読んだものメモ

 W・F・ハーヴィー「Sambo」「The Star」「Across the Moors」「The Follower」「August Heat」を読んだ。

「Sambo」

 語り手の姪ジャニーのもとにアフリカから人形が届いた。廃墟で見つかったというそれは服もなにも着ておらず、顔の造形もひどかったが、大きさだけはやたらと立派だった。語り手の妹(ジャニーの母親)は名前がないのもなんだからということで、人形をサンボと名付ける。ジャニーはもっとできのよい人形をたくさん持っていたので、当然ながら、サンボはいちばん下の位に位置づけられることになった。
 だが、しばらくすると、ジャニーはサンボを優遇するようになる。語り手がそれについて訊くと、彼女はその人形が嫌いなのだが、どうしても優遇してしまうのだという。その後もサンボは昇進(?)していき、ほかの人形から服をもらって身なりも立派になった。ついにはジャニーはサンボ以外の人形をすべて屋根裏にしまい、おとなたちは成長したのだと感心するが、当の彼女はしょげている様子だった。語り手が屋根裏を覗いてみると、ジャニーはこれまでいた人形たちと楽しそうに遊んでいた。わけを訊くと、サンボが自分以外をしまうように言いつけたのだそうで、例の人形が寝ている隙にこうして遊んでいるのだという。
 ある日、語り手はジャニーが裏庭のごみ捨て場に行くのを見かける。こっそりあとをつけてみると、そこではサンボが椅子に座っていて……。
 いわくつきの人形という怪奇小説でしばしば見かけるテーマだが、本作のサンボは一味違う。動きまわるとか、かみつくとかして危害を加えるのではなく、ジャニーの精神に干渉して自分を崇めさせ、ほかの人形を捨てさせてしまう。目には見えない影響力だけにいっそう不気味だった。ラストで実はただの人形ではなく、信仰の対象だったと明かされるところも、サンボの尊大なふるまいを説明しているようでおもしろかった。

「The Star」

 主人公のジャクソンは天文愛好家で、その夜もライバルであるモーティマーの理論を覆そうと、ある星を観測していた。だが、見れば見るほど、モーティマーの顔がちらついて、だんだんいらだってくる。
 彼が星を見ている間、妻は教会に行って説教を聞いていた。帰宅した彼女が言うには、星をテーマにした話だったということで、ジャクソンはいつも通りけなしながら聞いていたが、星を見つめ、宇宙の驚異を前にすれば、ねたみや恨みといった感情は消え去るというくだりに差しかかると爆笑してしまう。
 ホラーというよりは、人間のいやな側面を描いた小話という感じだった(ジャクソンはまなりいやみなおっさんだし)。

「Across the Moors」

 これはおもしろかった。
 ミス・クレイグは医者を呼ぶために、夜の荒野をわたることになる。幽霊が出るといううわさを思い出して震えながらも、どうにか目的地の農場に着くが、そこに滞在していた医者はすでにいなかった。
 帰途につくと、後ろから足音がしてだれかが近づいてくる。ほっとしたことには、それは牧師で、帰る方向が同じなのでいっしょに歩いていこうと申し出てくれる。
 幽霊が怖いという話をすると、牧師は自分もかつて夜道で恐ろしい経験をしたが、それを聞けば怖くなくなると言う。彼によると、かつてよそものの男に声をかけられ、金をねだられたことがあるらしく……。
 牧師が怪談を語るのかと思いきや、牧師自身が幽霊だったという話。彼の様子がとても穏やかで人間らしいだけに、最後の最後で「そうやってわたしは死んだのです」と言い出したときの衝撃はかなりのものだった。

「The Follower」

 これもおもしろかった。
 怪奇作家のスタントンは新作のアイデアが浮かばず悩んでいたが、夜中に、聖堂参事会会員のラスボーンと外国人のクルチウス博士が住まう司祭館に灯がともっているのを見て、ある話を思いつく。その筋書きは、学者が小アジアの修道院で古文書を見つけ、そこの僧と結託してひそかにそれを持ち出し、やがて研究を進めるうちに、古文書は失われた福音書ではなく、まったく異なる性質のものだと明らかになり、ふたりは熱中して解読にはげむ……というものだった。
 順調に書き進めていた翌日、スタントンのもとにラスボーンとクルチウスが訪ねてくる。彼らは長らく外国に滞在していたらしく、いまも小アジアから持ち帰った古文書を解読しているのだという……。
 序盤だけだと、スタントンが執筆している作品のせいもあって、ジェイムズ風の古物怪談になりそうなんだけど(なんとなく「マグナス伯爵」を思い出した)、途中から思わぬ方向に話が進む。明確に超自然のものが出てくるわけではないものの、とても気味が悪かった。ラスボーンらはなにを研究しているのか、クルチウスはなにものなのか、あれこれ想像する余地を残して終わるのもよい。

「August Heat」

 これもおもしろかった。
 ウィゼンクロフトという画家の手記という体裁を取っている。八月二十日、うだるように暑い日に、彼はふと思いついて、太った男が裁判の席で刑を宣告される場面を描く。傑作だという確信とともにその絵をポケットに収め、散歩に出かける。
 暑さでぼんやりしながら歩いていき、ある屋敷にふらりと入る。そこは石工職人の工房で、大理石になにか彫っているところだったが、その男はウィゼンクロフトの絵と瓜二つだった。
 ウィゼンクロフトは動揺しながらも職人と世間話をしていたが、完成した石板を見て仰天する。そこにはウィゼンクロフトの名前に生年月日、そして死亡日として八月二十日が刻まれていたのだ!
 絵と石板は謎のままだし、まさに暑さで朦朧としているときのような、なにかベールがかかっているような、不思議な雰囲気が作品全体を支配している。出来事の結末を描かずに終わるところも効果的に読者の不安をかき立てるし、ハーヴィーの代表作のひとつというのも納得だった。
 ちなみに本作には邦訳がいくつかあり、「炎天」の題で平井呈一が訳していたりする。

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