好きなモノ~ラジオ~
どうせこうした自分の意見を発表できるツールがあるなら、好きなものについて書こうじゃないか、ということで、その第1弾として今回は「ラジオ」について書く。
現在、わたしは週に20番組ほど聴いているほどラジオが好きだ。
(伊集院光の深夜の馬鹿力、宮下草薙の15分、アルピーdcg、爆笑問題カーボーイ、佐久間宜行ANN0、ハライチのターン、おぎやはぎのメガネびいき、沈黙の金曜日、問わず語りの神田伯山、バナナムーンGOLD、霜降りANN0、藤田ニコルのあしたは日曜日、オードリーANN、空気階段の踊り場、杉咲花のFlower Tokyo、松岡茉優のマチネのまえに、爆笑問題の日曜サンデー、日向坂46の「ひ」、有吉弘行のサンデーナイトドリーマー、水瀬いのりMelody Flag、小倉唯のyuiroom、伊集院光とらじおと、まるごと!エンタメ~ション)
そもそもなぜラジオを聴くようになったのか。
「ラジオ」そのものに興味を持ち始めたのはアルコ&ピースのラジオを聴いたことだったが、ここではその前のそもそも話をしていく。
私が浪人していた頃、毎晩22時ごろに家についてテレビを見ながら夕食を食べるという生活をしていたのだが、ある時偶然バナナマンとバカリズムがやっている「そんなバカなマン」という番組を見た。
これが全ての始まりだった。その番組では「パシフィックヒム」という企画をやっており、日村さんが女性タレントの前で設楽さんとバカリさんの言う通りに動くという企画だったのだが、これが衝撃的なほどに面白かった。この話はまた今度テレビについて書く時に詳しく述べようと思う。
要は、その番組を見てバナナマンにハマってしまったのだ。
そこから、ネットでバナナマンの動画を漁り続ける日々が始まった。
もちろん、その過程でバナナマンのラジオも聞くことがあったものの、なにかネットニュースで記事が出た時や時間があるときぐらいしか聞いておらず、「ラジオを聴く」というよりは「バナナマンの話を聞く」ためだけのツールとして捉えていた。
そんな日々の中で偶然、バナナマンと乃木坂でやっている番組を発見し、そこに出てきたアイドルに一目ぼれし、今度は私は乃木坂にハマり始めた。
バナナマンにハマった時と同様にそれからはネットで乃木坂に動画を漁り続ける日々が始まった。
ありとあらゆる動画を見漁り、飽きてしまった私はラジオに手を出し始めた。
ここで乃木坂46のANNと出会うのだ。
ただ私はこの時は1か月ほどで聞くのをやめてしまった。
あまり面白みを感じず飽きてしまったからだ。
「さあ、テレビもラジオも聞いた。これ以上私に勝負を挑んでくるコンテンツはいないのか」とわたしは思った。
そこで私はとある伏兵の存在に気付いた。
毎週金曜日の夜、ツイッターのトレンドにでる「#沈金」の文字。
勿論、乃木坂のメンバーがやっているラジオであることは承知していたものの、名前から感じるなんとなくの卑猥さに、わたしは聴くのをためらっていた。
しかし、あらゆるコンテンツを堪能したわたしの目の前には、これしか残っていなかった。
「まあ、一度くらい聞いてみるか。」些細な気持ちで聞き始めたのだが、これが人生を大きく変えた。
芸人に大回しされる乃木坂メンバーの叫びを聞くのも楽しかったのだが、それ以上に”芸人アルコ&ピース”の存在が衝撃的なほど面白かった。マジで。ほんきで腹がちぎれるのではないかというくらいに笑ってしまった。
これまでにお笑い番組やコント番組を見て笑うことは多々あったが、ラジオがこんなに笑えるコンテンツだというのは全く知らなかった。この時、ラジオというものの力の強さを知った。
すっかりアルピーのファンになった私はすぐにネットで「アルピー ラジオ 神回」と調べた。
そこででてきたのは「三四郎ANN0 ゲスト:アルコ&ピース コントゴーレム平子を討伐せよ」という番組。
正直、ANNの存在をよく理解していなかった私は、三四郎と二組でやっているラジオなのかな、とか思いながらも、とりあえず聞いてみることにした。
これは車の中で聞いていたのだが、運転が危うくなるのではないかってくらい、腹がちぎれたほど笑った。
序盤の三四郎のトイレトークから始まり、正直「まあ芸人だから乃木坂よりは笑えるけど、そんなもんか」って感じだったけど、アルピーが加わってからがホントに最高だった。ホントに最高だった。
平子さんの即興コントに他の3人があたふたし、酒井ちゃんが特有の立ち振る舞いで三四郎を生贄にしながらツッコみを入れていく。
そして最後には素の平子さんと4人でトークをし、即興コントの苦しみを打ち明けていく。
完璧だった。
終わってから即座に2回目聴き始めたし。
沈金を聴き、三四郎ANN0を聴いたことで、私は完璧にアルピーのとりこになっていった。
そこから私はネットで「アルピー ラジオ」で検索した。
すると出てきたのは「アルコ&ピースのANN(0)」
もちろんアルピー熱の高まっている私はすぐに聴いたよ。
そしたら確信した。
それもお腹爆発しちゃうかもってくらい笑った。
しかもどの回きいてもハズレなし。
沈金からここまでで、アルピーが教えてくれたのは「ラジオって笑えるツール」であること。
正直、ラジオって音楽流すためのものだと思ってたから、フリートークって概念もなかったし、企画って概念もなかった。
ただ、わたしは知らなかっただけだった、と思い知った。
テレビのお笑い番組だけじゃなく、自分を爆笑させてくれるラジオというツールに気づかせてくれたのは、間違いなくアルコ&ピースだった。
それからはバナナマン→オードリー→佐久間宜行といったふうにラジオの連鎖がつながり、今に至る。
すごく長々と書いたが、これが私が本格的にラジオにハマった経緯だ。
でも考えてみると、小学生の頃には家で毎週土曜日の夕方にやっていた「Suntory Saturday Waiting Bar AVANTI」というラジオを聴いていたし、中学生の頃には塾から帰る車のなかで「スクールオブロック」を聴いていて、そういった面では小さいころからい強く意識せずともラジオに触れていたのだなあ、と思い出した。
ラジオについてはこれからまた書いていこうと思う。
熱量そのままに書いた。
青春って、一番いいよね。
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