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メディアによる社会的ネットワークへの影響と公衆衛生

前回、人々の健康はそれぞれの社会的ネットワークを通して他の人々とつながっていることを説明した。

https://note.com/drkid/n/nc9cca64ff8c7


このことをマクロな視点で、つまり公衆衛生的な視点で考えることについて、もう一つの重要な点がある。
特に大きな社会的なネットワークを持つ場合、公衆衛生上の介入は、たとえ1人当たりへの効果が僅かであったとしても、集団としては非常に大きくなる可能性がある、ということである。

現代のメディアは,大規模なアウトリーチと大規模な伝播の両方の潜在能力を持っている。
つまり、報道機関からオンラインのSNSといった様々なメディアは、本来は比較的小さな影響力であるものを、非常に大きな公衆衛生上の影響を持つものに変える能力を持っている。

最初の影響の大きさが小さくても、公衆衛生上の影響が大きくなる可能性がある例にはどのようなものがあるだろうか?

国外の研究になるが、メディアからの報道はネガティブで偏向的になっているという報告がある[1]。
メディアから多くのネガティブな内容が発信される理由は、人間の脳が、おそらく生存に必要な「適応」として、ポジティブなものよりもネガティブなものに惹かれ、注意深く観察し、執着する傾向があるという事実(ネガティブバイアス)を、メディアは経験的に、あるいは本能的に知っているからであろう[2]。

メディアからのネガティブな報道は、人々の興味・執着の源泉になるだけでなく、人々の行動にまで影響する。
例えば、ネガティブな出来事や暴力をメディアから目撃した人は、他人に対してよりネガティブな行動や振る舞いをする可能性が高いという研究結果もある[3,4]。

否定的、分断的、または偏向的な報道やSNSへの投稿の効果は、個人レベルでは非常に小さいかもしれない。
しかし、SNSの多くのフォロワーなどを通じて多数の人に届き、さらに共有や再投稿などの拡散を通じ大規模に広がる能力がある。

このため、ネガティブな報道は、集団レベル、人間関係、ひいては人々の健康にもかなりの害をもたらし、社会および公衆衛生にとって悪影響をもたらす可能性がある。

メディアが否定的な事象を報道することは、社会問題や病弊を認識させる上で重要な役割を担っているのは確かであるが、それと同時に人々の健康にまで悪影響を及ぼす可能性があり、そのバランスを考えることは非常に難しい。


では逆に、ポジティブな報道や情報を目撃した時、人々はどう反応するのだろうか。

複数の研究結果によると、ポジティブな出来事を目撃すると、その後に利他的な行動をとる可能性が高いようだ[5-8]。
利他的な行動の伝播の効果は非常に大きく、人々の行動のポジティブな相互作用がSNSなどによって伝わり、最終的に発信者の知らない人物の行動にポジティブな影響を与える可能性があるかもしれない。

メディアやSNSには、非常に強い伝播の力がある。
このことを考慮すると、ネガティブな報道と、地域社会の良いところ、良い世界を実現するために個人やグループが行っていることの報道とのバランスを取ることにも、より大きな努力が払われてもよい気がする。

このように従来の報道やSNSのあり方を少し変えるだけで、たとえ小さな変化であったとしても、集団としてはかなり有益な影響を与えることができるのかもしれない。


1. Culturomics 2.0. First Monday. 2011
2. Pers Soc Psychol Rev 2001;5:296–320
3. Psychol Bull 1991;109:371–83
4. Am Psychol 2001;56:477–89
5. Proc Natl Acad Sci USA 2010;107:5334–38
6. Psychol Bull 1984;95:410–27
7. Curr Dir Psychol Sci 2011;20:251–55
8. Psychol Sci 2014;25:358–68

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