見出し画像

Doxy-PEPについて

こんにちは。Dr.Kです。大学病院に勤務しながら、感染症に関する知識の啓発を行っています。

今日は、性感染症(STI)の予防における新たな選択肢として注目されている「Doxy-PEP」についてお話ししたいと思います。
Doxy-PEPとは、性的接触後に予防的にドキシサイクリンを服用することで、細菌性のSTIを予防する方法です。
コンドームの使用は最も効果的なSTI予防法ですが、Doxy-PEPは追加の予防オプションとして期待されています。
特に、男性とセックスをする男性(MSM)やHIV陽性者の間では、細菌性STIの発生率が増加傾向にあり、新たな予防策が求められています。
ただし、Doxy-PEPの有効性や安全性についてはまだ不明な点も多く、導入にあたっては慎重な検討が必要です。
また、抗菌薬の長期的な使用により、薬剤耐性菌の出現リスクも懸念されています。

この記事では、Doxy-PEPの基本的な内容や、臨床試験で示された有効性、対象者、服用時の注意点などについて解説していきます。


Doxy-PEPとは

Doxy-PEP(Doxycycline Post-Exposure Prophylaxis)とは、性的接触後に予防的にドキシサイクリンを服用することで、細菌性の性感染症(STI)を予防する方法です。ドキシサイクリンは、テトラサイクリン系抗菌薬の一つで、クラミジア、淋菌、梅毒などの細菌性STIに対して抗菌活性を持っています。

Doxy-PEPは、コンドームを使用しない性行為や細菌性STIにさらされる可能性のある性行為の後、72時間以内に抗生物質ドキシサイクリンを1回服用します。この抗生物質は、以下のような感染症の発症リスクを大幅に減らすことができます:
- 梅毒:70~80%減少
- クラミジア:70~90%減少
- 淋病:50~55%減少(試験によっては効果が低いものもある)

近年、特に男性とセックスをする男性(MSM)やHIV陽性者の間で、細菌性STIの発生率が増加傾向にあります。コンドームの使用は最も効果的なSTI予防法ですが、Doxy-PEPは追加の予防オプションとして注目を集めています。

Doxy-PEPの有効性に関する主要な研究

Doxy-PEPの有効性は、いくつかのランダム化比較試験(RCT)により示されています。

a. iPrEx試験(フランス、2018年)[1]
iPrEx Trialは、HIV陰性のMSMおよびトランスジェンダー女性を対象とした、Doxy-PEPの有効性を評価した初めてのRCTです。232名の参加者が、Doxy-PEP群(性交後24-72時間以内にドキシサイクリン200mgを服用)と対照群(Doxy-PEPなし)に無作為に割り付けられ、10ヶ月間追跡されました。その結果、Doxy-PEP群では対照群と比較して、クラミジア感染が70%(HR 0.30, 95%CI 0.13-0.70)、梅毒感染が73%(HR 0.27, 95%CI 0.07-0.98)減少しました。一方、淋菌感染については有意な差は認められませんでした。
この試験は、Doxy-PEPがMSMやトランスジェンダー女性におけるSTI予防に有効である可能性を初めて示した重要な研究です。ただし、オープンラベル試験であること、追跡期間が比較的短いことなどの限界があります。

b. DoxyPEP試験(米国、2023年)[2]
DoxyPEP試験は、HIV陰性のMSM・トランスジェンダー女性(360名)とHIV陽性者(194名)を対象としたRCTです。参加者は、Doxy-PEP群(性交後72時間以内にドキシサイクリン200mgを服用)と対照群に無作為に割り付けられました。HIV陰性者では、対照群の29.5%に対してDoxy-PEP群では9.6%にSTIエンドポイントが発生し(RR 0.33, 95%CI 0.23-0.47, p<0.0001)、HIV陽性者では対照群の27.8%に対してDoxy-PEP群では11.7%に発生しました(RR 0.42, 95%CI 0.25-0.75, p=0.0014)。DoxyPEP試験は、HIV陰性者だけでなくHIV陽性者においてもDoxy-PEPが有効であることを示した重要な研究です。ただし、iPrEx Trialと同様にオープンラベル試験であること、追跡期間が比較的短いことなどの限界があります。

c. DOXYVAC試験(フランス、2023年)[3]
DOXYVAC試験は、HIV PrEPを使用しているMSM502名を対象としたRCTです。参加者は、Doxy-PEP群、対照群(Doxy-PEPなし)、4価髄膜炎菌ワクチン(4CMenB)群、非ワクチン群の4群に無作為に割り付けられました。Doxy-PEPは、淋菌、クラミジア、梅毒のいずれに対しても有意な感染リスク減少効果を示しました(aHR 0.49, 95%CI 0.32-0.76; aHR 0.11, 95%CI 0.04-0.30; aHR 0.21, 95%CI 0.09-0.47)。また、4CMenB群では非ワクチン群と比較して淋菌感染が有意に減少しました(aHR 0.49, 95%CI 0.27-0.88)。DOXYVAC試験は、Doxy-PEPと4CMenBワクチンを組み合わせることで、MSMにおけるSTI予防効果がさらに高まる可能性を示唆した重要な研究です。ただし、オープンラベル試験であること、追跡期間が比較的短いことなどの限界があります。

d. dPEP試験(ケニア、2023年)[4]
dPEP試験は、シスジェンダー女性449名を対象としたRCTです。参加者は、Doxy-PEP群(性交後72時間以内にドキシサイクリン200mgを服用)と対照群に無作為に割り付けられました。その結果、全細菌性STI(RR 0.88, 95%CI 0.60-1.29)、クラミジア感染(RR 0.73, 95%CI 0.47-1.13)、淋菌感染(RR 1.64, 95%CI 0.78-3.47)のいずれにおいても、両群で有意な差は認められませんでした。梅毒感染は研究期間中に2例のみ発生しました。dPEP試験は、シスジェンダー女性においてDoxy-PEPの有効性が示されなかった初めての研究です。この結果は、出生時に女性に割り当てられた人々におけDoxy-PEPの有効性を疑問視する根拠となっています。ただし、オープンラベル試験であること、追跡期間が短いことなどの限界があり、さらなる検証が必要です。

以上の4つのRCTは、Doxy-PEPの有効性に関する現時点での主要なエビデンスといえます。MSMやトランスジェンダー女性、HIV陽性者においては概ねDoxy-PEPの有効性が支持される一方で、シスジェンダー女性では有効性が示されていません。

また、これらの試験にはいくつかの共通の限界があります。オープンラベル試験であるため、参加者や研究者の意識が結果に影響を与えた可能性があります。また、追跡期間が比較的短いため、長期的な有効性や安全性については不明です。

今後は、より大規模かつ長期的なRCTを実施し、Doxy-PEPの有効性と安全性に関するエビデンスをさらに蓄積していく必要があります。また、シスジェンダー女性やその他の集団におけるDoxy-PEPの有効性についても、追加の研究が求められます。

Doxy-PEPの対象者

Doxy-PEPは現在、細菌性STIのリスクが高い男性とトランスジェンダー女性、特にコンドームを使用しないセックスの頻度が高い人やSTIと診断されたことのある人に推奨されています。最近の研究では、Doxy-PEPはシスジェンダー女性のSTIの減少には効果が乏しいことが判明しました。このような集団における有効性を明らかにするためには、さらなる研究が必要です。

STI歴に基づくDoxy-PEPの処方は効率的であり、HIVステータスやPrEP使用に基づくよりも多くのSTI診断を回避できるとの報告もあります[5]。
この研究では、2015年から2020年にかけてボストンのLGBTQに特化した健康センターでSTI検査を2回以上受けたゲイおよびバイセクシュアル男性、トランスジェンダー女性、出生時に男性と割り当てられた非バイナリーの人々のデータを用いて、Doxy-PEPの処方戦略を評価しました。研究対象者10,546人のうち、HIV陽性者は11.9%、PrEP使用者は52%でした。任意のSTI(クラミジア、淋菌、梅毒)の発生率は100人年あたり35.9件でした。
全対象者にDoxy-PEPを処方した場合、STI診断の71%を回避でき、PrEP使用者とHIV陽性者に処方した場合は60%を回避できると推定されました。STI診断後12ヶ月間Doxy-PEPを処方すると、Doxy-PEPを使用する割合は38%に減少し、STI診断の39%を回避できると推定されました。同時または反復してSTIと診断された後にDoxy-PEPを処方すると、最も効率的になりますが、予防できるSTIの数は少なくなりました。STI診断歴に基づくDoxy-PEP処方戦略は、HIV感染状況やPrEP使用状況に基づく戦略よりも効率的であることが示唆されています。

Doxy-PEPの安全性

Doxy-PEPの臨床試験では、全般的に忍容性が高く、重篤な副作用の報告は少ないようです。最も多く報告された副作用は、消化器症状(悪心、嘔吐、下痢など)と日光過敏症でした。まれに、食道潰瘍や肝機能障害なども報告されています。ただし、これらの多くは可逆的であり、投与中止により回復したとのことです。

長期投与における副作用発現率は、研究によってばらつきがありますが、おおむね20〜30%程度と報告されています。重篤な副作用の発現率は1〜2%程度と低く、死亡例の報告はありませんでした。

一方で、ドキシサイクリンの長期投与により、個人レベルでの薬剤耐性菌出現リスクが懸念されています。ざ瘡患者を対象とした研究では、ドキシサイクリンの長期投与により、アクネ菌(Cutibacterium acnes)やブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)の薬剤耐性率が上昇したと報告されています。ただし、耐性率の上昇程度は研究によって異なり、一定の見解は得られていません。ただし、これらの研究の多くは、観察研究やサンプルサイズの小さい研究であり、エビデンスレベルは高くありません。個人レベルでの薬剤耐性菌リスクについては、さらなる研究が必要とされています。

Doxy-PEPの普及により、ドキシサイクリンの使用量が増加することで、公衆衛生的観点からの薬剤耐性菌リスクが懸念されています。特に、淋菌やクラミジアなどのSTI原因菌における薬剤耐性化が問題視されています。これらの細菌では、既存の抗菌薬に対する耐性率が上昇傾向にあり、新たな予防・治療法の確立が急務となっています。Doxy-PEPの広範な使用は、これらの細菌の薬剤耐性化を加速する可能性があります。耐性菌の出現は、Doxy-PEPの有効性を低下させるだけでなく、既存の抗菌薬による治療の選択肢も制限することになります。

したがって、Doxy-PEPの導入にあたっては、薬剤耐性菌の動向を注意深く監視し、適切な使用法を徹底することが重要です。また、新たな抗菌薬の開発や、ワクチンなどの予防法の確立も同時に進める必要があります。薬剤耐性菌問題は、Doxy-PEPに限らず、抗菌薬全般に共通する課題です。Doxy-PEPの普及に際しては、薬剤耐性菌リスクを考慮しつつ、適切な使用法を確立していく必要があります。

服用時の説明

Doxy-PEPはSTIの予防に有効ですが、上記のような副作用もあります。そのため処方時に医療者は対象者に十分な説明を行う必要があります。

服用タイミングと継続の重要性

Doxy-PEPの効果は、性的接触後の服用タイミングと服薬の継続性に大きく依存します。臨床試験では、性的接触から24時間以内、遅くとも72時間以内の服用で高い予防効果が示されています。医療従事者は、患者にDoxy-PEPの作用機序を説明し、性的接触のたびに速やかに服用することの重要性を強調する必要があります。特に、服用のタイミングが遅れるほど効果が減弱することを理解してもらうことが大切です。また、継続的な服薬が予防効果の維持に不可欠であることも伝える必要があります。臨床試験では高い服薬アドヒアランスが報告されていますが、実臨床では様々な要因が服薬の継続性に影響を与える可能性があります。

副作用モニタリングとマネジメント

Doxy-PEPは全般的に忍容性が高いと報告されていますが、一部の患者では副作用が生じる可能性があります。最も多いのは、悪心、嘔吐、下痢などの消化器症状と日光過敏症です。まれに、食道潰瘍や肝機能障害なども報告されています。医療従事者は、これらの副作用について患者に説明し、症状が生じた場合の対処法を指導する必要があります。多くの場合、症状は一過性で投与中止により回復しますが、重大な副作用が疑われる場合は速やかに医療機関を受診するよう促すことが重要です。また、定期的な検査(血液検査、肝機能検査など)を行い、副作用の早期発見に努めることも大切です。副作用のモニタリングを通じて、患者の安全性を確保するとともに、服薬アドヒアランスの維持にもつなげることができます。

コンドーム使用などの他の予防策との併用

Doxy-PEPはSTI予防の選択肢の一つですが、単独での使用では限界があります。特に、HIVやヘルペスウイルスなどのその他のウイルス性STIに対する予防効果は期待できません。したがって、医療従事者は、Doxy-PEPをコンドームの使用など他の予防策と組み合わせることの重要性を強調する必要があります。コンドームは、細菌性・ウイルス性を問わず、あらゆるSTIに対して最も効果的な予防法であることを繰り返し伝えることが大切です。また、定期的なSTI検査の必要性についても説明し、感染の早期発見・早期治療につなげることが重要です。Doxy-PEPはSTIのリスクを減らすことはできますが、完全に予防することはできません。検査を通じて感染を確認し、適切な治療を行うことが、感染拡大の防止につながります。

Doxy-PEPはHIV感染そのものを予防しないことの説明

Doxy-PEPとHIV PrEP(曝露前予防投与)は、ともに「PEP」という言葉を含んでいますが、作用機序と目的が異なります。Doxy-PEPは細菌性STIの予防を目的としたものであり、HIV感染そのものを予防するものではありません。医療従事者は、この点を患者に明確に説明し、誤解を招かないようにする必要があります。Doxy-PEPを使用していても、HIV感染のリスクがあることを理解してもらうことが重要です。

まとめ

Doxy-PEPは、細菌性性感染症予防における新たな選択肢として注目されています。ランダム化比較試験の結果から、MSM、トランスジェンダー女性、HIV陽性者において高い予防効果が示されており、性感染症流行の抑制に寄与する可能性があります。

しかし、現時点のエビデンスには限界があり、特にシスジェンダー女性におけるDoxy-PEPの有効性は不明確です。また、抗菌薬耐性菌の出現リスクや長期的な影響については、さらなる研究が必要です。

Doxy-PEPの効果を最大限に引き出し、潜在的なリスクを最小化するためには、適切な使用法の確立と患者管理が重要です。医療従事者は、現在のエビデンスを正しく理解し、患者の特性やリスク因子を考慮してDoxy-PEPの適応を判断すべきです。

また、服用方法や継続の重要性についての患者教育、服薬アドヒアランスのモニタリングと副作用管理、他の予防策との併用の推奨など、包括的な患者サポートが必要です。

Doxy-PEPは、性感染症予防における革新的な方法ですが、その実装には課題が残されています。今後は、実臨床での使用経験の蓄積、長期的な有効性と安全性の検証、適応拡大の可能性の探索が求められます。

同時に、Doxy-PEPの効果を最大限に引き出すためには、コンドームの使用促進、検査・治療の強化、ワクチン開発などの従来からの性感染症予防策を並行して進めていく必要があります。Doxy-PEPは、これらの予防策を補完し、より包括的な性感染症対策の一部として位置づけられるべきです。

参考文献

[1] Molina JM, Charreau I, Chidiac C, Pialoux G, Cua E, Delaugerre C, Capitant C, Rojas-Castro D, Fonsart J, Bercot B, Bébéar C, Cotte L, Robineau O, Raffi F, Charbonneau P, Aslan A, Chas J, Niedbalski L, Spire B, Sagaon-Teyssier L, Carette D, Mestre SL, Doré V, Meyer L; ANRS IPERGAY Study Group. Post-exposure prophylaxis with doxycycline to prevent sexually transmitted infections in men who have sex with men: an open-label randomised substudy of the ANRS IPERGAY trial. Lancet Infect Dis. 2018 Mar;18(3):308-317. doi: 10.1016/S1473-3099(17)30725-9. Epub 2017 Dec 8. PMID: 29229440.
[2] Luetkemeyer AF, Donnell D, Dombrowski JC, Cohen S, Grabow C, Brown CE, Malinski C, Perkins R, Nasser M, Lopez C, Vittinghoff E, Buchbinder SP, Scott H, Charlebois ED, Havlir DV, Soge OO, Celum C; DoxyPEP Study Team. Postexposure Doxycycline to Prevent Bacterial Sexually Transmitted Infections. N Engl J Med. 2023 Apr 6;388(14):1296-1306. doi: 10.1056/NEJMoa2211934. PMID: 37018493; PMCID: PMC10140182.
[3] Jean-Michel Molina, Beatrice Bercot, Lambert Assoumou, Algarte-Genin Michele, Emma Rubenstein, Gilles Pialoux, et al.ANRS 174 DOXYVAC: An Open-Label Randomized Trial to Prevent STIs in MSM on PrEP. CROI [Internet]. 2023 Feb19;Seattle, Washington. Available from:
https://www.croiconference.org/abstract/anrs-174-doxyvac-an-open-labelrandomized-trial-to-prevent-stis-in-msm-on-prep/
[4] Stewart J, Oware K, Donnell D, Violette L, Odoyo J, Simoni J, et al. Self-reported adherence to event-driven doxycycline postexposure prophylaxis for sexually transmitted infection prevention among cisgender women. STI and HIV 2023 World Congress, Chicago, IL. 2023 Jul 24; Seattle, Washington. Available from:
https://www.croiconference.org/abstract/doxycycline-postexposure-prophylaxis-for-prevention-of-stis-among-cisgenderwomen/.
[5] Traeger MW, Mayer KH, Krakower DS, Gitin S, Jenness SM, Marcus JL. Potential impact of doxycycline post-exposure prophylaxis prescribing strategies on incidence of bacterial sexually transmitted infections. Clin Infect Dis. 2023 Aug 18:ciad488. doi: 10.1093/cid/ciad488. Epub ahead of print. PMID: 37595139.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?