シン・チェリーブロッサム・ビューイング by 網焼亭田楽
毎度バカバカしいお笑いでございます。
日本人というものは昔から自然を愛でる心というものを持ち合わせておりまして、春になると桜の花を見て、「何と綺麗な花でしょう」なんて言いながら、花を放っておいて飲むわ食うわの大騒ぎでございます。いったい何を愛でてるのかよくわかりませんが、春と言えばとにかく花見でございます。
花見というのは、何も金持ちだけのものではございませんでして、貧乏人にも等しく見ることのできる景色でございます。見るだけなら、もちろんタダでございます。
でも、そこはそれ、花見となればやはりお酒が欲しくなり、お酒とくればツマミの一つや二つは欲しいものです。
ここで金持ちと貧乏人の差がでてまいります。
貧乏人だって花見の時ぐらいはお酒を用意いたします。純米大吟醸とはまいりませんが、紙パックに入った日本酒だってありますし、本物ビールとはまいりませんが、発泡酒いや第3のビールと呼ばれているリキュール入りのやつもあります。
ワイン好きの方たちのために、これまた紙パックに入ったワインだって用意しているのです。
シャンパンは無理でもスパークリングワインなら何とか手に入ります。
多少のお値段の差はございますが、アルコール度数で言えば、金持ちも貧乏人も大差はございません。
ただ、ツマミとなるとなかなかそうもいきませんでして、金持ちがイベリコ豚の生ハムなんぞを食べているかと思えば、貧乏人は同じ豚でも豚足だったり、えっ、豚足お嫌いですか? 沖縄で言う『てびち』ってやつです。コラーゲンたっぷりでなかなか健康には良さそうですが、イベリコ豚の生ハムの前では、やや影が薄くなっております。
それに金持ちのところには贅沢にもローストビーフなんてものもございまして、いえいえ、もちろん貧乏人の花見にだって牛の肉はございますよ。まあ、肉というよりは内臓と言いましょうか、そうです、牛ホルモン。えっ?それ、豚のホルモン? 失礼いたしました。
さらには、金持ちのところに出てまいりましたのは、油淋鶏(ユーリンチー)ですね。まあ、鳥の唐揚げのようなものではございます。
もちろん貧乏人の方にだって鶏肉ぐらいございますよ。ねっ、その串に刺さったやつ、やきとりって言うんですよね。
などなど、金持ちの花見の席にはインスタ映えしそうな豪華料理の数々が並んでおり、貧乏人の方はと言えば、確かに動物の種類で言えば同じようなものではありますが、ちょいと肉の部位が違ったり、調理の仕方が違ったりしております。
とは言え、ここで言う貧乏人はまだ本当の貧乏人ではございませんでして、本当の貧乏人は花見の場所に来る交通費がございません。
もちろん、紙パックのお酒だのワインだの、第3のビールだのスパークリングワインなどというものなど買えるわけがございません。
そのうえ、豚足だのホルモン焼だのやきとりなんてものは、盆と正月に食べられれば良い方です。
そこで、花見に行けない貧乏人たちはどうしてるかというと、彼らは自分の部屋で楽しんでいるのです。
まず、花見の場所に行けない代わりに、SNSにアップされている満開の桜の花をダウンロードいたします。どこの花見の場所でもたいていの桜の名所であれば、誰かがSNSに写真をアップしているものでございます。
でも、一人で飲んでも寂しかろうと思うのですが、貧乏人には貧乏人の友だちがちゃんとおりまして、固定電話は高いので持っておりませんが、電話代のかからない通信手段として格安スマホだけは持っております。
友だちとの話はズームで行っているんですね。
桜の写真を眺めながら、Zoom会議ならぬZoom花見をして楽しむのでございます。
それで、酒やツマミはどうするのかと心配なさるのですね。
日本酒の一升瓶を用意している人もいれば、中身は水ですが、ウィスキーのボトルを片手に持っている人もおります。こちらの中身は麦茶でございます。ただ、Zoomの中の映像ではそんなことはわかりません。
生ハムやローストビーフ、油淋鶏とまではいきませんが、カマボコと玉子焼きぐらいなら何とかなります。もちろん、カマボコの形に切った白い大根と玉子焼きに見せかけた黄色いたくあんです。まあ、どちらも大根なんですが、ちっちゃなスマホの画面に映った映像では、カマボコなんだか大根なんだか、玉子焼きなんだかたくあんなんだか見分けはつきません。見分けはつきませんが、皆さん見当はついております。
Zoomの中の一人がカマボコに見立てた大根をかじりました。
「最近のカマボコは歯応えがあって、噛むと良い音がするねえ」
すると画面の中の一人が応えます。
「俺は歯が悪いから、生で食うならおろすのが好きなんだ。カマボコおろし」
中にはこんな人もいます。
「私は生よりも煮た方が好きですよ。味噌汁の具はカマボコに限ります」
まあ、そんなカマボコの形をした大根に飽きると、今度は玉子焼き色のたくあんです。
「この玉子焼きも、いい音しやがる」
「俺は玉子焼きは、細く切ってお茶漬けにするのが好物なんだ」
「私は玉子焼きの匂いが好きになれないんです。この漬物臭い匂いが」
皆さん好き勝手なことを言ってツマミをかじりながら、酒も飲み始めました。
「最近の酒はどうも水っぽくなっていけねえな」
はい。それ正真正銘の水でございます。
「だから、俺はウィスキーにしてるんだよ。少なくとも水っぽくはない。おめえさんは酒派かい? ウィスキー派かい?」
「私は酒派ですよ。だって、飼ってる黒ネコはウィスキーは飲まないんです。でも酒なら飲めます。水道酒」
「あっ、今画面の前を黒ネコが横切りやがった。おいおい、縁起が悪いじゃねえか。何かこうめでてえことはねえのかい」
それを聞いていたウィスキーを湯呑みにそそいでいた男が、突然叫びました。
「おお、これは縁起が良い!」
「どうしたんです?」
「俺のウィスキー、茶柱が立っている」
現代版【長屋の花見】、題して【シン・チェリーブロッサム・ビューイング】、お後がよろしいようで。
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