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AT限定こそ発進停止を入念に

※マニュアル車→MT車
※オートマ車→AT車
どちらの表現も使っています。

マニュアル=難しい、オートマ=簡単という固定観念

マニュアル車とオートマ車の違いは、免許を持っている人であれば誰もが知っているでしょう。
マニュアルは運転が難しい、オートマは運転が簡単、単純に言うとこんな感じでしょうか。しかし、生まれて初めて車を運転する人にとっては、そうでもないかもしれません。
そんなお話です。


なぜかMTの方がうまくなる

ある日教習をしていて、ふと気づいたことがあります。
『操作が難しいMTの教習生の方が、なぜかATの教習生より比較的早く運転が上手になる』

おそらく教官の多くが感じてると思います。
他の教官に話してみても「そうそう、分かる!あれって何でだろうね」と言ったりします。
なぜかMTの方が、最初の教習から中央線をはみ出したり、ぶつかりそうになったりする人が少なく、順調に教習を進められる人が多いのです。

これはそもそも車に興味のある人がMTを選ぶからだと言われていますが、そうとも言えないケースもありました。
例えば、親御さんに言われて嫌々MTを選択した教習生や、家の車がMTだから否応なしにMTを選択した教習生など、あまり車に興味がないけど不可抗力でMTを選んだ教習生も、何故か初回から比較的うまく運転できてしまったりするのです。

なぜでしょうか。もしかしたら、車に対する興味の他に、運転がうまくなる要素がMT車にはあるのではないか。もしくは逆に、AT車にはうまくなるのを阻害する要素が含まれているのではないか。
こんな疑問から今回の考察がはじまりました。


マニュアル車の発進は快感

初期の段階からMTとATで運転の習得具合に差がみられたので、一番最初の教習「発進停止の練習」をする時、教習生の中で何が起きているのか、MTとATで何が違うのかについて考えてみました。

MT車を選択した教習生は、そもそも教習に通う前から、MT車の運転はAT車よりも難しいと色んな人に聞いたり、ネット等から情報を仕入れています。
うまく操作できないとエンストし、車を動かすことすらできない。
この程度のことは知った上で教習所に来る人が多いでしょう。それでもチャレンジしようと挑戦心を持って教習に臨んでいるはずです。

そこで教官がうまく説明し、恐る恐るでも半クラッチ操作をし、車が動き出したその瞬間、教習生の心の中はどうなるでしょうか。

「親や友人に絶対エンストするって言われたけどしなかった!」
「あんなに難しいと聞いていた半クラができた!」

興奮や喜びの感情で満たされます。
そして『自分の操作でこの物体を動かした』という事実から自信が生まれます。

MT車は、操作としてはAT車より難しいですが、逆にその難しいと言われている半クラッチという操作をうまくできた実感があるので、車が動き出した瞬間は少なからずポジティブな心理状態になっているのです。

クリープ現象は恐怖でしかない

一方AT車はというと。マニュアル車をある程度乗りこなせる人にとってみれば、確かにオートマ車は簡単に発進できる代物です。

しかし生まれて初めて車を動かす教習生の心の中はどうでしょうか。
「ブレーキ離したら進んでくれた、簡単じゃん、クリープ現象ありがたい」と思っているでしょうか。
いいえ全く思っていません。真逆です。

自分で何かしらの操作をしたわけじゃないのに、ただブレーキを緩めただけで、車が勝手に進んでいくのです。今まで扱ったことのない大きさの物体が、自分の意志とは関係なく、勝手に進んでいくのです。
これはシンプルに恐怖です。
大事なことなのでもう一度言います。

初めて運転する教習生にとってクリープ現象は恐怖なのです。

そうつまり、初めてAT車が動いた瞬間の教習生の心の中は、ものすごくネガティブな状態になります。
『こんなもの運転できるわけがない』と自信を消失してしまうことすらあるでしょう。


快不快

ここで、心理学の快不快についての文章を紹介します。

心理学では、快・不快は行動を理解するための最も基本的な心的属性の1つと定義されている。動物は快をもたらす刺激を獲得しようと接近するが、不快をもたらす刺激からは回避したり、不快な状態を維持する刺激からは逃避、もしくは、不快な状態を解消するような刺激を得ようと行動する。これらの接近・回避・逃避行動は環境に適応し、生存確率を高めるための基本的な行動の原理である。

田積 徹
文教大学 人間科学部 心理学科
西条 寿夫
富山大学 医学部大学院システム情動科学
快・不快

DOI:10.14931/bsd.2991

人間は不快なものからは逃げたり遠ざかりたくなる。
快をもたらすものには近づきたくなる。ということです。

さて結論に近づけていきます。
前半に書いた内容から、生まれて初めて車を動かす場面において、
MT車の発進は快状態、AT車の発進は不快状態になると言えるのではないでしょうか。

そして、半クラッチ操作の成功など、発進の段階でポジティブな心理状態にある教習生は、その後も運転に対して好意的な姿勢で、積極的に操作を習得していき、

逆にクリープ現象が原因で、発進の段階からネガティブな心理状態にある教習生は、その後も運転や教習に対して悲観的な状態に陥りやすいのではないでしょうか。

つまりAT車をうまく運転できない教習生は、初めの一歩目から車という物を制御できない怖いもの、逃げたり遠ざけたくなる物として捉えてしまっているのです。
そうなってしまう要因がAT車にはあるのです。

『操作が難しいMTの教習生の方が、なぜかATの教習生より比較的早く運転が上手になる』という話も、これで説明がつきます。


「オートマ=簡単」がそもそも間違い

今回の話の解決策としては、
まず「オートマ=簡単」という固定観念をやめて、AT車の発進停止でも入念に行うことです。
最初の段階から思い通りに発進させ停止させることができるのが理想です。
この”思い通りに”が重要で

どのくらいブレーキを緩めたらどのように動き出すのか、どのくらいブレーキを踏んだらどのように止まるのか、どのくらいの力加減で踏めば速度を抑えられるのか、1~2m程度の短い距離でいいので、感覚的に自由自在にクリープ現象がコントロールできるようになるまで発進と停止を繰り返しやってもらいます。

狭路を通るくらいの微速の作り方や、ショックなく停止させるブレーキ操作を最初に学ばせてもいいかもしれません。

とにかく『車が勝手に動いている』という認識では不快状態になり、積極的に運転しようと思わなくなるので
『完全に自分の意志で車を動かし止めることができる』と思える状態になるまで、短い距離で構わないので発進停止の練習を繰り返し、何度も何度もやりましょう。

そうすることで車という機械が自分の力で制御可能な物だと理解します。これを心理学では自己効力感と言います。

自己効力感(じここうりょくかん)とは、自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できると、自分の可能性を認知していること。カナダ人心理学者アルバート・バンデューラが提唱した。自己効力や自己可能感などと訳されることもある。自己効力感が強いほど実際にその行動を遂行できる傾向にあるという。
よく似た用語に、自尊感情があるが、自尊心は自分を信じていること、あるいは自分を信じているとの評価に起因する感情を意味するのに対し、自己効力感は自分にある目標を達成する能力があるという認知のことをさす。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

運転に対してこの自己効力感が形成されると、不快な状態やネガティブな感情が無くなり、積極的に運転操作を行うようになります。
そしてその後もスムーズに運転を習得することができ、最終的には車の運転が楽しいとすら思ってくれるでしょう。

「オートマ車は半クラッチ操作が無いので発進がラク」
「マニュアル=難しい、オートマ=簡単」
誰もがこの固定観念を疑わず、人によってはAT車での発進停止練習はあまり行わず、すぐにコースを走らせようとしてしまいます。

実はそれが大きな落とし穴で、このせいで多くの人が上手になれず、苦しむことになっているのです。

今後、MT車の教習が無くなるかもしれないという話も聞きますが、指導員の皆様におかれましては、AT限定の教習が簡単だ,ラクだとは思わないでいただきたい。
AT車の方が、MT車よりも恐怖心を感じやすく、自信が持ちづらく、心理的には運転技量の習得がしづらい乗り物だったりするのです。


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