禍話リライト 『猟奇人』より「仏整え」
今年で93歳になるAさんには、既に覚束なくなりつつある自身の記憶の中で唯一今でも鮮烈に覚えている出来事がある。
それは彼が少年時代に見た「変な人」のことだ。
「あれだけは忘れられんなァ…多分死ぬまで忘れんやろと思う。
あんな変な人間は他に見たことが無いから…まァ戦争があったからそら変な人間沢山見たよ。気が触れるっちゅうか、オカシクなってる人間を見た。
けど、そういうの全部ひっくるめても一番オカシイのはあの人やったと思うなって…」
Aさんが育ったのは北九州のMという福岡県と山口県を隔てる関門海峡に面した地域にある町である。
この関門海峡は一見すると川かと思えるほどに狭く、場所によっては泳いで渡れなくもないとも思えてしまうほど狭隘な海峡である。
しかし当たり前のことながら海であるが故に潮の流れが速く、また海運の要衝で通る船の数も多いことからここを泳いで県境を超えるということは常人にはまず不可能で、海水浴をすることすら危険であるとも言われていた。
だがその危険さを理解していない子どもたちはそこへ泳ぎに行くなどしていたという。
少年時代のAさんもそうした子どもたちの一人だった。
当時は今のように危険だということで立ち入り禁止ということにもならず、行くことそのものは容易であった。
そのため事故が起きることも珍しくなく水死体、所謂土左衛門が打ち上げられることも多かったという。
Aさんはそうした水死体が上がりやすい場所を知っていた。
「潮の流れの関係やったと思うねェ。あの場所、どこかは忘れちまったけどそこで3ヶ月に1回は上がってた気がするなァ。
いや最初はね、ワシも怖かったよ。大概の仏さんはどっかね、身体が欠けとるんよ。あとは水を吸って膨らんでたり、腕やら脚やらが無いのもあった。それも気色悪いやろ。でもやっぱ慣れるんよ。それに怖がってると泣き虫や臆病モンやて周りから茶化されるしねェ。強がって怖くないとでも返さんともっと笑われる。やけん慣れるしかなかった。それで慣れてくると今度は怖いもの見たさっちゅうか度胸試しやな。もう遊びに行くみたいに仏様を見に行くようになったよ。仲間には「オカシイ顔しとるなァ」って指差して笑ってるヤツもいた。
まァ子どもなんてそんなモンだよ。ああ、そんなモンだ……」
だから水死体が上がったと聞くとAさんと仲間たちは見物へ行くようになった。
当時は現在と比べていい加減な時代で警察が到着するのも遅かったことから、見物人が集まっているような状況でも子どもたちが水死体を見ることはそう難しくはなかった。
そんなある日、Aさんと仲間たちはまたいつもの場所で水死体を見つけた。
この日は珍しく周りに大人はおらず、Aさんたちが第一発見者だった。
打ち上げられていたのは俯せの状態でAさんと同じくらいの年恰好だとわかるくらい損傷の少ない、男の子の死体だった。
Aさんらは最初、人が倒れているかと思いひっくり返し揺さぶってみた。だが眠っているかのようなその顔は青白く、既に事切れているのは明らかだった。
いつも見ていたものとは違い損傷の無く自分たちと同じくらいの年齢のその水死体に、Aさんたちは珍しさと同時に自分たちの行いに初めて疑問と後ろめたさを覚えた。
「いや、ワシらも悪いことをしとるなァと思ったね。それまで見た死体が全部ボロボロで、人のカタチしてなかったから自分らと違うというかオモチャみたいな感覚だった。でも自分たちと同じような年齢でしかもはっきりと人間のカタチをしていたんで、なんちゅうか親近感が湧いてねェ…」
その時だったという。
「あー、もうホトケさんが揚がったんか」
大人の声がした。
Aさんたちが振り返ると、全く見覚えの無い太った中年男性がヅカヅカと歩いてきた。
漸く大人が来たのだと思ったAさんたちはしかしその男が片手に持つものに違和感を抱いた。
男は木槌を持っていた。
「えっ、何でこの人木槌を持ってンだ!?」
男はAさんたちにこう言った。
「ちょっと退いときィや。ちゃんと整えちゃらんといかんやないか」
そして男は持っていた木槌で水死体の男の子の顔面を力強く叩き始めた。
まるで眠っているかのようだった男の子の顔面は、何回も何回も木槌で叩かれてグチャグチャになっていった。
死体の顔面が原型を留めない、肉の塊としか形容しようがないまでに崩れてもなお男は木槌で執拗に叩き続けた。
堪らずにAさんの友達が叫んだ。
「何しよんねん!仏さんにそんなことしてバチ当たるぞ!」
男はピタっと手を止め、そしてギュッとAさんたちの方を向いてこう言った。
「いいかァ、仏さんには仏さんの姿があるんじゃ。この子だけ綺麗やったら極楽に行った時に仲間外れになるやろ。
他の子と同じようにせんといかん。お前らも嫌やろ、自分だけ仲間外れにされんの。
俺はなァ、こいつだけ仲間外れなんはなァ気の毒やと思うでェ」
そして男は再び木槌を持った手を振り上げ、死体の顔面を執拗に叩き始めた。
初めのうちは肉や骨を叩く鈍い音であったのがいつしか果実のような柔らかなものを潰すゴチャ、ゴチャという音へと変わっていった。
その異様な状況に耐えかねたAさんたちは一目散に逃げ出した。
「なんかわからんけど話が通じる相手やないし、関わってやいてじゃないみんなそんときになって初めて状況を把握したんやなァって…」
Aさんは最後にこう言って話を終えた。
「そういうことがあったからね、仏さん見に行くのもやめたんよ。もしまたあいつに会ったら嫌やないかい…あんな変な人間に二度と会いとうないし、それにあれから色々と考えてしまうんじゃ。オイラが今まで気持ち悪がっていた死体も、実はアイツが木槌で叩いてああしてたんやないかって…
……あとはね、アイツが極楽言ってたのも気になってね...極楽に行ったら、ああいう死んだまんまの姿の連中がおるんやろかねェ…
そこって極楽なんかねェ…あんな姿の連中がその姿のまんまでずっといる場所が極楽って言えるんか…?」
出典:禍話スペシャル・年末年始オールスター感謝祭 後編(2021/12/31配信)
本配信(46:20~)
本記事は猟奇ユニット「FEAR飯」による怪談ツイキャス「禍話」の上記配信より、「仏整え」の箇所を抜粋し書き起こし及び再構成したものとなります。
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参考サイト:禍話Wiki
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