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朗読:王女セイラ Overture

エルデンガルド。北極海に面した広大な敷地を持つ豊かな国。4代目国王ラグナル・エルデンガルド二世の統治の下、豊かな緑の国として栄えていた。
ラグナルには7人の娘があり、その4女としてセイラが生まれた。
宝石を削ったかのような瞳、天使のラッパのようなうぶ声。美貌の姫と呼ばれる事になるセイラは生まれながらにして美貌の赤子と言われ、大変にラグナルの愛情を受けた。

「国中の人形職人を集めて、セイラの美しさを表現する人形を作らせるのだ!」
ラグナルの命令でエルデンガルド各地の高名な人形職人達が城へと招かれた。5歳の誕生日にセイラを再現した豪華な人形を作るためだった。それだけではなく、最上のシルクだけを贅沢に使った豪華なドレスが作られ、国に3人しかいない王室御用達の靴職人は19もの靴をセイラのために仕立てた。そしてそれらは全てラグナルの個人資産で支払われるという一大公共事業の様相を見せていた。

一方セイラは…

「姫様ー!お戻りくださいませ!」
今日もまたいつもの光景であった。動きにくいドレスを脱ぎ捨て、下着姿で侍従たち4人から逃れ、城の長い廊下を走る幼女がいた。セイラである。
「やだー!やだやだやだ!」
小さく機敏なセイラをなかなか大人たちは捕まえる事はできず、またラグナルの命令で養育のベテランが集められた結果彼らの年齢は高く、なぜか人一倍元気でお転婆のセイラにはみな手を焼いていた。
「ひめちゃまー!どこへ行かれるかぁ!」
結局セイラが捕まったのは大広間、警備主任である騎士団長アグニスの手によってであった。もっともセイラはアグニスがお気に入りで、両手を広げるアグニスに自ら飛び込んだわけであるが。
「アグニス!またみんながわらわを捕まえて長い間立たせるのです!画家に絵を描かせるのです!わらわはいやなのです!」
「それはそれはまた、大変でございますなぁ姫殿下。しかし!それも姫殿下の立派なお仕事でございますぞぉ!」
アグニスはセイラを頭の上に高く持ちあげながら言った。
「アグニス!もっと高くじゃ!わらわは天井が触りたいぞ!」
「はっはっは、姫殿下、ドラゴンも恐れるこのアグニスとはいえ、この立派な広間の天井に届くほどの身長は持ち合わせておりませぬぞ、はっはっは。」
アグニスがセイラを相手している間に、ぜいぜいと息を弾ませる侍女たちが追いついてきた。
「アグニス団長、まいどまいど申し訳ございませぬ。」
「なぁに、このエルデンガルドに名を轟かせる姫殿下のお相手とあらば、このアグニス火に身を投げてでも仰せつかりましょうぞ。」
こうして今日のセイラ脱走劇は終わり、再びセイラは途方もなく広い自室へと連れ戻されるのだった。

「いやじゃ!いやじゃいやじゃいやじゃ!セイラの人形などいらぬ!ベッドにあるクマのぬいぐるみと同じものを100個用意して参れ!男の子が30個、女の子が30個、子グマは大きさをバラバラにして40個じゃ!今すぐかかれ!」
部屋に戻ったセイラはまたこれもいつものように、機嫌がかたむいていた。気性の激しいセイラの相手をしている侍従たちもある程度は慣れていたが、さすがに3日も連続で脱走と大暴れを繰り返され、疲れが見え始めた頃だった。
「セイラ姫!あまりにわがままが過ぎますると、我々ももう一度王妃殿下にご報告申し上げ、お尻を叩いていただきますぞ!」
侍従長メアリの叱責にもセイラは一切めげる所がなかった。実際3日前に王妃が罰を与えようと構えた瞬間に脱走し、また似たような騒ぎになっていたのだ。しかもその時は下半身を裸のまま城の庭まで脱走していた。
「いい加減にするのじゃ!毎日意味もなく暑いドレスを着込んで画家の前にただ立っているのはもううんざりなのじゃ!わらわはアグニスと剣の稽古がしたい!用意して参れ!」

「え?私がでございますか?」
王妃イングリッドの部屋に呼ばれたアグニスは驚きのあまり、文字通りにぽかんと口をあけ、美貌の王妃と呼ばれるイングリッドを見つめ返した。セイラの美貌はこのイングリッドの血を濃く継いでいる所が大きいと、ふと頭の中で考えた。久しぶりに近くで見るイングリッドは手入れをされ尽くしたバラのような完璧な美をもっているように見えた。
「そうだ、お主にはセイラも懐いているようじゃからな。アグニス。」
イングリッドはため息交じりに答えるとじっとアグニスを見つめ返した。あわててアグニスは口を閉じて再度臣下の礼をとる。
「陛下がセイラには甘いのじゃ。確かにセイラは美しい。だからと言ってこのまま自由にさせてあってはどのような王女に育つか考えるだに恐ろしい。わらわも気性は激しい方であったが、さらにセイラは陛下の強い心を持っているようじゃ。あれでは侍従たちのやっている押し付けの教育ではうまくいくまい。今セイラが最も気に入っている大人であるお前に教育を任せたいというのはそういう事なのじゃ。」
内心で「それはあの侍従たちでは手に負えまいな…」と納得したアグニスであったが、国王が最も愛するセイラの教育を引き受けるのはさすがに戸惑った。そもそもアグニスには立派な学がないのだ。
「王妃殿下に申し上げます。わたくしアグニス、セイラ殿下のご教育に携わるには、少々、いえ、だいぶ学がございません!」
「だから良いのじゃ。あの子は聡明な子、聞けば大人たちが騒がなければいつもライブラリで書を読んで過ごしていると聞く。学についてはセイラが望むようなしっかりとした教師をつけるつもりじゃ。お前は教育全体とセイラの相手をしてくれれば良い。」

美貌のお転婆姫セイラ。そして騎士団長からセイラ教育を兼務する事になったアグニス。

王女セイラの物語がここから始まる。

2024年8月4日 みゆき・シェヘラザード・本城


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