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禍話リライト「yのいるビル」

「最近あいつ警備員のバイト始めたんだって」
大学の部室で怠惰に過ごしていると、そんな話が出た。


そこにいたのは暇を持て余した学生たち。
たまたまその場にいない奴の話になり、上の言葉につながった。

警備員ってお給料いいらしいね、なんて受け答えが続く。
その話はそれ以上膨らむこともなく、ダラダラと過ごし続けて、日付が変わる真夜中ごろ。

先ほど話に出た、警備員を始めた青年から電話がかかってきた。ちょうど今あるビルの警備中で、そこへ来てほしい、というお願いだった。

「『ちょっと来てよ』ってお前、電器屋さんとか遊園地とかじゃないんだからさ」と同期の青年がつっこんだが、そのビルは特別で、人を呼んだりしても平気らしい。
「一人でいると怖いんだ、大学からは歩いて20分ぐらいだから」と誘い続けてくる彼に付き合ってやることにして、部室にいた3人で向かった。
全員ひまだったのだ。

言われた通り、その少し古めの小さなビルへ来たところ、入口までバイト中の彼が出てきていた。

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登場人物が増えたので、彼らをA〜D君としよう。
警備員のアルバイトをしているのがA君、
その同期で電話を受けたのがB君。
付いてきた後輩2人のうち、普通の体型がC君で、
太っているのがD君。
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A君は気軽にビル内へと案内する。
セキリュティが気になったが、「このビルはザルなんだよ」とあっさりしている。
そして、変な雰囲気だろう、と周囲を見回した。

それはB君達も感じていたことで、その辺りは妙にひとけがなかった。そこだけ街灯がついていないようでなんだか暗い。全然人が通らない。
そんな場所の中心にあるのがこのビルなんだよ、とA君は続けた。
一本違う道ならコンビニもあるし、人通りも普通にある。しかしここは明らかに違う。


そのままビルの中の警備員室まで案内される。
部外者を入れちゃまずいだろう、とB君が当たり前のことを聞いたが、大丈夫だと思う、とA君は返事をした。


彼がこのビルの警備に入るのは3〜4回目とのことだが、初回にバイト先の先輩から説明された時、この場所の警備はちゃんとやらなくてもいい、と言われたそうだ。
他のビルの場合、最初は普通に様々な説明…見回る範囲や監視カメラの確認など、があった。
だが、ここについては、なんだったらビルの中に入らなくてもいいらしい。

案内された警備室の中は、確かにあまり使われていないようだった。
監視カメラのモニターや、仮眠用のソファなどがあるにはあるが、使い込まれた様子がない。
また、普通だと警備員がちゃんと見張っているか抜き打ちでチェックがあったりもするそうだが、やはりこのビルだけそういうことがないという。
すっかりA君のワンオペになっている。


そしてA君は、「この日記が気持ち悪いんだよ」と机に置かれた警備日誌を開いてみせた。

それは日報のようなもので、警備の担当者がその日の業務内容を簡単に書き込んで、上司が確認後ハンコを押す、というよくあるやつだった。

ここだよ、と彼はある日の内容を示す。

… 2F 廊下にy

アルファベットの小文字のyが書かれている。
他にも何種類か符丁を使うことはあるけど、このyの意味は聞かされていない、とA君は補足した。

A君はさらに他のページも開いてみせる。

… 3階 女子トイレ y

yとは何なのか。いまいちわからない。

ヤンキーのことかよ、などとB君が茶化すが、もし不審者が入ってきたら、こんな記述で済まないのは想像がつく。害虫をぼかす「G」のようなものだとしても、日誌にわざわざ書く必要がない。

最後にここを見てくれ、とA君が別の日を開いた。

… yが警備員室の前を往復しているため出られず
1時間ほど

だいぶ気味が悪い内容になってきた。
部屋の前を往復、はちょっと意味がわからない。
そして変な話だが、それら全てにちゃんと上司の確認印が押されていた。

A君は警備員の先輩方に色々聞いたが、誰も教えてくれなかった。意地悪やいたずらな訳でもない。
警備のバイトを長く続けたいなら、ここのビルはちゃんとやらなくていい、と彼らは口を揃えた。
本当にビルから出て、外でジュースを飲んでいたりしてもいいのだそうだ。


まだ自分の時には何も起きていないけど怖くて、それで皆を呼んでしまった、とA君は本気で申し訳なさそうにしている。
真面目な顔で友達にそんな話をされ、B君としてはしょうがないな、と言わざるをえない。

しかし、先輩達は知らなかったのだが、後輩の2人はいずれもオカルトマニアだった。
心霊馬鹿、ともいえるだろうか。
彼らは警備日誌やいまの話に触れた結果、むしろテンションがブチ上がっている。

ナーバスになっているA君をよそに、自前のカメラやらライトやらを取り出して、それぞれビルの中の探索に向かってしまった。
なんでも楽しめる奴はいるもので、携帯でB君達に状況報告を送ってくる。


「オーブが撮れました!」
…それ、ただのほこりだろ?

「ここにカメラ定点で仕掛けてみますね!」
…それ、定点って言いたいだけだろ?

「誰かの物音がしましたー!」
…俺らが見回ってる音だよ。

すっかり後輩達は楽しんでいるようで、ある意味安心でもあった。



先輩2人は真面目に、連れ立って2回ほどビルの中を巡回し、やがて3時を過ぎた頃。

その頃になるとだいぶA君も落ち着き、警備室で
B君と夜食のラーメンを食べていた。
後輩2人はまだそれぞれ探検を満喫している。

本当に今日はありがとう、今度ご飯奢らせてよ、とA君はしきりに感謝している。
いいっていいって、なんてB君は気楽に返す。
それよりもこのラーメン、90秒で出来ていいね、などと他愛もない話をしている最中だった。



カメラのモニターに目をやったA君が「え?」と声をあげた。
そしてB君に尋ねる。

「…女の子も連れてきた?」


もちろんB君は否定したが、A君はカメラの画面の向こう、3階で女性が通ったのが見えたという。
それが幽霊のような動きではなく、いかにも普通の女の人らしき様子だったそうだ。
何か残っていた仕事をしにきたか(一応テナントにオフィスが入っていた)忘れ物を取りに来たかのように、普通にどこかの部屋に入ったらしい。

2人で3階のカメラに注目すると、オフィスのドアが開き、ナチュラルな感じで女性が書類を持って出てきた。
そのまま隣の部屋に入っていく。
カメラに映っていたのは短い時間だったが、確かに普通の人のように見えた。

いや、やっぱりおかしい。

今は夜中の3時である。
フロアの照明は電源を落としている。
それに女性が開閉したドアは、さっきの巡回時に施錠したはずのところだった。
俺がガチャガチャして確かめたあそこか、とB君も気がついた。

よくある幽霊映像のように画面が乱れたり、物理法則を無視した動きではなく、本当に普通に書類のコピーをとるような動きだったが、逆にそれがぞっとした。


これはヤバい、と探索を続けている奴らに電話をかけ、いま3階でな、と急いで説明する。

C君は「すぐ戻ります」と素直に返事をした。
問題はデブのD君の方で、この連絡を受けてさらにテンションが上がってしまったようだった。

「俺、今行ってみます!」
…行くな馬鹿!

そのまま電話を切られてしまった。行きたくないが、連れ戻さないとまずい。
そうしているうちにC君が戻ってきた。

連れ戻すため、A君にビルの構造を確認する。
通常の階段以外に、各フロアを繋ぐ出入口として非常階段が一応ある。あるのだが、滅多に使っていないし、何より真っ暗だという。
と、突然大きな物音がした。

ゴロゴロ、ドンガラガッシャン、と何か重いもの…誰かが階段を転がり落ちたような音だった。
相変わらずD君は電話に出ない。
物音の位置から2階あたりと見当をつけ、電話の音を頼りに彼を探しに向かった。

A君には警備室に残ってもらい、彼と連絡するためトランシーバーを借り、C君を連れて2階に急ぐ。


電話の着信音は、2階の非常階段の扉の向こうから聞こえていた。扉を押し開けようとしたところ、何か引っかかって少ししか開かない。
どうやらD君のボディにぶつかっているらしい。
ドアの隙間から、向こうで「イタタ…」と痛む彼の声がする。

D君に「お前何やってんだよ」と、安心半分、呆れ半分で尋ねた。
彼はさっき電話をとった時、非常階段の1階にいたという。そこが真っ暗で、何かお化けが出そうだと思って探していたらしい。
B君から3階フロアで女性が出たと聞いて、階段を駆け上がったそうだ。
「そしたら突き落とされました」と彼は続けた。

突き落とされた、とは誰かがいたのだろうか。
お化けでなくても、ヤバい奴がいたらすぐにA君に伝えないといけない。

いきなり突き落とされましたよ、と体のどこかをさすっているようなD君に、「誰がいたんだよ」と答えをせかすが、彼は微妙にかみあわない答えを返してくる。

「わかんないもんですよね、さっきまでニコニコ笑って一瞬に歩いてたわけですよ。そしたら急に豹変して、顔も真っ白になって突き落としてくるんですからね、わかんないもんですよ」
…お前、何言ってるんだよ?

「だから、さっきまで楽しい会話をしてたのに、急に静かになって、顔面蒼白になったと思ったら、いきなり突き落としてくるんですよ、女性ってわかんないもんですよね」
………いやお前、何言ってるんだよ?

C君はもう震え出している。B君も早く逃げたい。

D君はまだ納得がいかない様子で話を続けていたが、いいから早くドアを開けろと急かす。

じゃあちょっとゆっくり立ちますね、と向こうで動く気配があり、開きかけたドアの隙間にD君の指が差し込まれてきた。

その右手の指。


D君がドアに手をかけ、彼の親指以外の4本の指がこちら側に見えたのだが、中指と人差し指の爪に青いマニキュアが塗られていた。


「お前これなんだよ!」と焦るB君達に、D君は「これはちょっと、ふざけて塗ってもらって…」と言いかけたが、自分でしゃべっていて異常な状況に気づいたらしい。
「うはあっ?」と変な声をあげる。
これはもう駄目だ、と3人とも一気におびえたが、どうすることもできない。


そのタイミングでトランシーバーの向こうから、
大丈夫か尋ねてくるA君の声が聞こえた。
こちらの細かい話までは聞こえておらず、デブが倒れ込んで動けなくなっているだけ、だと思っている様子だった。
車椅子があるから持っていくよ、という彼の提案に助けられた。説明をあきらめて「頼む頼む」とお願いし、A君を待つ。立派なライトも持ってきてくれるらしい。

待っている間、心霊馬鹿のC君が調子を取り戻してきた。
「塗ってもらった、って、いつ塗る時間あったんだよ?」
D君が答えるには、非常階段の踊り場でひまな時間があり、「ちょっと塗ってあげるよ」と塗られたらしい。
「暗闇でも綺麗なものだね」と相手は満足そうにしていたという。



1人で探検なんかさせるんじゃなかった、とB君は後悔した。2時間近く放っておいたので、こいつがいつからその誰かと一緒にいたのかわからない。

その上、少しだけ開いている扉の向こうから、D君以外の誰かの声がすることに気づいてしまった。1つ上の踊り場あたりでボソボソしゃべっているようだ。
必死にその言葉の内容を聞かないようにしていると、やがてA君が車椅子を持って到着した。

「大丈夫かよ、…え?」とA君が戸惑った。
運の悪いことに、彼の持つライトの照らした先がちょうどD君の指、マニキュアが塗られたあたりを照らしてしまっていた。

とりあえずこいつを助けることだけを考えよう、と扉を開けた。扉の先にいたD君は腰を強く打ってしまっていたようで、自力で歩くことができない様子だった。

そこからは全員、ものすごく迅速に動いた。
B君とC君がみこしを組むような陣形になり、D君を車椅子に乗せる。そしてすぐ1人が後ろに回り、もう1人がライトを持って先導する。
A君は彼らが走り出すまでの間に、普段は持ち歩くだけだった非常階段の扉の鍵を取り出し、逃げる準備ができたのを見ると、即座にその扉を閉めて鍵をかけた。
そのままダッシュでビルの外まで駆け抜けた。
そこだけ見たら、車椅子競走の爽やかなゴールの瞬間、のようだったかもしれない。




迅速に動いたのには、もちろん理由がある。

彼らが非常階段の扉を開けてから逃げ出すまで、ずっと上の踊り場から「怪我をさせるつもりじゃなかった」と申し訳なさそうな声がしていた。
「ふざけて押しただけで…
こんなことになるとは…」と泣きそうだった。
深夜にそんな様子で佇む女の人が、普通の人間なわけがない。


ビルの外で息を整えながら、あれはヤバい奴だ、と口々に言い合った。
ただの人間ではないと確信している一方で、そのような存在が物理的な痕跡、つまりマニキュアを残しているのが恐ろしい。

そこであらためてD君の右手を確認しようとしたのだが、それがもうわからなくなっていた。


さきほど慌てて車椅子に乗せて逃げ出したとき、彼の手を少し引きずってしまったらしい。
その指先が血だらけになっていて、マニキュアが塗られていたのかわからない状態だった。

それでも、あの綺麗な青いマニキュアは、絶対に見間違いなんかじゃなかった、と全員思った。


数分後、少し落ち着いたA君がバイトの先輩に頼み込んで応援に来てもらい、恐る恐るビルに戻って巡回したところ、もう何も見つからなかった。



その後の話…A君がそこの警備員のバイトを続けたのかなどは伝わっていないが、とりあえずD君の腰は無事に回復したらしい。



出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

禍ちゃんねる 元祖禍民降臨スペシャル(2019/06/24放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/552123878
2:06:50ごろ〜


こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/


【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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