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ありがたや五平 by 網焼亭田楽

毎度バカバカしいお笑いにお付き合いしていただきとう存じます。
まあ、どこにでも自分のことを運が悪いと嘆く御仁がいるものですが、大抵の場合はご自分がなさって来たことが降りかかっている場合が多いようでございます。
天に向かってツバを吐けば、やがて天からツバが降ってくるというものでして、自分のした行いは必ず自分に戻って来るようでございます。

さて、ここに自分の運の無さを嘆いている男がおりました。

「ああ、どうしておいらはこんなにも運が悪いんだろう。同じことをしても、それがどんどん好転していく奴もいるというのに、なぜおいらの場合はうまくいかないのだろう」

人は誰しもうまくいかないことがあると、その理由を運の悪さに求めがちですが、果たしてそうでしょうか。

「そこへいくと、笑野(わらの)は運が良いよなあ。あの支部太(しべた)の野郎は、一本のワラから、大金持ちになりやがった」

皆様、だいたいお気付きかと存じますが、どうやら妬んでいるのは、わらしべ長者になった人のようでございます。

「あいつだって、元々は運の悪い男だったんだよ。おいらとは悪運男同士で大の仲良しだったんだ。ところがどうだい。あいつは、ちょっと見ない間に、とんとんとんと出世しちまいやがって、今じゃ綺麗な嫁さんまでもらっておっきなうちで贅沢三昧だ」
いえいえ、わらしべ長者さんは幸せには暮らしているでしょうけど、質素な生活を続けていると思いますよ。

「どこで差がついちまったんだろう。あいつの人生の分岐点は何だったんだ」

下手な考え休みに似たりと申しますが、この男の場合はどうでしょうか。

「最後に会った時に、確かあいつはどこかへ行くと言っていたな。あまりにも運が悪いから、一度お参りにでも行くとかなんとか言っていた。ええと、どこへ行くって言っていたんだったかな」

男はしばらく黙り込んでいましたが、突然何かを思い出したようです。

「そうだ。観音様だ。あいつ、確か観音様にお参りに行くって言ってたぞ。よし、おいらも観音様にお参りして、綺麗な嫁さんもらって豪邸に住んでやるんだ」

動機が少々不純ではございますが、観音様にお参りに行くこと自体は、決して悪いことではございません。
元々、お参りに行くというのは、日頃の出来事に感謝して、それをご報告に行ったり、ご挨拶に行くといったものなのです。
ところが、いつの間にやら自分のして来た努力以上の結果を求める時に行くようになってしまいました。いわゆる神頼みというやつです。
何の努力もせずに困った時だけ神頼みをされたのでは、神様たちもたまったものではありません。

とにもかくにも、男は観音様のところへお参りに来ました。いえ、お参りというよりはむしろお願いでございます。
観音様の前で男は真剣に願い事をしております。

「観音様。おいらは何にも悪いことなどしていないのに、何故か運が悪いんです。運が悪いために何をやっても上手くいきません。どうか、わらから長者さんになれるような運を、おいらにも分けてください。よろしくお願い致します」

男の願い事はひどく虫の良いものでしたが、観音様にしてみたら、前回そのような運を授けた者がいたものですから、この男の願いも無下に断るわけにもいきません。
まあ、前回の男は正直者で真面目な性格だったので、向いている方角をちょっと変えてあげただけで、後は自分の行いが運を呼び込んでいっただけなのです。
でも、この男はちょっと違います。自分で何も悪いことはしていないと言っておりますが、何も良いこともして来ておりません。それで運だけくださいと言われても、「はいそうですか、どうぞどうぞお好きなだけお持ちください」というわけにはいかないのです。
そこで、観音様はある事を考え、男に授けました。

「その男よ」
「えっ? 何だい。何か聞こえたぞ」
「お前にひとつ良い事を授けよう」
「本当ですか、観音様。そりゃ、ありがたい。ぜひとも、綺麗な嫁さんと豪邸を与えてくださいまし」
「そう、焦るではない。物事には順序というものがある」
「へえ、そんなものですかい。では、おいらにはいったい何を授けてくれるんです? やっぱり、わら1本ですか?」
「いや、お前に授けるのは物ではない」
「てえことはあれだ。物じゃなければ人間ですね。豪邸は後回しにして、まずは別嬪さんを紹介してくれるとかですか」
「何を勘違いしておるのだ。私は出会い系観音ではない」
「えっ、そんな方もいらっしゃるので」
「おらぬ、おらぬ。まあよく聞け、男よ。お前は自分に運がないと嘆いておるようだが、運が良くなるような事をした覚えはあるか」
「何です、それ」
「例えば、道端で倒れている鶴を助けてやったとか、海辺でいじめられてる亀を助けてやったとか」
「いやいや。待ってください、観音様。道端にそうそう鶴は倒れているものじゃありませんし、こんな山ん中で海辺なんてございません」
「まあ、例えばの話だ。運とは日頃の自分の行いに対する結果なのだ。運が良い人は、日頃の行いも良いものだ」
「そんな無茶言っては困りますよ、観音様。では、せめて鶴とか亀に出会わせてくれるとかしてもらえませんか」
「だから、私は出会い系ではないと言っておろうが」
「そうですか。やはりおいらは運がないんですね。観音様の力を持ってしてもおいらは救えないという事なんですね」
「そんなことは申しておらぬ。お前に良い事をひとつ授けると言っておるではないか」
「ああ、そうだった、そうだった。で、授けてくれるものとはいったい何でしょうか」
「お礼の言葉じゃよ」
「お礼?」
「そう。お礼の言葉」
「するってえと、あの例の言葉ですかい」
「まあ、普通はお礼の言葉と言えば決まっておるのう」
「ま、普通はありがとうですよね」
「そうそう」
「それが何か?」
「良いか、男よ。今から、どんな事が起きても、いつもありがとうと微笑んで過ごしなさい。さすれば、必ずや道は開けるであろう」
「すると何ですかい。何を言われようが何をされようが、常にありがとうとさえ言っていれば、おいらも運の良い男になれるってことですかい」
「さよう。では、検討を祈る。さらば、達者でな」

そう言ったきり観音様の声は聞こえなくなりました。
男はまだ、ボーっとしております。

「なんだ、なんだ。今のは夢か幻か。おいらの運の悪さをからかいやがったのか。ああ、いかんいかん。こういう考えがいけねえんだな。ここは、おとなしく観音様の言う事をしばらく聞いてみるとするか。観音様、お知恵を授けてくださり、どうもありがとうございました」

男は観音様にお礼を言うと、元来た道を帰って行きました。

それからと言うもの、今までぶっきらぼうだった男は、何が起きても「ありがたや、ありがたや」と微笑んで暮らしておりました。

この男の名前は五平と申しまして、その後綺麗なお嫁さんをもらい、米問屋に婿入りが決まり豪邸で暮らしたという事です。

金持ちになった五平は贅沢三昧することもなく、自分で考案した食べ物を売って、今でも地道に働いているそうでございます。

「おじさん、五平餅3本おくれ」
「へい。毎度ありがたや〜」

嘘か誠か、ありがたや五平の物語でございました。
お後がよろしいようで。

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