなたをみすみす火の海に行かせてしまった我々にも非があります。どうです。お詫びと言ってはなんですが、今夜我々と飲みに行きませんか?もちろん飲み代は我々が出させていただきます。」

消防士の年長者らしき人が大勢の消防士を従えながら私に声をかけた。

「ぜひよろしくお願いします!」

私は心の動きに合わせて体を動かしはじめた。



「へー。今日の英雄がまさかのニートとはね。」

「ええ。ここ1、2年は実家に引きこもっていました。不甲斐ないです。」

あはは!という声が連鎖していく。酔いが回っているせいかニートや引きこもりというワードが消防士たちにばかうけしている。

「質問はまだまだ続くよ。今日、あんたは防火服なしで火の海に突っ込んで行ったし、2階から飛び降りた。それなのに無傷だ。一体、どんな手品を使ったんだい?」

「実は最近、傷が再生するようになったんです。電車にひかれようがナイフで刺されようが、傷がみるみるうちに再生するんです。ついこないだ変な男に薬を飲まされて、そこからこうなってしまったんです。」

「ほほう。特殊体質か。」

これまでの盛り上がりが嘘のように消防士たちは急に黙り込んだ。

「特殊体質?ってなんですか?」

「戦争の時代に人間兵器として、傷がすぐ回復するいわゆる不死身の人間を作ろうという恐ろしい研究があった。敵兵は頭を打ち抜いたはずの人間があっという間に起き上がって、反撃してくる様子を見て恐れおののいたという。しかし不死身の人間を量産できなかった我々の祖先は敗戦した。その後、捕虜になった特殊体質の人間は悲惨な人生を送ることになった。いや今でも続いているのかもしれない。毎日のように30分ごとに内蔵を取りのぞかれ、売りに出される。彼らが内臓を再生するとまたそれらを取り除いて売りにだす。そんな人生を永久に過ごすことになったんだ。だからあんた。これぐれも気を付けるんだ。人前でこのことを口にだすもんじゃない。内臓を取り除かれるだけの人生を送りたくなければな。」

「いーや大丈夫すよ!さらわれても俺らが助けますから!なあ!みんな!」

「おーよ!一緒に仕事したらもう仲間だ!安心しな!あはははは!」

私は大人になってはじめて’仲間”に出会った。

消防士として働き始めて5年が経過した。

「君がいてくれて本当によかった。君がいれば危険な状況も安心して任せられる」

「いえ!チームでやってこその自分の特性ですから!!!!」

「あははは!褒めすぎだって!!!!」

「お前サイコーだぜ!!!ありがとよ!ニート!」

「おい。もう5年も前のことだから忘れてくれよ!」

「あはは!!!」

「じゃあ。気を付けて帰れよ!また明日!」

本当に自殺を止め、特殊体質を授けてくれたあの若者に感謝をしたくてたまらない。

彼は言葉通り”命の使い道”を与えてくれたのだ。

この帰り道ですら美しく感じる。ああ。なんて感謝したらよいだろうか。

「おい。おとなしくしろよ。」

5人のチンピラに囲まれ、あっという間に拘束され、車に乗せられた。

「おいおい。こんな不細工な男を誘拐してどうする?」

「知ってるぜ。お前特殊体質なんだってな。その体質の人間は高値で売れる。」

車は1時間ほど山道を走り山小屋に止まった。

私は乱暴に山小屋に運ばれ、壁に貼り付けにされた。

「試しに切ってみようぜ。」

男の1人がナイフで私の腹をえぐった。

「うわーすげーほんとに再生してる!!!」

「これは10億は下らねー!あはははは!」

私はこれから内臓を取り除かれるだけの人生を過ごすことを覚悟した。

すると聞き覚えのある足音が近づいてきた。

「おい!仲間を返せよ!!」

なんと消防士たちが私を助けに来たのだった。

大勢の消防士たちに驚いたのかチンピラたちは逃げ出した。

拘束をといてもらうとすぐに

「わざわざありがとう。本当に助かった!」

と感謝を伝えた。

「何言ってんだ。俺たち仲間だろ。」

消防士たちはいつものように答えた。

すると目の前にあの若者が突然現れた。

「君にもありがとうと言いたいよ。本当に本当にありがとう。」

すると若者は腹をかかえて笑いはじめた。

「あはははは!こちらこそいいものを見せてくれてありがとう。」

踏切に粉々の死体がある。

「いやー他人の走馬灯って面白いなー。仲間が欲しかったのかあ。残念な人生だなぁ。」

若者は自分が調合して作成した他人の走馬灯に参加する薬の効果を噛み締めていた。

「2人で飲むと意識を共有できるの発明じゃない!こんな仕組みの薬世界初だよ!あっもう君死んじゃったのか!あはは!あはは!じゃあ話しても無駄か!かわいそうに!あーあまた誰か自殺しにこないかなあ。」

死体の目はその若者の去りゆく背中を捉えて放さなかった。

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