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モード・フォークス宛の書簡より

 文学フリマ東京、お疲れさまでした(遅すぎるあいさつ)。というわけで、会場で頒布したおまけ冊子を公開します。英国の怪奇幻想作家ブラックウッドが旅先から編集者に送った手紙の一部です。

Cover Photo: https://unsplash.com/photos/nbneQlI2M1A


モード・フォークス宛の書簡より抜粋
アルジャナン・ブラックウッド
渦巻栗 訳

 英国もそこでの生活もすっかり頭から消えてしまったので(この手紙はトルコのユスキュダルで書かれた)、まるでそんなところなど前から知らなかったように思えます――それに、ご存知の通り、英国がわたしの想像力に与える力はほんのわずかなのです。わたしはマルセイユから続くリヴィエラの海岸が大嫌いです。不自然で、まるで岩石を並べた熱帯の庭園がだらだら広がっているところに、椰子の木を放りこんだみたいですし、そこに住んでいる、流行好きの気取った人間の悪臭は海まで届くほどですから。
 ナポリは好きです。ただ、あそこの青色は鮮やかすぎる上に、あちこちで目につきますし、庭園に広がる花の世界は充分すぎるほどですが。ポジリポの丘の向うを散歩していると、ギリシャの大霊廟に出くわしました。未完成で、建設の途中で見捨てられたままになっており、石塊がいくつも、花々や丈の高い草の合間に転がっていました。この霊廟には心が澄みわたる思いがしました。厳かな輪郭や、力強い屋根は、詩情あふれる美のただ中で、一服の清涼剤のようでした。
 大きな丸屋根は、印やしみがついていて夜明けの満月を思わせ、聖堂の頭上にそびえていました。扉には、広げた翼の間に蛇をあしらった、エジプトの厳かな意匠がほどこしてありました。ですが、わたしの心を捕らえて、古々しい世界へ連れていったのは、扉の両脇に立つ、十二フィートの像でした――堂々として、両手を胸の前で合わせ、体を巨大な椰子の葉に包んで、頭を誇らしくそらしていました。金属の目は盲いていました――退屈な現代世界など見えなかったのです。彼らが見つめるのは内奥と過去――内なる〈無限〉でした。
 ふたつの像のこの上ない荘厳さは、深く心に残りました。謎めいた相貌は青い入江を永遠に見つめていました。想像力は過去へ跳躍して、古代のそのまた向うへ、さらに古々しい、神さびた時代へさかのぼっていきました。訪れる者とてない大霊廟は寂れていて、石の割れ目から花や草が伸び、火傷しそうな石段を蜥蜴たちが走りまわっていました。


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