禍話リライト 「いない いない」

岡本さん(仮名)が小学生時代に体験した彼の友達にまつわる話。

彼が当時通っていた小学校では一時期変な噂が流れていたという。

「____通学路に変質者、というか不審な女が出るという噂が子ども達の中だけで流れてたんですよ。
普通そういうことが起きたら先生とかPTAや警察が動いておかしくないはずなのにそういう動きは一切無くって…ただ子供たちの間だけでそうした噂だけが流れててたんですね。
かくいう自分も同級生ヅテでその噂を聴いてて…それでその時に知ったんですよ、噂の発信源が当時友達だった荒井くんだったということも。」

その友達、荒井くん(仮名)はクラスで凄い人気者というわけではなかったが、人当たりも良く勉強や運動もそこそこ何でも出来るタイプで、イジメの類も一切行わない元気な一人っ子で人望もあり、岡本さんとも仲が良く友達も多かったそうだ。
その荒井くんが言うなら嘘とか狂言の類でなく本当に違いない、と岡本さんはその時思ったそうだが同時に違和感も感じていたという。

「普通不審者とかの目撃情報って、刃物を振り回してくるとか変なことを大声で喚くとか、そこまでいかずとも虚ろな目をしてるとかフラフラ歩いていた、とか行動に何かしらの特徴も入ってるじゃないですか。そういうのがある上で気をつけましょうってニュアンスも込めて情報を流しているわけでもあるし…でもその噂だとそういうのが一切無くて情報として要領を得ないというかはっきりしなかったんですよね。」

それから一週間経ち、学校では先生やPTAも特段不審者対策や警戒などで動く気配が全く無い中で、その噂に違和感を抱いた岡本さんは当時新聞部に入っていたということもあり、噂について先生や生徒に聞き込みなどを行って調べていた。そして岡本さんはその通学路に出没する不審な女性に遭遇したのは荒井くんだけだということを知った。

「先生たちも最初は荒井くんから話を聞いて一応対応こそしていたけど、目撃者が荒井くんだけだったことや証言も要領を得なかったことと、なにより荒井くん自身がそこまで怯えたり怖がったりしていなかったこともあって、どうすればいいのか対応に困って一時保留していたみたいなんですよね。
調べてみても万事そんな調子で何が何だかわからなかったので、そのあとたまたま荒井くんと一対一で話す機会があったので、その不審者の話についてさりげなく尋ねてみたんです。」

荒井くんが話すには、その女は特徴らしい特徴(背が高いとか痩せこけていた等)が全く無くPTAや授業参観にいても何らおかしくないごくごく普通の外見をしていたという。

「当然そんな身なりだから最初は違和感とか一切感じることなくただの通行人かと思ってたみたいなんです。で、その後すれ違った時にその女がおかしいことに気付いたらしいんですよ。」

荒井くん曰く、すれ違いざまに見たその女は所謂「いないいないばぁ」のように両手で顔を隠し、そのままの態勢で荒井くんのことを走って追いかけてきたという。

幸い長い距離を追いかけ回されることもなく、路地の角に逃げ込んだりするとそれ以上追いかけてくることは無かったそうだ。
そのようなことが一度ならず何度もあったもののその女が深追いしてこなかったことや、追いかけられてしばらくしたらその時に感じた恐怖も薄れていったという。そのため、両親にも一連の出来事を伝えたりはしていなかったそうだ。

結局岡本くんも特にそれ以上の詮索をすることもなく、有耶無耶になったままなんら変わることのない日々が過ぎていった。

そんなある日、岡本さんは新聞部で出す記事を書き上げるために顧問の教師と一緒に部室で居残っていた。
時刻も5時くらいになり顧問からそろそろ帰るよう促されつつも粘っていたところへ、廊下をもの凄い勢いで走りながら大声で叫ぶ荒井くんが息を切らして駆け込んできた。

「ヤバいヤバイヤバいヤバい!校門っ!校門まで来てるッ!」

荒井くん曰く、下校しようとしたら校門前にあの女がいたというのだ。
すれ違いざまにその存在に気づいた荒井くんは女に追いかけられ、学校の周りを外周するようなかたちでやっとの思いで校舎に逃げてきたという。

部室が職員室の隣だったこともあり、騒ぎを聞きつけた顧問をはじめとした教員たちが校門や学校の周辺を虱潰しに調べたものの、結局荒井くんの言うような女がいたという痕跡は全く見つからなかった。しかし彼にまつわる事情が教員側で周知されていたことや、何よりも尋常ではない彼の様子を見て流石に嘘ではないと判断された。そして一連の件を両親に説明した上で荒井くんの登下校には共働きだったこともあり父親か母親どちらかが同伴することとなった。

「流石にここまでくると先生たちもこれはもう只事じゃないということで、その頃にはPTAとかも動いて見回りの強化とかの対策もとるようになったんですよね…
そもそも、『いないいないばあ』の姿勢のままでしかも学校を外周する距離をずっと追い回してきたわけですからどう考えてもマトモじゃない訳ですし…」

そうして荒井くんの登下校に親が同伴するようになってから一週間ほど経ったある日、新聞部の活動で居残っていた岡本さんは帰り際に偶然荒井くんと鉢合わせた。

「なんでも、わからないことがあったからその日は図書館で勉強してたそうなんです。まぁ、彼らしいといえばらしかったんですけどね…
一応もうすぐ迎えが来るということだったのでせっかくだからと途中まで一緒についてくことにしたんです。そして校門まで行った時に…多分白だったんじゃないかなぁ…ワゴン車がやって来たんですよ。」

ワゴン車は校門の前で停まり、荒井くんがそれに乗ろうとしたので、岡本さんは一瞬親御さんのうちの誰かが迎えにきたのだと思った。

しかしその直後に強烈な違和感を抱いた。

「荒井くんの家にはよくお邪魔することがあったんですけどね…その時彼の家にあった車って普通自動車と軽自動車の2台だったんです。だからそんなワゴン車なんかで迎えに来るってことはまずあり得ないんですよ…
だから、車に乗ろうとした荒井くんを呼び止めて…そしたら彼もそこで漸くそのことに気づいたようで、そしたら丁度その時ワゴン車の後部座席のドアが開いたんです。」

ワゴン車の中は真っ暗で車内に誰がいるのか最初はわからなかったが、当時のワゴン車のドアの開閉は基本的に手動だったこともあり、少なくとも中に誰かいるだろうと思った岡本さんは防犯用にと持たされていた懐中電灯を点けて車内を照らした。

「懐中電灯を車の中に向けて二、三振りしてみてその時わかったんです。彼、つまり荒井くんは決して嘘なんかついたり見間違いをしたりなんかしていなかったということが____」

懐中電灯によって照らされた車内の、丁度人が乗っているだろうと思われるところに手のひらで顔を隠した髪の長い女がいた。

「____でもね、直に見てわかったんですけどその女、『いないいないばぁ』をしてたわけじゃないんですよ。なんていうか、その…右手を横にして額を掴むようにして目から上を覆っていて、左手も横にして鼻から下を覆っていて…
それでその、その女の目と鼻しか見えなかったんですけど、その目も全く笑ってなくてただ…ただこっちを凝視してて…」

そして女はくぐもった声で、

「いないいない、いないいなぁい、いないいなあい」

と彼らに向かって連呼しつつ徐々に声を大きくしながら車から身を乗り出そうとしてきた。

パニック状態に陥った岡本さんと荒井くんは校舎へ助けを求めようといった考えも全く浮かぶ間も無く一目散にその場から逃げ出し、校舎裏を通って校門に通じていない正規ではない通学路を通って這々の体で逃げてきた。

「あんなのにしょっちゅう追いかけ回されててその上しばらく経つと怖く無くなるなんて、そしてあれを『いないいないばあ』と喩えてしまう彼の肝の太さに改めて驚かされましたよ…
そして改めて思ったんですよ、あれは『いないいないばあ』なんかじゃないって…」

結局岡本さんは荒井くんの家まで同行することにし、何事もなく二人は荒井くんの家まで無事に辿り着くことが出来た。

「家の前には白いワゴン車なんて無くて見覚えのあった普通自動車と軽自動車が停まっていて、そして彼が呼び鈴を鳴らしたらドアが開いて彼のお母さんとお父さんのいつも通りの『おかえり』って声がして…もう大丈夫だなって思ってそして彼に『じゃあな、お父さんお母さんにもちゃんと言えよ。』と言ってそれでドアが閉まったときに、頭の中で違和感と恐怖がもの凄い勢いで湧き上がってきたんです。

『なんでお父さんとお母さんは学校へ迎えに来なかったんだ?』
『なんであんな目に遭っている息子が無事に帰ってきたのに平然としてるんだ?』

って…
その瞬間なんていうかもう理屈とかじゃなくてもうとにかく怖くなって頭の中がぐちゃぐちゃになってその場にいたくなくて逃げるように自分の家に帰ったんです。それで、自分の両親にも荒井くんの両親がおかしかったこと以外の一連の出来事を話したんです。」

翌日、いつもより早く学校に着いた岡本さんは同じように昨日の出来事を担任教師にも伝えた。
それを聞いた担任の反応は驚きというよりかは腑に落ちたような、しかしどこか納得しきっていない様子だった。
曰く、ついさっき荒井くんの両親から連絡が入ったのだという。

「思い当たる節もあり、警察とも話し合って暫くの間遠くの親戚の元に荒井くんを預けるとのことで、場合によってはそのままなし崩しで転校するかもしれない、という内容だったそうです。ただ、先生自身はもしかしたらそうじゃないのかもしれない、みたいな歯切れの悪いことを言っていたのが妙に記憶に残ってました。」

その後何度か顔を合わせることこそあったものの、結局ほとんどやりとりが無いまま荒井くんは小学校を転校してしまい、そのまま彼と二度と会うことなく岡本さんは小学校を卒業した。

そして十数年経ち大学生となった岡本さんが小学校の同窓会に出席した時のことである。
「結局荒井くんは連絡がつかなかったとのことだったんですが、丁度その担任の先生は出席していて話す機会があったんです。
色々話していてふと荒井くんの話題になったときに酒の勢いもあったんでしょうね、ふとこんなことを呟いたんですよ。

『荒井、アイツは成人迎えてないんじゃないのかな。』

って。
それで気になって詳しく聞いてみたんです。」

担任教師曰く、荒井くんの両親から連絡があった時荒井くん自身とも電話でやりとりをしたのだという。

「話した内容そのものはクラスを離れて寂しくなるかもしれない、とかごくごくありきたりなものだったし話のトーンとかも異常を感じさせるようなものは全く無かったそうなんです。

…ただ、その…その先生が言うには荒井くんと話している間中くぐもった、何を言っているのか全くわからないまるで叫んでいるような声がずっと荒井くんの真後ろ辺りから聞こえてたらしいんですよ…
だから…だから、荒井くんは成人は迎えてないのかな、って…」

付記

この話の語り部であるCさんは最初この話を知り合いであるOさんにも話したのだそうだ。
そしてOさんは次のようなことを言っていたという。

「____これ、その女が言ってたの絶対『いないいない』じゃないよね。
声がくぐもって聞き取れなかったのならそれに似た言葉を言ってたのを聞き間違えたってことなんじゃない?だって目が笑ってなかったって言ってたワケだし。

まぁ安直に考えるなら『いたいいたい』とか。

えっ?『じゃあなんであんな変なポーズを取ってたか』って?

そりゃ他人様に見せられるくらい残ってたのが目と鼻だけだったからじゃない?

まぁ、生きてるモノでは絶対ないよね。」


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出典:シン・禍話 第十五夜(2021/06/19配信)
1:18:24~

本記事は猟奇ユニット「FEAR飯」による怪談ツイキャス「禍話」の上記配信より、表題の箇所を抜粋し書き起こし及び再構成したものとなります。

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参考サイト:禍話Wiki

*YouTube等での朗読における本記事の使用につきましては、以下記事における公式見解に準じます。


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