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モノローグ:ハイエルフの恋(全編)

第一編

ああ、あの方が来るのが待ち遠しい…
わたしの心を射止めたあの方は、今日も馬に水を飲ませるため、この泉へ立ち寄るはずよ…
今日こそ私は思いを伝えるべきか、それとも今日もまた、誇り高きハイエルフとして、あの方も人間の若者にすぎないと突き放すべきだろうか…

最後に人間と恋に落ちたハイエルフが子どもを産んで500年にもなるわ…聞けば聞くほど、わたしに似たエルフのようだった…森に留まるを拒み、かといって人間をそのまま受け入れるでもない、あの戦争さえなければ、父親以外は平和に暮らす事ができたかも知れないわね…

わたしたちの寿命は人間と比べれば遥かに長い。人間たちはそれを悠久の命と表現するけれど、笑ってしまうわ。人間だって、人間の姿を失っても、水や風や土として自然の中で生き続ける運命なのに。
でも、でも、あの方のお姿はできれば留めたい…あの凛々しいお顔、まだ幼さの残る瞳、青い瞳は空のどこまでもを見渡し、駆る馬は雄々しくいななき、勇壮という名がそのまま贈られるべきあの方…

驚いたわね…あの方がこの泉で寝ていて、ウンディーネ(水の精霊)たちが次々にあの方に恋に落ちて、シルフ(風の妖精)たちまでがわたしの命令に従わずにざわついてたっけ。かつて妖精王なんていう妖精を従えて戦争に使ったなんていう忌まわしい王様の名を聞いた事があるけど、ひょっとしたら、実はあの方のようにただ妖精たちに慕われていただけの人だったのかもね。

あの方は純粋な人間。いや、もしかしたらここまでわたしも含めた妖精たちを惹きつけるんだから、少しくらいはエルフの血が入っているのかも知れないけど。きっと寿命はわたしに比べたら一瞬のようなもの。人間と契を結んだ妖精の宿命、それは必ずと言っていいほど伴侶が先に死ぬという事。頭ではわかってる!あの方だってあの方という姿ではなく別のたくさんの姿に変わって命そのものなんかは全く変わらない。でも、わたしの心を奪ったあの唇はもう存在しない…これが人間と恋をした者が直面する辛い現実…

いや、でも、これは希望よ。私はあの方との子どもを作る事ができるハイエルフ。きっとあの方にそっくりな子どもを作ろう、そう、ハーフエルフの!純血ではないからきっとそこまで長くは生きない、しかし千年は生きる者たちになるだろう。そっくりな男の子も、女の子も…そうだわ!これも人間の繁栄の力!愛するものの似姿を自らが作ることができるこの女の特権、女の力、わたしは魔法の力よりもそれを喜ぶべきね。

ああ、あの方の馬の鳴き声をシルフたちが運んできたわ!
今すぐどこかに隠れなくては…そうだ、木の上がいいわね。シルフたち、わたしをあの大きな木の上へ運んでおくれ!
さあ、ここから騎士様のお姿をじっと見てあげる。今日はどんなに愛おしいのかしら、ほら、騎士様が好きなものどもは隣へおいで!一緒にわたしたちの凛々しい騎士様を見ましょう!
でもね、あの方と交わりを持てるのは私だけなのよ。

第二編

騎士様、わたしの騎士様
わたしは騎士様の背中に額を当て、同じ馬に乗り、同じ道を歩む
なんという喜びだろう
シルフ(風の妖精)たちの嫉妬を横目に、わたしは今、世界で唯一の場所、騎士様の背中を独占している
うふふ、嫉妬深い妖精たち
シルフったらそんなに騎士様の顔をなでて
後でわたしがかわりにいっぱいなでておいてあげるわ

わたしは森を捨てたハイエルフ、森での平穏な暮らしを捨て、この若者にしばしの運命を委ねた
わたしの騎士様、今宵わたしを知る騎士様、ああ今から胸が高鳴ってならないわ
騎士様の剣の鞘鳴り(さやなり)すら、わたしの鼓動に合わせて踊っているようね、うふふ

わたしはエルフを捨てたハイエルフ、高貴な森の妖精、だった、でもそれも過去の話
これからは森を捨て、騎士様を助け、そして騎士様の子をたくさん産んで、そうね、60年ばかりの間、わたしは長い生涯のうちの全てと言っていい幸せな時を受け取るでしょう

たくさん産むわ、わたしの騎士様のかわいい子どもたち、ハーフエルフの子どもたち
高貴だとかハイエルフのプライドだとか、ただそれだけにしがみついて滅びかかっているハイエルフを軽蔑しながら、騎士様の血を継いだ子どもたちは遠く1000年は生き…そしてさらにその子どもたちは一人が二人、二人が四人と数を増やしていくでしょうね…うふふ、かわいい子どもたち…みんな騎士様の血を継ぐか、その血を愛した者たち…なんて幸せなのかしら

ああ、宿の灯りが見えてきた
うふふ、誰か見える者がいたら見せてあげたい、ルミナス(光の精霊)たちがあんなに大騒ぎして…噂好きのシルフたちから聞いたんだわ…今夜わたしが騎士様と寝る事を…うふふふふふ
みんな騎士様が大好きね
じゃあみんなを代表してわたしが、今宵今夜じっくり騎士様を愛してあげる♡

第三編

おはよう、妖精たち
今朝は...寝不足よね...うふふ
みんな、見てたんでしょう?
ちょっと恥ずかしかったかな...なんてね

騎士様のお話、面白かったわね...
蜂の巣を取りにいったり、14歳でギルドの仕事を請け負ったり
ワインしか持たずに迷子を探しにいって、酔っ払わせて一緒に帰った話は笑っちゃった
この方はきっと、人と、冒険と、そして妖精に愛されているんだわ
それにしても、あんなに饒舌(じょうぜつ)にお話されるとは知らなかったわね

人に愛されなくては良い騎士にはなれない
しかし冒険に愛されなくてもまた、良い騎士にはなれない
そして最後、妖精王と呼ばれた歴史の中の王様のように、妖精に愛される事
良い騎士、そして良い王の条件ね

この方は悪名を轟かすにはあまりにも純粋すぎる
剣を向けた相手すら愛してしまいそうな、そんな大きな器を感じる
いつかと言うにはわたしにとってはとても短い、そのいつか
この方は敵をも斬るのではなく、その器の大きさでひれ伏させる
そのような大きな王になるに違いないわ

ねえ、信じられる?妖精たち
朝日の中のルミナス(光の妖精)たち、夜のランプの光に混じって見ていたのでしょう?
そんな偉大になるだろう方が、今こうしてわたしに全てを許して眠っている
わたしは全てを告白したわ、この方を愛してしまったこと
まるで子どものように大喜びをして、そして夜を共にしてくれた
幸運というには、わたしは幸運、幸せすぎるのかも知れないわね

ルミナスたち、そんなにこの方に口づけして
本当に妖精の祝福を受けた人ね、どの妖精もこの方にかかったらただの恋する娘
でもね、わたしだけが唯一この方を射止められた、うふふ、うらやましい?
森を出なければ想像もできなかった幸せが、そして感動がこれからまっているわ

これからはじまる生活
見て、ルミナス、騎士様の左腕にはわたしの頭があるの
これから騎士様の隣には、左には必ずわたしがいるのよ
右手ではいつ如何なる時も剣を取り、戦いながらわたしを守ってくれる
わたしはあなたたち妖精を召喚しながら騎士様に力を与える
無敵の騎士様になるわ

わたしは騎士様のように早くは老いない
だからこそ、わたしは騎士様の唯一の女になれるわ
お母様はお亡くなりになったようだから、母のようで、そして妻として、いつまでも若い恋人として、どう?これほどの女の幸せがある?
男が欲しがる女を全て満たす事ができる、これほどの女がいて?
あら、ねぼけてるみたいね、またあなたの唇をわたしのものに…

2024年9月3日 みゆき・シェヘラザード・本城

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