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禍話リライト「石鹸トイレ」

九州の山にあるトイレが怖い、というお話。

そのトイレは山中にポツンとあるわけではなく、ダムに併設されているのだそうだ。
外観はまあまあ綺麗で、水洗設備も整っている。
大抵の人は普通に使えるような、まともなトイレである。

ただし、現在そこの男子トイレには石鹸がない。
これから語るのは、そうなる前の出来事。


****************

その男子トイレには、洗面台が2つ並んでいる。
石鹸置き場もそれぞれあり、ダムの管理事務所の職員が定期的に固形石鹸を補充・交換していた。

いつの頃からか、妙ないたずらが起こり始めた。

朝見た時は普通だった2つの石鹸が、夜になると乱暴に1個にまとめられている。
手でぎゅうっと握りしめたように押し固められ、表面がデコボコに、くしゃっとされてしまう。
何が面白いのかわからないが、そんないたずらがたびたび発生した。

馬鹿な奴がいるもんだね、なんてダムの職員達は呆れていたが、しだいに気味が悪くなってきた。
というのも、ダムへ至る途中で道路工事があり、一般人が入ってこれないはずの時でもその石鹸のいたずらが起こったのである。

対策として、見回りを強化することにした。
朝、昼、夕方、と当番制でトイレをチェックする流れを決めた。


それから何日か経った頃。
「お疲れ様です」
夕方の見回りに出た職員が事務所へ戻ってきた。

「やっぱりまたぐちゃぐちゃになってましたよ」
彼は例のいたずらがあったことを報告した。

「今日はそんなに観光客もいなかったよなあ…
なんなんだろうなぁ…」
報告を受けた同僚が考え込む。
関係者以外の車を見た覚えもない。
誰かが徒歩で来ているのだろうか。

「おかしいですよね…」
見回ってきた方も不安そうに返事をする。
会話を続けようと、彼の方に視線を向けた職員が気付いた。




「お前、手どうしたんだそれ?」


そいつの手が石鹸まみれになっていた。
彼自身もその瞬間に気付いたらしく、驚いた声を上げる。

本人も無意識のうちに、見回りをしていたはずの彼が石鹸をぐちゃぐちゃにしていたのだそうだ。


「っていう怖いところがあるんですよ…
 これからそこに行きましょう!」
「「え??」」
後輩の車でカラオケに向かっているつもりだった青年達は、そうではなく肝試しに連れていかれていることをその時知った。



****************

彼らは同じ大学の学生達である。
夏の夜、後輩カップルとその誘いに乗った先輩達の4人で適当に遊ぶ、はずだった。

先輩達が合流して後輩の車に乗り込み、そのまま運転を任せ、車が走り出したところでここまでの話をされた。

そのカップルは彼氏も彼女も、そういう怖い話が好きだったらしい。
しかし先輩達の方は別に興味がなく、青天の霹靂だった。どちらかというと苦手ですらある。

「カラオケに行くって話じゃなかったのかよ」
と抗議するが、後輩の返事はつれない。

「行きませんよ、なんならダムに向かって歌えばいいじゃないですか」

昼に下見しておいたんで、との用意周到さには、こんなことに手際の良さを発揮するなよ、というあきらめ気味のツッコミしかできない。
集合時刻が遅かったため、参加者を増やしたり、別の遊びを提案することも難しい。

結局そのまま目的地へ着いてしまった。


夜のダムにはあかりがいくつか灯っていた。
問題のトイレも、外観上は無難な様子だった。
色々な意味で「ちょっといい雰囲気」と言ってもいいだろう。
が、先輩二人はすっかりお通夜にでも行くようなムードを漂わせている。

その空気を無視して、後輩が肝試しの流れを話し始めた。

「これからね、一人ずつ行こうと思うんですよ」
「「絶対やだよ」」
先輩達の声が重なる。

まあまあ、と後輩が続ける。
「俺らで紙を仕込んでおきましたから」
要するに、ちゃんとトイレの中まで入った証拠をその紙に残せということらしい。

「トイレの一番奥側に用具入れがありましてね、そこのバインダーに紙を挟んでおきましたから、それとペンも用意しましたから」
各自の名前を書かせることで、行ってきたふりでごまかすのを防ぐ企画力の高さである。

先輩達はまだ車から降りずに抵抗する。
「お前らは昼間トイレの中を見てるから怖くないかもしれないけどさ、こっちは急に話聞かされていきなり行くって嫌だよ」

後輩もここまで来て引き下がる様子はない。
「行きましょう、面白いですよ絶対、こうやってペンもわざわざ買ってきたんですから」

運転席から振り返ってペンを見せつける。





その手が石鹸でビチョビチョになっていた。


…全然気づかなかった。
合流してからここまで、後部座席からしゃべっていて、前の2人をちゃんと見ていなかった。
今日会った時点で既に、こいつの手は石鹸まみれだったということか。

先輩の頭の中を色々な思考が駆け巡るが、うまく言葉にできない。
「いや、お前…」

ドッキリ的な仕込みも疑ってみたものの、すぐに違うとわかった。
車のハンドルまでぐちょぐちょになっている。
ドライブが趣味で、自分の愛車を大切にしている後輩がそんな真似をするはずがない。
助手席の彼女が平然としているのもおかしい。

「ねぇほら、このペンを…」
彼女がペンを触ろうとする。
その手も石鹸まみれだった。


限界を迎え、転がる勢いで車外へ飛び出した。
もはやトイレよりも車内が一番恐ろしい。

後輩達は追いかけてこなかった。
仕込みなら今がネタばらしのタイミングだろう。
しかし2人とも車から出てこず、車内で笑い合っているようだった。

車にはもう戻りたくない。
ダム側に逃げることもできない。
山道の方がまだまし、と生存本能が働いた。

山の下り方向へ走りだした彼らを、後輩達が車で追いかけてくるようなことはなかった。

先輩達は暗い山道を必死で駆け抜けた。
途中で立ち止まらずにひたすら全力で走り続け、見知った景色のあたりまで戻ってきた頃、どっと疲れを感じたそうである。


何日か経っておそるおそる連絡をとったところ、後輩達はその夜の記憶がないようだった。

車がすごく汚れていて掃除しなくちゃいけない、なんて文句を言っている。
自分達を誘ったことも覚えていない様子にうすら寒いものを感じ、距離を置くようにしたそうだ。

****************

最初の頃は、石鹸が端っこに移動しているとか、おとなしめの現象だった、のかもしれない。
誰も気づかないでいるうちに、石鹸がグシャッとなるほどの、明らかに異常だとわかる行為にまでエスカレートしていった…のかもしれない。



出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

ザ・禍話 第二十夜(2020/08/01放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/632020757
0:30:50ごろ〜


こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/


【補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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