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禍話リライト「学生証」


昭和の時代、ある高校での出来事だそうだ。
その高校には使われなくなった旧校舎が残されており、自由に出入りできる状態だったという。



ある時、何人かの生徒が旧校舎からちょっとした道具をとってくることになった。学校行事か何かの準備だったらしい。

自由に入れるといっても、用がなければわざわざ旧校舎に行くことはない。物珍しさもあり、彼らは探検気分で中を進んでいった。
男子が無駄に色々な部屋を開けたりして、女子が注意しつつも本気で怒りはしないような、そんな調子だったそうだ。

旧校舎内には、机や椅子が置かれたままの教室もあった。この中にパンとか入ってたらやばいね、なんて男子がふざけて机を探っていると、一つの机から学生証が出てきた。

その学生証は、ビショビショに濡れてしまったのを乾かしたような状態だった。全体的に滲んで、顔写真もはっきりしない。唯一、氏名だけは文字がなんとなくわかった。

読み取れた名前はかなり珍しかった。ふざけるのを注意していた女子も、おや、と目を留めた。
学生証の名前に心当たりがあるらしい。
その人は彼女のお兄さんの同級生だったが、自殺してしまったそうだ。

皆のテンションが少し下がった中、彼女は一人、ひどくおびえて震えだした。
その人は溺れ死ぬ形で自殺したのだという。

遊び続けるような雰囲気ではなくなり、ふざけていた男子達も謝って本来の用事を済ませ、足早に旧校舎を出た。


旧校舎に行ったメンバーの一人をA君としよう。 彼はどちらかといえば真面目なタイプだった。
ちょっとふざけたら気持ち悪い目にあった、最初にふざけたのがよくなかった、と反省しつつ帰宅したところ、母親に買い物を頼まれた。

ちょうど醤油だかを切らしてしまったらしい。
お安い御用と引き受け、小銭を渡そうとする母親に、それくらい自分で払うからいいよ、と返事をした。よくできた子である。

念のため確認、と自分の財布を開いたところまでは良かった。

財布から例の学生証が出てきた。


一瞬とても驚いたが、そういえば、と思い当たる節があった。
探検の後、A君は鍵のかからないロッカーに財布を入れていた。当時はおおらかな時代である。
そのタイミングで、一緒に旧校舎に行っていたB君にやられたのだろう。

このB君がくせもので、こんなことするのかよ、というレベルのいたずらを平気でしてくる。
自殺したと聞いた人の物を持ち出すなんて、普通は考えられないが、彼ならあり得る。

あの場では神妙にしていたのに、結局こんな悪戯を仕掛けていたとは。
A君はひとまず買い物を済ませ、帰宅してからB君の家へ電話をかけた。
繰り返しになるがこれは昭和の話で、携帯電話が存在しない頃である。

電話口で問いただすと、やはり学生証を仕込んだのはB君で合っていた。彼はあっさり認めた上で、
ほんのいたずらじゃねえか、なんて開き直った。
こいつは本当にどうしようもない。
ひととおり説教したあと、明日は昼をおごれよ、なんて言葉で会話を終わらせた。



その日の深夜、A君の家の電話が鳴った。

ジリリン、と鳴る音で起きたA君が時計を見ると、草木も眠る丑三つ時だった。こんな時間の電話は不吉な予感がする。
不思議なことに、彼よりも電話に近い1階の両親は起き出す様子がない。目が覚めているのは彼だけらしかった。
しょうがない。彼は部屋を出て階段を降り、まだ鳴り続けている電話を取った。

⎯⎯ ほんのいたずらじゃねえか。


受話器からB君の声が響いた。

相手が知り合いだったことは良かったが、言葉の意味がわからない。
少し間隔を空けて再び同じ言葉、ほんのいたずらじゃねえか、が返ってきた。

寝ぼけてるのか、と聞いても返事はなく、何度も同じ言葉が繰り返された。
何かのいたずらが目的だとしても、B君がふざけたり笑いをこらえるような様子はなかった。

A君はあることに気づいてしまった。
B君が数秒ごとに繰り返す言葉は、リズムや抑揚も含めて毎回変わらず同じ調子になっている。
とても気味が悪くなり、怒ることもできずに電話を持ち続けた。

⎯⎯ ほんのいたずらじゃねえか。

⎯⎯ ほんのいたずらじゃねえか。


そのまま3分ぐらい聞き続けていると、B君が話す合間に、別の誰かもボソボソと喋っていることに気づいた。

⎯⎯ ほんのいたずらじゃねえか。
⎯⎯ ……××××××××……

これは何だ、ともう少し粘っていると次第に言葉が聞き取れるようになってきた。


⎯⎯ ほんのいたずらじゃねえか。
⎯⎯ …‥ぃ…‥…‥ぅぃ‥…‥ぅ…

⎯⎯ ほんのいたずらじゃねえか。
⎯⎯ だいたいみんなそういうことをいう…


誰だかわからない声が、いじめをするようなやつは何とか、みたいなことを喋っている。
B君はその声にも全く反応しない。
そのうち、最初は小さなノイズだった声の内容がだんだんわかってきた。

⎯⎯ そういうことでさ、みんな最初はさ、ほんのいたずらとかいってて、それがいじめだってことにみんなも気づかずに…

ボソボソ喋っている内容が聞こえてしまい、A君は恐怖で動けない。
B君はまだ一定間隔で同じ言葉を繰り返している。

もはや何十回目なのかわからなくなった「ほんのいたずらじゃねえか」の瞬間。


「いたずらでは済まされない!」


A君の真後ろで誰かが絶叫した。


そこで失神したA君は翌朝、受話器を握ったまま目を覚ました。倒れこむような姿勢の状態で父親に見つかったのだった。
夢遊病を心配されつつ、それじゃ電話がかかってきても取れないだろう、などと怒られていると、昨夜の出来事は夢だったのかもしれない、という気もしてきた。
どっちにしても寝覚めは悪い。これもB君のせいにしよう。

そのあとA君は登校してまず旧校舎に行き、学生証を返して机に手を合わせた。
続いて教室に向かい、B君に会ったら色々と文句を言ってやろうと彼を待った。

B君は来なかった。

あいつは健康だけが取り柄のような奴だから、急に休んだりするのはおかしい。A君が怪しんでいるうちに担任の先生が来て、毎朝のホームルームが始まった。
しかし先生は、B君の不在については何も触れず、明らかにお茶を濁している空気があった。

クラスメイト達は、B君がいなくてもそれほど気にしていないようだった。
その中で一人だけ、納得できない顔の子がいた。陸上部の女の子である。

A君が彼女に話しかけると、B君が学校に来ていたのを見たと教えてくれた。なのに教室にいないのはおかしい、と確認し合う。

彼女はけさの早い時間、日課の朝練で学校の外周を走っている時にB君を見かけたそうだ。

「B君、旧校舎に入っていったよ。家族と一緒に」
「家族と一緒に…?」
「うん、家族と、多分…お坊さんもいたと思う」
「お坊さん…?」

すっかり怖い話になってしまった。

さらに彼女から、昨日までB君は普通だったよね、と聞かれた。
深夜の出来事は無視してA君が頷くと、彼女はまた何かを気にする表情で少し考え込んだ。

「おかしいな…B君、丸刈りになってたよ」


その日から突然、旧校舎は立入禁止になった。
出入り口には露骨にチェーンがかけられ、まるで誰も入れないことを示しているように見えた。

その後B君は1週間で復帰してきた。
が、別人のように大人しい性格になっていた。
やがてクラス替えもあり、すっかり疎遠になってしまった。

やっぱり「ほんのいたずら」なんて軽い気持ちで悪ふざけをするのはよくない。

出典

このお話は、猟奇ユニットFEAR飯の方々が著作権フリーの禍々しい話を語るツイキャス「禍話」の、以下の回での話をリライトしたものです。

震!禍話 十一夜 北九州怖い……。(2018/04/07放送)
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/455446264
1:28:20ごろ〜

こちらのWikiも利用させていただいています。
いつも更新ありがとうございます。
禍話 簡易まとめWiki 
https://wikiwiki.jp/magabanasi/

【追記・補足】(内容とは関係ありません)
このリライトの著作権者は私ですが、FEAR飯の方の好意で自由に書いているものですので、以下を満たしていれば、私への個別連絡は無しで使っていただいてかまわないです。

朗読等でご利用の際は適切な引用となるよう、
・対象の禍話ツイキャスの配信回のタイトル
・そのツイキャスのwebリンク
・このnote記事のwebリンク
以上の3点をテキストでご記載ください。
また商用利用の際は、FEAR飯の方に許可を得て、そのことを明記してください。

※他の方が作成されたリライトについては別途確認してください。
悪質な利用については都度判断します。

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