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1. 科学的根拠からみた小児のかぜと咳止め(鎮咳薬)

今回、私がこの記事を書いた目的は、小児科医と保護者の間にある、こどもの咳止め薬(鎮咳薬)の知識のギャップを少しでも埋めることです。
このnoteでは、過去の研究結果をもとに、小児の咳止めにまつわる科学的根拠(エビデンス)を説明していきます。

本記事の内容

1.  はじめに
1-1.   小児科外来における咳
1-2. 「咳止め」は本当に咳を止められる?
1-3.   医療者と非医療者で生じる情報の非対称性
1-4.   本記事の目的
2. 咳止めのメカニズムと種類について
2-1.   咳止めのメカニズムについて
2-2.  咳止めには麻薬性と非麻薬性がある
2-3.  麻薬性鎮咳薬について(導入編)
2-4.  非麻薬性鎮咳薬について(導入編)
3. コデインについて(各論)
3-1.  コデインを含む市販薬
3-2.  コデインを含む処方薬
3-3.  コデインは小児の風邪の咳止めとして有効か?
3-4.  コデインの副作用について
3-5.  使用後の死亡例について
3-6.  小児へのコデインを禁止する国々
3-7.  授乳中の母も注意してください
4. デキストロメトルファン(メジコン®︎など)について(各論)
4-1. デキストロメトルファンの市販薬・処方薬
4-2. デキストロメトルファンの副作用
4-3. デキストロメトルファンの有効性
5. チペピジン(アスベリン®︎)について
5-1. チペピジン(アスベリン®︎)の紹介
5-2. チペピジン(アスベリン®︎)の科学的根拠について
6 小児の鎮咳薬のまとめ
7. ハチミツは咳止めの効果があるのか?
7-1. ハチミツの有効性を示唆した研究
7-2. 研究の問題点
7-3. 日本の小児でも有効か?
7-4. 何歳からハチミツは安全か?
8.  まとめ
9. あとがき

1. はじめに

1-1. 小児科外来における咳

『こどもの咳が辛そうで、受診しました。』
『咳のせいで、夜に起きてしまいます。』
『咳が2−3日ほどあるのですが、なかなか治りません』
など、保護者から風邪による咳の相談される機会は非常に多くあります。
お子さんの咳で外来受診される動機としては「咳が大丈夫なものなのか判断して欲しい」と「咳をなんとかして欲しい」という思いが混在している印象を受けています。

まず最初に「咳が大丈夫なものかどうか」について小児科的な視点から解説しましょう。
小児科医は風邪以外の疾患が隠れてないか問診や診察で判断をしています。
例えば、胸の音を聴いて「喘息の音」や「気管支炎や肺炎の音」がないかを確認しています。
問診をしながら、「異物を誤飲していないか?」を確認したり、ワクチン摂取歴や周囲(学校、保育園・幼稚園、ご家族)の感染症の流行状況を確認しつつ、重症な疾患ではないかを見分けています。

「咳をなんとかして欲しい」はどうでしょうか。
例えば「咳のせいで食後に嘔吐してしまった」「咳のせいで子供が寝れない・途中で起きてしまう」「看病している保護者も、こどもの咳のため睡眠が十分にとれない」など、ご家庭ごとに様々な事情があるでしょう。
「咳をなんとかしてほしい」という外来受診の動機をやや極端に言い換えると「咳が改善する咳止め(鎮咳薬)を処方して欲しい」と考える方も多いのではないでしょうか。
外来診療をしていると、保護者の方々からの、そんなプレッシャーを感じることも多々あります。

時に「〇〇先生のところに受診したけれども、咳止めも何も処方されなかった」と前医に対する不満を保護者からお聞きすることも多々あります。
私自身も、月齢/年齢によっては咳止めを処方しなかったり、強い咳止めは避ける診療をしています。このため、保護者の方々を満足・納得させることができず、診療を終えてしまうこともあるでしょう。ひょっとしたら、他の先生の外来に受診されて、同じような不評を言われてしまうことがあるのかもしれません。

1-2. 咳止め薬は咳を止めることができると思っていませんか?

ここで少し立ち止まって、以下の2点について考えてみましょう。
『咳止めは本当に(かぜによる)咳を止めることができるのでしょうか?』
『咳止め薬を飲むことが、咳を止めるのに最善の方法でしょうか?』
詳細は今回のnoteで説明していきますが、先に答えを言ってしまいましょう。

過去に行われた研究をもとに判断すると「咳止めは咳を止めるのに最善の方法ではない可能性があります」し、「咳止めは風邪による咳を十分には止められないかもしれない」という結果が多数あります。

咳止め薬(鎮咳薬)を出したがらない小児科医・家庭医は、実は「咳止めでは風邪による咳を止められない」ことを知っていて、そういう診療をしているのかもしれません。

また、薬には有効性と副作用というメリットとデメリットがつきものです。
有効性のはっきりしない薬を処方をしてまで、本来は必要のない薬の副作用リスクをお子さんに負わせたくないと考えています。
このため、実はあえて咳止め薬を子供に処方していないのかもしれません。

一方で、保護者の方々は咳をどうにかして欲しくて外来に受診しています。
ひょっとしたら受診先の医師は咳止めを処方しないかもしれません。
ですが、時に咳止めを処方しない理由を詳しく教えてくれない場合もあります。
このため、保護者の方々からすると「こどもの咳で困って受診したのに、なぜ咳止めくらい出してくれないのか?」「別のクリニックに受診しよう」と不満に思うのかもしれません。

あるいは「『咳止め』というくらいだから、咳止め薬を飲めば咳は止まるはず」と思い込んでしまっているかもしれません。
この思い込みがあり、とある医師から「咳止め薬は、実は咳を止める効果は不十分ですよ」と言われても、全然納得いかないのかもしれません。

1-3. 医療者と非医療者で生じる情報の非対称性

私が想像するに、似たようなやりとりが、全国至るところの小児科外来や休日診療、救急外来で起こっているでしょう。

とある小児科医は「咳止めは効かないって説明したのに、納得してもらえなかった...」と落胆しているかもしれません。
受診した保護者の方は「なぜ咳止めを処方してもらえないのか...、理由が分からない...」とちょっと憤慨しているのかもしれません。
ひょっとしたら咳止めを処方してもらうために、別の病院に受診される方がいるかもしれませんし、しぶしぶ小児用市販薬の咳止めを購入して子供に飲ませているかもしれません。

これは医療者が悪いわけでも、保護者の方々が悪いわけでもありません。
この根本的な原因の1つに「医療情報の非対称性」が考えられます。
つまり医療者にとって「常識的に知っていること」も、非医療者にとっては「普通は知らないこと・理解が難しいこと」かもしれません。

今回の例でいうと「咳止めでは咳は十分に止まらない」し「薬には副作用のリスクがあるから(有効性がはっきりしない咳止めは)無理には処方はしない」という医療者の知識は、保護者の方々からすると普通は知らないことでしょう。

「それならば、きちんと説明して欲しい」と考える保護者の方々も数多くいると思います。ごもっともな意見です。

あまり言い訳をしたくはないのですが、現在の医療制度では保護者の方々と十分なお話をできる時間は限られています。患者さん一人当たりの単価は低く抑えられており、数多くの患者を診ることで医療機関の収益を確保できる「薄利多売」の外来を余儀なくされているのです。。
開業医の先生方は、ご本人や雇用しているスタッフの生活がかかっています。また、大きな病院の小児科は赤字部門で、とにかく外来で収益をあげることが至上命題です。

さらに多くの自治体は小児医療無料化を採用しており、小児科外来へのアクセスは異常なほど高くなっています。
このため、ほとんどの小児科外来は混雑しています。一方で、医師の外来時間はある程度決まっており、その時間内で受診された患者さん全てを診なければなりません。
このため、小児科外来の医師からすれば「きちんと説明したいが、時間が足りない」状況になっています。

1-4. 本記事の目的

今回、私がこの記事を書いた目的は、医療者と保護者の間にある、こどもの咳止め薬(鎮咳薬)の知識のギャップを少しでも埋めることです。
過去の研究結果をもとに、小児の咳止めにまつわる科学的根拠を説明していきます。

「なぜ小児科医が咳止めを処方しなかったのか?」
「なぜ小児科医が強い咳止めを避けているのか?」
「小児の咳止めには本当に有効でないのか?」
といった問いに、1つずつ答えていこうと思います。

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