恋活をした話。「中島さん」

一人暮らしを始めて、家と職場とたまに飲みやご飯や買い物に行くという今までになかった一日の流れが増えたことで、私は十分楽しかった。

気付けば恋活を始めようと思ってから2年経っていた。私は27歳でも処女だった。その頃になると処女を捨てたいというより「死ぬとなった時に『処女を捨てたかったな』と未練に思う事がないといいな」と考える程度になっていた。結婚がしたいとは今までも思っていなかったし、相変わらず出来るとも思わないしどうしても結婚式がしたいってなったら一人でも出来るような世の中になっていた。

何人かいる友人のうちの一人に、私と同じように恋人が欲しいと言っている子が居た。その子は私と大学の時の友達(仮にAちゃんとする)だったのだが、ある日Aちゃんから以前参加した合コンのメンバーに合コンの幹事をして欲しいと頼まれたから来ないかと誘われた。

合コン自体に参加した事はそれまでに一度しかなかった上に微妙な印象しか無かった(良くも悪くも無かった。合コンってこんな感じなんだーみたいな程度の印象しか抱かなかった。更に好みのタイプもおらずその時のメンバー全員が全員に対してそんな感じだったようだ)私はいいよーと軽い気持ちで答えた。


人生で二回目の合コンは、殆どが私より年下だった。考えてみれば27にもなると友達の大体が結婚して子供が出来てきていた。恋活ではなく婚活を始めていたのだ。合コンのような恋人を作る場にくるのは、アラサーと呼ばれる年齢層ではなくて当たり前だったのだ。

それでも、その合コンの後しばらくやりとりをする人が出来た。

その人は私より年下で、私の妹と同い年だった。恋愛対象には入らないなと思っていたが向こうは毎日LINEを送ってきた。私は自分で返事を止められないタイプで(スタンプを送れるような仲であればスタンプ送って終わらせられるけど)、実際に会って話す時は終わらせられるのに、文章での話題の終わらせ方も分からなかった。

なのでその人とは毎日長文でのやりとりをしていたのだ。相手は年上の私を「椎名ちゃん」と名前にちゃん付けで呼び、私は年下のその人を「〇〇さん」と苗字にさん付けで呼んでいた。以降は中島さん(仮)とする。

ある程度仲良くなって、この人は私を少しでもいいなと思ってくれているのだろうなと思えた。こんな私でもそんな風に思ってもらえるんだなと思って嬉しかったが、やっぱり中島さんを好きだと思う事は無くて。そしてまた中島さんと付き合う未来も想像出来なかった。友達になれたらいいと思っていた。

合コン以降で初めて中島さんにディナーに誘われた。その時合コンから少し日が経っていたし一回しか会っていない上にお酒が入っていたことで、既に相手の顔は覚えていなかったし相手も同じだと思っていた(LINEのアイコンも相手は車だったし私もアイコンは全然関係ないスイーツか何かだったし名前も本名をかすらないあだ名にしていた)。

知り合いの店長に来てほしいと言われたので行かないかという誘いに「ご飯くらいはまぁいいか。友達程度に仲良くなれたらいい」と思ってOKを出した。

その日会ってみるとお店に行くまでの時点で「車道は危ないから」と手を繋ごうとしてきた。割と自然な流れで差し出してきたので気付かなかったふりをして「ありがとう」とかわした。お店についてからは、横並びにカウンターで座っていたのだが、距離がかなり近かった。知り合いだという店長さんを紹介されて「中島さんの知り合いの椎名です」と自己紹介をした。店長さんが「〇〇(中島さんの下の名前)の彼女じゃないんだ」というと中島さんは「今はね」と答えた。一瞬だけ、もしかしてこの人私の事本当に好きなのかなと思った。でも私は相変わらず自分を好きになる人なんていないと思っていたので(初めての恋人に振られて以降更に「何を頑張っても変わらない」と思うほどに悪化していたし)この人は何が目的なのだろうと思った。その日、食事をするにも窮屈に感じる程度に距離が近いのと、食事中なのに手を繋いできた事からこの人はヤリモクなのかもしれないと思った。私みたいなデブスでもヤりたいと思ってもらえるんだなと思った。中島さんになら処女あげてもいいかなぁなんて思っていた。

帰り道、再度手を繋がれて電車に乗ってもその手は離してもらえなかった。好きだとか付き合おうというような言葉は言われないのに手だけはずっと繋がれているので向かい側に座っている人からの視線を感じた事が恥ずかしかった。付き合っていても公共の場でイチャイチャするのは恥ずかしいと思っていた(今は手を繋ぐぐらいならいいかと思ってはいるがその当時は手を繋ぐのも恥ずかしいと思っていた)けど、恋人でも何でもない人とそういう風に見られるのが恥ずかしかったのだ。

私の最寄り駅まできた時、その人が更に手を離してくれなくなった。「帰らないの?」と訊くと「椎名ちゃん家に?」と返ってきた。私は処女だったのでヤリモクに対しての返事の仕方が分からなかった。家に連れ込むは嫌だった。私は元々一人が好きなので自分の部屋に誰かを呼ぶのが嫌だったのだ(女友達すら自由に過ごせなくなるので呼びたくないと思っていた)。もしそういう流れになってもホテルか相手の家がいいと思っていた。生憎、相手は仕事の関係で寮に住んでいたので相手の家も無しだが、ホテルの場所も知らなかった。

どうしたらいいか分からなくて「とりあえず今日は解散しよう」と思っていた。なかなか手を離してくれないので改札に向かおうとしながら「じゃあまたね」とやりとりをしたが、手を離してくれないどころか人の邪魔になるからと邪魔にならないところに退いて抱き寄せられた。身長差でちょうど相手の顔が私の頭の上の位置になった。どうしたらいいか分からなくてかたまってしまうと良い匂いがすると言われて匂いを嗅がれた。何だか怖くなって引き離そうとするが、相手がそのたびに力強くなった。初めて異性との力の差とこんな風に感じる事になって、トキメキどころか普通に怖くなった。私はこの人が無理やり家に行こうとすれば家に入られかねない。この人が無理やり何かをしようとしたら抵抗出来ない。そう思ったから怖くなったのだ。取り返しのつかない事になってしまうんじゃないかと怖くなったのだ。ヤリモクでもいいやなんて、恐ろしい事を考えていたのだと思った。怖くてどうしていいか分からず泣きそうになっていると、頭にキスをされた。頭上でリップ音が聞こえて、やばいと思って更に力を入れた。相手が諦めてくれてどうにか離れてくれたけど、手は離してくれなかった。

ただ普通に、怖かった。だけどそれを悟られたらどうなるか分からなくて平気なフリをして、仕方なくホームまで戻って彼が乗る電車を一緒に待った。電車はちょうど行ったばかりだった。

この人は、私を好きではなくヤりたいと思っているのだ。それがよく分かった。証拠に、彼は「今日会って改めて可愛いなと思ったよ」と言うと続けて「だから、よくない?」と言った。何が「よくない?」なのか分からなくて「何が?」と訊くが、彼は答えずに「よくない?っていうのはー…まぁ、よくない?ってこと」と曖昧に答えた。きっと「(ヤっても)よくない?」という事だろう。私はバカなフリをして「可愛いって褒めてくれてありがとう。誰かに好きだなって思ってもらえるように頑張るね」なんて言ってごまかした。彼は「俺は?」と言うので「私の事褒めてくれて良い人だよね、ありがとう。私、自分なんて誰かに好かれるわけないって思ってるんだけど、好かれたいと思ってみようかな」なんて言って話を少しずつそらして行った。

結局、彼が乗る電車が来た時「じゃあ、またね」と手を強引に払って彼に手を振った。彼は何か言いたげだったが「またね」と手を振り返してくれた。

彼を乗せて電車が行ってしまったのを確認して、私は急いで家に帰った。走ると音が響くので早歩きだったけど、家に帰るまでの距離には誰も居なくて、誰ともすれ違わなかった。

怖かった。異性というものが怖かった。

それなのに誰かを好きになりたいと思っている自分のことも、27にもなって、処女である事も。

全て怖くて消えたかった。

死にたくはなかったしそんな勇気はなかったけれど、ただ今までの自分が無かった事になって欲しかった。いっそ全て無くなってしまえばいいのにと思った。

さっきまで恐怖を感じていた相手はLINEでは何も無かったかのように「今日はありがとう。またご飯行こう」と言っていた。

私も何も無かったかのように「美味しいご飯だったけど全部食べ切れなくて残念!ありがとう!また誘ってね」と返事をした。


それからも相変わらず毎日LINEが送られてきて、それに返事をしていた。怖いと思っていたのに、時間が経つにつれて「この人は下心のみでこんな風にやりとりをする人なのだ」と思うようになって、平気になってきた。もしかしたら好きになれるかもしれないなんて一瞬でも思ったので職場のフリーターさん達に相談してみたりもしていた(「良い人じゃないですか」などと言われれば好きだと思える気持ちが増すと思っていたのと私も誰かに「いいなぁ」と思われたかったからだった)けれど、そのうちに段々と冷めて、友達になれなくてもいいと思うようになった。毎日の長文のLINEも面倒になった。ディナー以降下心を隠せなくなったのか今まで気づかなかったのが目につくようになったのか、中島さんはLINEの節々で下ネタなどを入れるようになっていた。ヤリモクであるのを隠す気が無いように思えた。きっと最初はワンナイトのつもりだったのがワンチャンセフレになれるのではと思ってくれたようだった。

面倒だし下ネタや下心には物凄く冷めるしつまんないのでどうしたらいいものかと考えて、この人は私を好きなのではなくヤりたいだけであるのが分かっているのだから「一回でもヤッたら面倒な事になりそう」と思わせるようにした。と言ってもどうやったら面倒に思ってくれるのか分からなくて(毎日長文LINEの時点でなかなか面倒だが平気そうなので)プライドが高そうなところを刺激する事にした。中島さんは仕事を楽しいとは思っていないが人より稼げるしその仕事が出来るのは限られた人だけと考えおりお金を持っている自分が好きそうな節があった(ディナー以降「この人はヤリモク」と思いながらやりとりしていると段々分かってきた)ので彼の仕事を理解出来ない「有名じゃない過去にドラマや映画になったけどそれも見ていなかったし凄さや大変さも分からない『ただ稼げる仕事(何なら楽して過ごせるレベル)』と思っているバカ女」になった。お金よりあなたが好きなの。沢山お金を稼げて凄い。かっこいい。と私が思っているように信じ込ませた。「中島さんの事が気になっている」とハッキリ口にすると、彼はあっさり調子に乗った。

ヤリモクの人間と接したのは中島さんが初めてだったからこういうものなのかどうかわからないが「こんなやり方で誰かとヤれるのか?」と思うレベルに中島さんはあからさまに私を見下し始めた。そのくせ少しでもヤれそうな事言えば食いついてきて、物凄く扱いやすいなと思った。

中島さんは合コンやディナーの頃は、確かに顔が良いんだろうなと思った(好みでは無いが若い女の子達がイケメンとして好きになりそうなタイプ。坂口健太郎とかに似てた)。だからきっと、顔が良いからどうにかなっていたのかもしれない。

ディナー以降で会った時、それは私の誕生日をお祝いしてくれるためだった。小洒落たカフェを予約してくれていて、美味しいオムライスを食べた。コースだとかにはしなかったのは私の好みが分からないのと前回のディナーでコースだったのだが食べきれず殆ど残してしまったからだろう。その頃、ちょうど桜が満開を迎えていた頃だったので中島さんは最近職場の人と行った花見で撮ったという桜の写真を見せてくれた。欲しいとは言わなかったが凄いね綺麗だね撮るの上手いねと褒めるとエアードロップでその写真を送ってくれた。

そういえばその時「エアドロで送るわ」と言われた時に「エアドロって何?」と知らないフリをしたので(エアードロップの存在とどういうものかは知っていたが使った事が無かったのでそんな略の仕方をするのも知らず、ピンとこなかったのもある)中島さんは私を見下したように「何のためにiPhone使ってんの?」と訊いてきた。別にiPhoneを使う理由なんて無かった。エアドロしたいからでも無ければ音楽も聴かなかったのだ。別にLINEと電話が使えたらいいぐらいのものだったが、スマートフォンというものが出始めた頃にちょうど当時使っていた携帯が壊れ、店員さんにおすすめされてそれを使い始めてから結局そのままiPhoneに慣れてしまったから以降もそれであるだけだ。そんな風に言うと折角の誕生日を嫌な気持ちで過ごしてしまう事になるからとバカを演じて見下されている事にも気付かず「へぇ~こうやって使うんだ!物知りだね!流石だね!」と褒めておいた。

中島さんは私をバカだと見下していたが、それと同じぐらいに私も彼を見下していたのだ。

彼はその日、棚卸を終えて合流した私に「筆おろし?」なんてからかってきたが「筆おろしって何?」と知らなかったので(実際に知らなかった。だって処女だし)わざわざWikipediaで調べさせてくれた。私がすっとぼけて書道などで使う筆を~という最初の辺りの文を読むと肝心の部分をスクショして送りつけてきた。「なるほどそういう事かぁ。ちょっと、やめてよ~」なんて恥ずかしがるふりをしたけど、何ていうかただ単純に「こいつバカだなつまんねぇな」と思っていた。

その日、食事を終えて奢ってくれようとしたのを断って、しかし店内ではお金を出してもらいながらも店の外できっちり私の分の金額を返した。あの時奢ってやったと言われるのが嫌だったのと、奢られ慣れていなかったからだ(数百円程度ならともかく。前回のディナーでもいくらか分からなかったのできっと少ないがお金は返した)

お腹いっぱい、と言うと「俺も。ほら」とお腹を触らせてきた。正直彼はその当時仕事の関係で引き締まっていた方で、そもそもを知らないので触ったところで何も分からなかったのだが「ホントだね~」なんて言っておいた。すると「俺の触ったから触っていいよね」と私のお腹を触ろうとしてきた。ちょうど履いていたスカートとベルトの辺りになるためぷにぷにのお腹も分かりづらく、ベルトやスカートの生地を感じるだけにしかならないので「触っても分かんないよ」というと「じゃあこっち触るわ」と私を壁際へ追いやって胸を触ってきた。その触り方もその言い方もその時の真剣な顔も、イケメンなはずのその人から考えると気持ち悪くて「この人童貞なのかな」と思った。その日、結局一緒にご飯を食べただけで、店を出て少しだけ一緒に歩いていたが途中にあった「ホテルあるよ。行く?」という誘いを「行くわけないじゃん」と断ったらあっさり解散になった。駅まで送るとかも無く彼は自転車であっさり帰っていった。ほんの少しだけ、寂しい誕生日だった。

その誕生日以降、毎日のLINEが無くなって、何日かに一回返ってくるを繰り返した。段々こっちも返すのが面倒になって遂に返すのを止めてしまった。


それより後、彼に会ったのは社交辞令で言った「またご飯行こうね」に対しての「誕生日祝ってあげたから俺の誕生日も祝ってよ」というLINEに仕方なくご飯に行った時(仕事が忙しかったのとあまりお店を知らなかったのと祝ってあげなきゃいけないというのが面倒になって中島さんの嫌いそうなアリスチーフのカフェ?に連れて行って店内のお客さんの中でも目立つお祝いダンスとかを店員さんに踊ってもらったりとかした)。その時会った彼は最初に会った頃と比べてふくよかになっており、顔も体も大きくなっていたが「筋肉質になったね」と適当に褒めておいたら調子に乗って「それほど鍛えてないけどな~?」と得意げだった。肌の色が日に焼けたのか黒くなっており、出会い系サイトに登録していたおじさんを思い出すぐらいの胡散臭い雰囲気があった。その日「今日はちゃんと帰れるね(早めにという意味で)」というと「今まで一回でもお持ち帰りした事あるみたいな言い方」と言われたので「お持ち帰りしようとした事すらないじゃない?」と中島さんの下心に一度気付かなかったフリをすると「…うん、まぁ、そうだけど」と曖昧な返事があった。ワンチャン狙ってたのは気付いてるから心配すんな、ただ誘い方とか下手だしセックスも下手そうだなと思ってるよと考えながら、その日はさっさと解散した。

それより後に中島さんに会ったのは彼に誘われて私が高校の頃からの友達を誘って行った合コンの時一回だけどその時には胡散臭さが増していて、何処かの詐欺会社の社長のような風貌(その時の服装がジャケットスタイルだったのもあって)でその合コンで最年少なのに最年長のような見た目に変わっていたのは今思い出しても笑えるしなかなかにろくでもなくなってて一緒に参加した友達に共感してもらうための参加だったから話のネタとして凄く盛り上がれたが合コン自体は微妙だったので割愛。機会があったらそれについて書きます。とりあえず友達も「あいつは童貞だわ。多分経験あっても素人童貞」と言っていたのでそういう事だと思います。

合コンの時に分かったのは、女の扱いは下手だが男の扱いは上手いらしく、周りの男の人は彼を凄い良い奴だとかモテているだとか言っていたこと。

詳しく聞くと周りもそれなりに賢くなさそうだったのできっとちょっと口がうまいんだろうなと思った。中島さんが今どこで何をしているかは知らないがどうやら仕事の関係で南の方に行っているらしい。童貞卒業出来てるといいなと思う。

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