トランプが使った薬と使わなかった薬:使った薬
トランプ(もうすぐ元)大統領が新型コロナウイルスに感染したというのは、なんとも、2020年のアメリカを象徴する出来事でした。
世界最大のパンデミックが起こっている国で、それを招いた元凶の一人とも揶揄される、そのリーダーが病に倒れたわけです。マスクなんてしなくても良いと主張していた張本人でもあります。そして、そのタイミングがまた大統領選の真っ最中でした。史上最高(最悪?)の大接戦と言われる、その戦いがまさに最高潮のタイミングで感染してしまうというのも・・・ちょっと暗示的な気もします。
ヘリコプターで軍の医療センターに緊急入院した大統領でしたが、なんと、3日いただけで、すぐに大統領選に復帰してきました。もちろん、無理をして退院した面もあるのでしょうが、その治療がバッチリと著効したということもあると思います。なにせ、超大国アメリカのドンであり、また大富豪でもある人です。その人の治療には、世界の最先端の医療を誇るアメリカの、最高の医療が施されたと見てまちがいありません。
ではトランプ大統領はどういう治療を受けたのでしょう?トランプ大統領には、コロナ治療において重要な、次の3つの薬が投与されたと報道されています。
その一つ目は、デキサメタゾンです。
これは、免疫を抑える薬で、他の病気にも広く使われています。
もう数十年も前から使われている薬で、炎症を抑えることがよく知られています。新型コロナによる肺炎にも効くのではないかということで臨床試験が行われ、実際に効くということが示されました。この薬は、今や新型コロナ治療のスタンダードとして使われています。値段も安く、日本では、1日あたり100円もかからないというものです。この薬は、酸素吸入が必要な患者に対して有効である、と認められているものなので、逆に言うと、トランプ大統領は、酸素吸入が必要なほど厳しい状態にあったと考えられます。
そしてもう一つが、一時期、すごく話題になっていたレムデシビルです。
これは、ウイルスに直接、働きかけ、ウイルスが体の中で増えないようにするという薬です。アメリカのギリアド・サイエンシズ社が、もともとはエボラウイルスなどの別のウイルス感染に対する薬として開発しました。
それが新型コロナウイルスにも効くのではないかということが示されてきて、5月にFDAから緊急使用許可が与えられ、その後、10月に正式に承認されています。日本でも、このFDAの緊急使用許可の判断を受けて、特例承認で使えるようになっています。日本でちゃんと臨床試験をやっていないけど、アメリカのFDAが効くと言っているし、パンデミックで切羽詰まった状態なので、特例で使えるようにしてしまおう、ということです。
一時期、希望の薬として、大々的に報道されたレムデシビルですが、その後、広く使われるようになってきて、その効果は限定的である、ということがわかりつつあるようです。2020年11月20日に、世界保健機構(WHO)が、症状の重い軽いにかかわらず、レムデシビルを新型コロナ患者には使わないように、という勧告を出しています。「致死率などの改善効果は実証されていない一方、副作用の可能性や医療現場の負担の問題があるため」とのことです。あれほど希望の光として持ち上げられたものが、一転して、ひどい言われようです。ただ、実際、WHOが主導した国際的な臨床試験で、レムデシビルには、入院患者への効果が「ほとんどないか、全くなかった」という結果が出てしまっています。
「医療現場の負担の問題」とは、これが患者さんが簡単に飲める飲み薬ではなくて、医者により点滴しなければいけない薬であるために起こります。治療の間はずっと病院のベッドを使うことになり、また、それが一回で済むのではなく、何日にも(最大10日)わたって治療を行わなければならないことから、病院への負担が大きいというわけです。それでも劇的に効くのであれば、もちろん、「負担が、、、」などと言われずに、使われるでしょう。しかし、効くかどうかが疑わしいうえに、副作用もありうるということで、この勧告になっていると思われます。
さて、トランプ大統領の話に戻りましょう。
トランプ大統領に投与された第3の薬は、新型コロナウイルスに対する抗体医薬、REGN-COV2です。アメリカのリジェネロン社が開発しました。この薬には、新型コロナウイルスにくっつく性質を持つ抗体(モノクローナル抗体)が、2種類、入っています。
この2つの抗体は、新型コロナウイルスのSタンパク(スパイクタンパク)のちょっとずつ違ったところにくっつきます。Sタンパクとは、新型コロナウイルスの本体の丸い部分から無数に飛び出した突起の部分で、ここがウイルスに感染するのに必要だとわかっています。抗体はこの部分にくっつくことで、ウイルスが細胞に感染することを防ぎます。
2つの違う種類の抗体が混合されているのは、将来的にウイルスが変異していくことに備えるためです。片方ずつの抗体でも、ウイルスの感染をブロックする力はあるのですが、あえて2つを混ぜて(カクテル抗体と言います)います。ウイルスはどんどん変異していき、そのうちには抗体がくっつかなるような変異も出てくる可能性があります。そのとき、2つの抗体を混ぜておけば、そのどちらにもくっつかなくなる変異がいきなりできる確率はすごく低いので、どちらかが働いて、感染を防ぐようになるだろうという考えです。これは、非常に的を得ている戦略です。
上の図で、緑と黄緑のY字形のものがREGN-COV2に入っている2つのモノクローナル抗体です。新型コロナウイルス(ピンク)の突起部分にあるSタンパクのちょっとだけ違う場所に結合しています。これにより、ウイルスが細胞に感染するのを防ぎます。
REGN-COV2がトランプ大統領に投与された時点で、この薬については、臨床での使用の承認が出ていませんでした。ただ、臨床試験では患者への投与が行われており、275人に注射した結果、体の中のウイルスの量が減る、ということが示されていました。この結果を受けて、「おそらく効く」と、トランプ大統領の医療団は判断したのでしょう。未承認薬の人道的使用を認めるコンパッショネート使用、というやり方で、トランプ大統領への使用が許可されたとのことです。
「人道的使用」などと言い出したら、どんな薬でも患者を救うことを目的としているわけなので、すべてが当てはまってしまうように思いますが、結局、強力なパワーがそこに働いたということではないのでしょうか?
それにしてもすごいのは、数百人の患者には臨床試験で使われていたとはいえ、まだまだ未知な部分がある薬を、いきなりアメリカの大統領に使ってしまうという、その判断です。勇気というかなんというか。製薬会社としては、うまくいけばその薬の開発の何よりも追い風になり、宣伝にもなります。しかし、もしも不測の事態が起こってしまえば、その会社にとって致命的なことになりかねません。アメリカの大統領であり、大統領選の真っ最中であり、そしてあのトランプ氏なのです。製薬会社がしり込みしてもおかしくないでしょう。
結果的に、その判断は吉と出たようです。それも大吉です。実際には、REGN-COV2が本当に効いたのか、あるいは別の2つの薬のどちらかが効いたのか、それともどれもが効いていたのか、それはわかりません。何はともあれ、トランプ大統領は危機的な状況を脱し、わずか3日で退院したのです。
まだウイルスが残っているかもしれないのに、そんなに早く退院するなんて不謹慎すぎると、その際にはさんざん批判されました。しかし、結局はその後の経過は順調で、すぐ後には連日ゴルフを楽しんでいると(それも批判的にですが)報道されました。
ただ、大統領選の結果は、ご存じのとおりとなりました。
もし新型コロナになっていなかったらどうなっていたか、、、それは誰にもわかりません。
次号、使わなかった薬に続く。
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