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我いまだ木鶏たりえず by 神田南田

 さて皆さん。本日は昭和の大横綱・双葉山のお話でございます。
 この双葉山という力士がどれほど強かったかと申しますと、まあ、ほとんど向かうところ敵なし。
 とにかく勝って勝って勝ちまくっている時のことでございます。
 その勝ち星数えること69勝。その間負けることは一度もなく、つまり69連勝した次の一番のお話でございます。

 その前に、この69連勝というのがどれほど凄い記録なのかと言えば、戦後の強さの象徴、子どもの憧れとして「巨人・大鵬・卵焼き」という言葉がございました。
 巨人といえば王、長嶋が全盛時代。日本シリーズ9連覇という偉業を達成しておりました。
 大鵬も当時45連勝というとてつもない記録を残しており、卵焼きに至ってはこれは強い強い、何が強かったかと言えば、子どものお弁当のおかず人気No.1の座は揺るぎない強さだったのでございます。
 まあ、意見には個人差があるかもしれませんが(笑)、とにかくその強かった大鵬の45連勝の上をいく力士が当時は1人しかおりませんでした。
 それが何を隠そう、隠しませんよ、隠したって仕方がない、前人未到の69連勝。この記録、いまだ破られていないというから大したものです。そうその人こそ双葉山。1936〜1939年にかけての記録でございます。
 これで、どれほど強かったかおわかりいただけたでしょうか。私は生まれておりませんでしたので知りませんが、とにかく強かった(笑)

 時は昭和14年、大相撲春場所第4日、1月15日のことでございます。
破竹の勢いで戦う相手をちぎっては投げ、ちぎっては投げととどまる事を知らぬ双葉山はその積み上げたる勝ち星何と69、本日は70連勝をかけた取り組みだったのでございます。
 相手はと言えば、出羽海部屋の新鋭安芸海。双葉山の70連勝は誰の目にも明らかだったのでございます。
 ところがこの日の双葉山、体調がいつもと違って万全ではなかったようでございます。
 しかし、そこはそれでも双葉山。自分でも負けることなど微塵も感じることはなく、いざ始まりました、はっけよい。
 はっけよい、のこったのこった、はっけよい。
 安芸海が右四つで両まわしをとって食い下がり、十分左上手を引けない双葉山が強引な右のすくい投げから、さらにそり身になって下手投げにくるところを、タイミング良く左の外掛けだ。
 この瞬間、館内は一瞬静まり返った後に、座布団が飛び交う雨あられ、まるで真夏のような熱気に包まれたのでございます。
 この瞬間、双葉山の69連勝は止まったのでありました。
 そして、その後双葉山はこう語ったそうです。
「我いまだ木鶏たりえず」
 ねえ、皆さん。何のこっちゃってことですよね。

 さて、そろそろ本題に入りたいと思いますが、えっ、今までの長い話は何だったのと思いたい気持ちをグッとこらえ、今しばらくのお付き合いをお願いしとう存じます。
 問題は、木鶏ですよね、木鶏。何じゃいそれはということですが、これは中国の古い時代のお話でして、ある王様が闘鶏を育てる名人に鶏を預け、強い鶏に育ててくれと言った時のことでございます。
 10日ほど経ち、王様は名人に、
「どうだ。そろそろ使えるようになったか?」
と尋ねたところ、
「まだまだです。今は殺気だって、しきりに敵を求めています」
と答えました。
 また10日ほど経ち、王様が尋ねると、
「いや、まだです。他の鶏の声を聞いたり気配を感じると、たちまち闘志をみなぎらせてしまいます」
 また、10日ほど経って尋ねると、
「まだダメです。他の鶏を見ると、にらみつけたり、いきり立ってしまいます。もっとストレスを感じないまでにならないといけません」
 さらに10日ほど経ち、王様が尋ねると、
「もう大丈夫です。他の鶏がいくら鳴いても跳んでも動ずる気配がなく、木彫りの鶏のようです。徳が充実している証拠。こうなれば、どんな鶏もかないません。姿を見ただけで逃げ出してしまうでしょう」
というような話なのですが、私などは、それなら最初から木彫りの鶏で戦わせればいいじゃないかと思ってしまいますが、そういうことじゃありません(笑)

 双葉山はこの話に自分自身を重ね合わせ、自分はまだまだ木鶏のように何事にも動ずることがないという域には達していないと、それからも修行に励んだということです。
 そして、敗れた安芸海には良くやったと惜しみない賞賛をしたそうです。
 さすがは昭和の大横綱、なかなか器の大きな力士だったようでございます。
 本日は、70連勝という大記録が失われた瞬間、がっかりするどころか自分を戒め、さらには相手を称えて、そこからまた一層強くなっていったという双葉山の物語でした。

 私なども、あと10日も経ちますとね。講談の上でピクリとも動かない木鶏のようになっているやも知れません(笑)

長い間お付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。これにて終了でございます。

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