禍話リライト 『猟奇人』より「なんとかして」

映画ライターのKさんが、知り合いのフリーライターのAさんから聞いた体験談。

「オレ、集団行動が苦手で人付き合いとかもしたくないんですよね。だから出張とかの付き合いも最低限にして呑みとかも行かないんすよ…
あ、別に『オレは一匹狼だ~』とかそういうのとかじゃなくて単に人間不信なだけなんですよ。
あと、『なんとかしろ』って言葉が嫌いなんすよ。なんとかする、っていうか無責任な命令とか指示みたいな。会社とかにいるとそういうザックリとしたコト言われるのって多いじゃないっすか。それが凄く嫌で、だから今こうやってフリーでやってるんすよね。フリーだったらあまり『なんとかしろ』とか言われずに済みますし」

Aさんは小学生時代にクラスでイジメ、それも言葉だけでなく殴る蹴るといった暴力を伴う激しいものを受けていた。
最初のうちは男のプライドのようなもので意固地になり、親にも自分がイジメを受けているとは言わず表面上は明るく何事も無いかのように振舞っていた。
しかしそれも限界を迎えある日の朝、抑えていた感情が爆発して両親の前で泣きじゃくってしまったという。
そこで初めて自分たちの子がイジメを受けていることを知ったAさんの両親は、凄まじい剣幕ですぐさま学校側を問い詰めた。
幸い学校側の対応は早く、校長室に両親を呼び校長と教頭そして担任教師が謝罪をしたという。そして担任教師はイジメをしていた生徒全員を呼び出し厳しく注意することを約束した。
その日、イジメをした生徒たちは昼休みに担任教師に呼ばれ、そのまま帰りの会にも姿を見せなかった。
翌日登校してみると、彼ら全員の顔は痛々しいまでに腫れ上がり激しい体罰を受けたということは誰が見ても明らかだった。現在と比べてそうした面が緩かったことに加え、所謂体育会系でまだ教師として日の浅い新人だったこともあり、担任教師も解決に前のめりになってしまい暴力を振るうにまでに至ったのだろう。

そしてこの件はここで一件落着、とはならなかった。

しばらくしてイジメをしていた生徒らは担任から体罰を受けたことへの逆恨みも重なって、それまで以上に激しい暴力をAさんに振るうようになった。さらにAさんの家の壁に落書きがされたり、連絡網を使ったイタズラ電話を頻繁にされるなどイジメの被害はAさんの家族にまでにも及び、両親は再び学校側を激しく糾弾した。
担任は再びその生徒たちに体罰を加え、しばらくするとまたその逆恨みで彼らはAさんに更なる暴力を振るい、それをAさんの両親が再び学校側を糾弾し、といった調子で気がつけば負の連鎖が出来上がってAさんに向けられる暴力は日増しにエスカレートしていった。

そうした暴力の連鎖が終わることなく続いていた、夏のある日のことだった。

その日Aさんのクラスは他のクラスと合同で水泳の授業があり、授業がひと段落して自由時間となったのでAさんは一人でプールで遊んでいた。
するといきなり誰かに力づくで強引に頭を鷲掴みにされてそのまま水中に押し込められた。
Aさんはまたアイツらかと最初は思った。だがいつもであれば流石の彼らでもすぐに終わらせるはずなのにいつまでたっても頭を離そうとしない。
徐々に肺の中の酸素が無くなり呼吸が苦しくなって意識が朦朧とする中でAさんは微かな違和感を覚えた。
力が強過ぎる。
Aさんの頭を掴み力づくで水中に押し込んでいる手の力は到底小学生の出せるものでなくむしろ大人のそれだった。
呼吸もままならずもう少しで意識を完全に失うかと思った次の瞬間、頭を掴んでいた手が力づくでAさんを引き上げた。
水上に引き上げられたAさんの眼前にはいつも自分を虐めていた生徒たちがいた。
やっぱりアイツらかと一瞬思ったが、彼らは全員呆気にとられ愕然とした表情を浮かべていた。

そしてAさんは気づいた。自分の頭を掴んでいたのが彼らではなく自分たちの担任教師であったということを。

「お前らがやってるのはなぁッ!こういうことなんだぞッ!!」

憤怒の形相を浮かべた担任教師は、再びAさんの頭を力づくで水中に沈めた。
「!?」
再び水中に頭を押し込められた Aさんは呼吸の苦しさ以上に自分の身に何が起きているのか状況を飲み込めず頭の中がパニック状態になった。
「お前らなぁッ!こんな風にコイツを殺したいのかッ!!」
担任教師は何度もAさんの頭を鷲掴みにして水中に押し込んでは引き上げ同じようなことを繰り返し繰り返し叫んだ。

「ちょ、ちょっと何やってンだアンタ!」
その異様な光景を目にした他の教師たちは慌てて彼を取り押さえた。

その日を境に担任教師は二度と学校に来ることはなかった。
そして彼の常軌を逸した行動を目の当たりにしてしまったこともあったからか、Aさんへのイジメもパッタリと無くなったそうだ。

「___それでその担任の先生、他の先生たちに取り押さえられた時にずっと何度も何度もこう叫んでたんですよね。

『お前らがなんとかしろッて言ったンだろうがァッ!』

って…
多分、同僚や上司とか校長先生に『お前はなんでイジメが止められないんだ!』とでも言われて周りの色んな人から『なんとかしろ』、『なんとかしろ』って圧かけられまくってそれに耐えきれなくてプツンとなってああなっちゃたんだろうなと思うんスね。
だから僕はああはなりたくないと思ってて。集団でいるとそういう状況に陥る可能性があるから…人間関係とか立場とかで雁字搦めになって詰んじゃう、みたいな時とかにああならないって自信が僕はとてもじゃないけど持てないし…

だから、集団行動とかしないんっすよ」


出典:元祖!禍話 第三十二夜(2022/12/10配信)
36:10~


本記事は猟奇ユニット「FEAR飯」による怪談ツイキャス「禍話」の上記配信より、表題の箇所を抜粋し書き起こし及び再構成したものとなります。

参考サイト:禍話Wiki

*YouTube等での朗読における本記事の使用につきましては、以下記事における公式見解に準じます。


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